第3話
気分を変えたくなった彼は、店内を見回した。隅に置いてある新聞を見つける。その折り畳まれた新聞を持ってきて、拾い読みする感じでめくり眺めた。
一面から紹介されている政治家たちの言葉は、暴力をいとわないデモの群衆から聞こえていたものと酷似していた。そして新聞の解説。あるいは政治家たちのひとつの言葉に目が定まる。合い言葉のごとく流行っているらしい。「……誰も戦争は望んでいない……」と書かれている。覗いた友人が笑った。
「可笑しいよなそのセリフ。良いところの大学を出た連中がほとんどなのに、歴史をまるで知らないのか。知らない民衆を美しい言葉で騙すトリックなのか。もしかしたら、政府は、平和の為に良かれとやっているから文句をつけるな、って脅しを用意している誘導かな? ダメな親が子供を思い通りにしたいときのロジックだよね」
友人の感想へ彼は答えようとしたが別の記事に目が移る。「安楽死法案」が近々議会で採決されるという。治療費が高く、擁護のための人件費などもかかってしまうから、障害者を“人道的見地により処置する”のだという文面だ。
続けて他の記事にも注目した。外国人を保護するという名目で、指定した地域に集め、まわりを壁などで囲いこむことが与党の中で検討されているという記事である。
「……これはゲットーじゃないか……」
ここで彼は思わず一声あげてしまった。あらためて紙面を一面から順次めくり続け、最後に見るべきでもなかったがテレビの番組表を確かめる。
やはり見せ物小屋の看板みたいな文句ばかりが並んでいる。何でも解説できるコメンテーターがゲストのワイドショー、お笑い芸人がどんちゃん騒ぎをするバラエティー、グルメ特集満載のニュース番組がほとんどだ。
「まあ、しかたない、と結論しようかな」
様子をうかがっていた友人は、そうつぶやいて両手を組んだ。
「みんながやっていることだからね。空気には逆らえないよ。とまあ、これが高度な科学文明を享受する現代人の知性的趣向なわけだ」
たわいもないという顔で、そのまま友人は、まだ三分の一ほど残っている丼に箸をつける。食べながら小さな声で再び話しはじめた。
「……ついでだから話そう。君がいない間に大きな事があってね。ほら、毎週金曜日に国会議事堂と総理大臣官邸の前でデモをやっていただろ。家族連れもあったりして平和的なやつ。ところが五年前だ。テロリストがデモにまぎれて自爆テロをやるという情報が政府に入ったという。それで警官隊が鎮圧に乗り出してね。何人か死者が出た。その事件を海外メディアは“血の金曜日”と名付けたりしている」
「そんなことがあったのか? そのとき総理大臣は何をしていたんだ?」
「まあ、今の俺と同じように天ぷらでも食べていたんじゃないのかな」
皮肉でもって友人は返した。再び顔を前に出し言葉をつけたしてくる。
「大きな声では言えないが、テロリストの情報は政府自ら流した自作自演だそうだ。でもこの話しも“それは陰謀論だ”という消しゴム科白を、ご意見番文化人が重宝に使うからね」
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