第9話
「おいおい、どこもかしこも兵隊さんをよく見るが、なんとアメリカ兵かよ!?」
「ガキども、プレゼントをもらったのかあ?」
「ギブ・ミー・チョコレート!? ってか? うひゃひゃっ! いいご身分じゃない?」
「白人の男が一人、女の兵隊さんが一人、おいおい、しかも、見ろよ、べっぴんさんだぜ……」
「うっほっほっ! かわいいお嬢ちゃんも二人」
「ヒヒヒ、メッチャ面白くなりそうじゃん……」
男らのうすら笑う表情から、いかがわしい言葉が次々と投げつけてきた。ダミ声混じりも聞こえるのは、恐がらせようという魂胆が明確にうかがえる。その人数、九人はいる。群れの先頭に立っている男が一歩、女士官へ迫った。高価なサングラスをかけている。開いた襟元にはネックレスが輝く。
「困るなあ~。アメリカ兵さん。ここはうちらのシマなんだよ」
ルシア大尉はゆっくりと振り返る。冷酷に変わった眼光でサングラスの男を睨み返した。一文字にむすんだ口がひらく。
「その風貌だと、おまえがリーダーか?」
「おや、よく分かったな。静かに出てってくんねーか? そうすりゃノープロブレム」
「断る」
「あのなあ、ここは再開発する予定でね。ほら、あいつらも出てもらうことになっている。まあ、普段はショバ代をいただいているが、今日はチト足りないんでね、肉体言語使って教育してやっているところなんだが……あんな風になりたくはないだろう? あ?」
「ほう、あの騒ぎ、お前たちが仕組んだ事なのか? 武器も用意したうえ、ずいぶんと体つきの良いものもいる。着ているものにいくらか金をかけているな。スポンサーからいくら貰っている?」
「ああ、さすが軍人さんだ察しがいいようで……」
「まともな会話は通じないようだな。だが悪知恵はまわりそうかな?」
「おいおい、そうくるのかい? ふざけるなよ? 兵隊さんとケンカしないと思っていたら大間違いだぞ!」
リーダー格は、サングラスのフレームを芝居っけのあるしぐさでいじる。長髪でととのった顔立ちではあるものの歪んだ影を重ねている。不気味に白い歯を見せてきた。
「ガイジンさんは日本語がうまいねー。しかも褐色の美人さんだな」
「だからどうした?」
「そうツンツンするなよ。外人を嫌う奴が多いけど、褐色のお姉ちゃんは健康的で大好きだぜ。平和的にいこうじゃないか。俺は平和主義者でね。積極的平和主義ってやつ。つまりだ、その可哀想な子どもたちを助けてやろうと思ってね。希望あふれる提案だろう?」
「ほほう、それは願ってもないことだ」
「だろう? そこのガキ二人、こっちにゆずってくれねーかなあ。お金持ちがいくらでも払うからって頼まれているんだよ。まだ汚れを知らないクリーミーでスイートな肌がたまらないってね。これもシノギの一つでね」
リーダーの背後で手下らが、ヘラヘラと笑う。そのとき、不意にワンピースの子が、サヤの背後からひょいと顔を出した。
「違うよ! 二人じゃないよ! 三人だもん!」
投げかけあう大人の間へ小さな雷鳴。隙間をついて女の子から怒鳴られたために、リーダーは何の事か理解できず顔を強張らせてしまった。
「チッ! なんだよ。頭のいかれたガキだったのか。まあ、スタイルも顔もいいし、商品価値としては申し分ない」
残忍さを垣間見せたリーダーの物言いで、ルシアの顔つきにすごみが加わる。
「そうか、なあるほど。人身売買によるレイプが目的かな? おまえたちの汗の匂いでもわかるぞ」
「チッ! このアマ、このご時世じゃな、現物が取引しやすいんだよ」
金色と黒を混ぜた髮の男が、リーダーのすぐ後ろに立っている。ここで不揃いな歯を見せた。
「へへへッ、兄貴かまわねえぜ。やっちまおうぜ。こいつら、チャカを持っていねえし。ナメやがって。カタをつけちまおうぜ、ガイジンのねえちゃんというデザートつきだ!」
このとき、軍曹が身構えた。
「おまえたち! 何をしているのか分かっているのか?」
すぐに三人ほどが、声を荒げた軍曹に向かってきらめかせる。
「うざいんだよ! アメ公!」
「正義のヒーローか? われ! そこを動くんじゃねえ!」
「切り刻んでドラム缶に詰め込んで海に沈めるぞ! こらあ!」
ナイフをちらっと見た軍曹の額に汗がふきでる。
「くっ……チンピラめ」
それでも軍曹はこのまま引き下がる訳にはいかないと食い縛った顎の筋肉がピクリと浮く。しかし、ルシア大尉が手の合図でなにもするなと制した。
手を出すことをひかえた米兵らの様子に、チンピラグループの一人が、ガムを噛みながら地面へ痰をとばした。先の金黒の髮とはまた別の男である。
「けっ、親分、めんどい話しはいいからよ。早くカタつけちまおうぜ!」
「そうそう、いいにおいがするなあ。女の子のションベン臭いイイにおいがするなあ」
「おいおい、おまえが興奮してどうするんだよ。これはお客さまへデリバリーする商品なんだぜ」
「楽しい~! メッチャ面白れ~!」
リーダー格が、騒ぎ立てる配下へ片手を挙げて合図を送る。濁った目を煌めかす男たちは、ナイフの他、何人かはバットや鉄パイプを握っている。間合いを詰めてきた。
この緊迫した展開にもかかわらず、ルシア大尉は顔をゆるませた。
「おまえたちがチンピラとはいえ、たわいもない理由から民間人と軍人が衝突する事はよくあることだ。東京のど真ん中の、この公園が、日米開戦の火蓋をきることになるのかな?」
ルシアの挑発にリーダーはサングラスの奥から冷たい目を吊り上げる。
「ほうセンソウいいね。それもかまわないさ………どうせ汚れた国だ……」
虚無な返事を耳にしたルシアは口元に笑みを浮かべた。軍曹の反応は違う。青ざめて後退り、自分の腰に手を伸ばした。あるはずもない拳銃を握ろうとしてしまったのである。
「こ、これはもはや、これはいかん!」
裏返りそうな一声をあげた軍曹は、あわてて公園の出口へと駆け出した。
「おやー? 一人逃げちまったなぁ。ウハハッ!」
「喧嘩に弱そうな顔をしていたからな。ヒヒーッ! 勘があたっちまったよ」
「女みてぇーに、腰を抜かして行ったぜ。ケッ! アメリカ兵が……」
「楽しい~! メッチャ面白れ~!」
無頼漢の群れが、走り去る米兵の後姿へ一斉に罵声のつぶてを浴びせて吹き出した。リーダーだけは、いまだに視界の正面で立ちはだかる女兵士へ眼光をすえたままだ。
「おまえも、あいつと一緒に逃げていいんだぜ。べっぴんの兵隊さん?」
「断る。言っておくが私は兵隊ではない士官だ」
「減らず口が、ふざけるんじゃねえぞ! まあ、いい。じゃ、はじめようか……ショウ・タイム!」
野獣の闘争心が、固まった空気をいっそうはりつめさせる。睨みあう視線と吐き出す息によって数えることのできない多くの糸が無秩序に戦いを求める人間たちの間や、周辺に張り巡らされた。その糸のたった一本でも切れようものなら、飢えた獣が新鮮な餌を食いちぎらんとした。
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