あざとい妹、これ如何に。
桜庭かなめ
プロローグ『宿題を手伝って?』
『あざとい妹、これ如何に。』
あたたかい部屋。
あたたかいふとん。
秋が段々と深まってくる10月頃は、こうしてあたたかいものに包まれ、音楽を聴きながらゆっくりと過ごすのが俺は一番好きだ。
ウトウトするときもあれば、小説をゆっくりと読むときもある。
今は来月に劇場版公開予定で話題となっている恋愛小説を読んでいる。ただ、この小説のヒロイン……言動や行動や性格が俺の妹によく似ているように思えるのは気のせいだろうか。
そして、主人公はそのヒロインのことを時折こう言っている。
『あざとい』
この小説の主人公曰く、あざといとは計算して可愛らしさをアピールをし、心をくすぐってくるようなこと……らしい。最近、ドラマやアニメや漫画でもそんなキャラクターを見かけることはあるな。
そうなると、この小説のヒロインに似ている俺の妹も……あざといのかな?
――ドンッ!
えっ、何か大きな音が聞こえたんだけど。
イヤホンを外して扉の方を見ると、そこにはノートやプリントを持って不機嫌そうな表情を浮かべている俺の妹・
「もう、何度ノックしても返事がないんだから。またイヤホンで音楽聴いてるし」
栞奈は俺のすぐ横まで近づき、頬を膨らませて俺のことをじっと見てくる。
「……大きな音を出して、栞奈に迷惑を掛けてるわけじゃないんだからいいだろ。ただ……ノックに気づかなかったことはごめん」
「分かればいいよ、お兄ちゃん」
こっちに多少の非があると分かっていても、栞奈のでかい態度がウザい。
ただ、栞奈はすぐに笑顔になって、俺の頭を優しく撫でてきた。あれ、ついさっきまではウザいと思っていたのに段々と気にならなくなってきたぞ。
「それで、どうしたんだ? ノートとプリントを持ってきて」
「宿題を手伝ってほしくて」
「嫌だ。できなかったら、どこが分からないのかまとめて、明日、その科目の先生に質問して解決しなさい」
栞奈は1学年下なので、宿題や勉強を教えることはたまにある。
ただ、これまで何度も宿題を手伝ってと言いながら、ほとんど全部俺にやらせるか、解き方を手取り足取り教えたんだ。それじゃ栞奈のためにならないだろう。
「……お兄ちゃんに教えてほしかったのに」
「えっ?」
すると、急に栞奈は涙をボロボロとこぼし始める。
「だって、お兄ちゃんの方が教えるのが上手だもん。どんなに難しいことでも、お兄ちゃんの言葉を聞くとすんなり理解できて……だから、お願い。宿題を手伝ってくれたら、お兄ちゃんのしたいこと……何でもするよ?」
俺のことを見つめながらそう言うと、栞奈は俺の手をぎゅっと握ってくる。うん……俺の妹はあざといな。
それにしても、ふとんの中の温もりだけでも心地いいのに、手から伝わってくる栞奈の温もりは……それ以上に心地よくてしかも優しく思える。
このまま断ったら泣き続けられ、何日かは不機嫌な態度を取られるだけだから……手伝うことにするか。
「……俺はあくまでもサポートだから。分からないことだけを教えるよ」
「うん!」
「ただし、全部分からないとか言って全部俺にやらせるのはダメだから」
「えぇ……」
上目遣いで俺のことを見ながら頬を膨らませる。可愛いけれどダメ。可愛いって言っちゃダメだぞ、俺。つうか、やっぱり俺に全部やらせるつもりだったんだな。
「最後まで面倒見るから、しっかりとやりなさい」
「……うん」
俺はベッドから出て栞奈の宿題の面倒見ることに。
ベッドの横にある机に栞奈はさっそくノートやプリント開いている。よく見てみると……数学か。栞奈、中学時代から数学はあまり得意じゃなかったな。プリント……半分くらいは終わってるじゃないか。
「それで、どこが分からないんだ?」
「……ここなんだけどね」
と、栞奈は体をくっつけてくる。何だ、こういう風にすれば俺が全部教えてくれると思ってるのか。……しょうがない。
「あと2, 3問くらい同じような問題だから、この問題だけは一緒にやろうか。いいか、この問題を解くのに最適な公式があるんだけど」
「うんうん」
「ノートをちょっと見せてもらうよ」
栞奈のノートを見せてもらうと……ちゃんと纏めてあるじゃないか。こんなにしっかり書けているんだったら、このくらいの問題……すんなりできると思うけど。あれか、ノートを綺麗に書くのが楽しくなっちゃったのかな。
「この公式を使うんだ」
「うんうん」
栞奈、笑顔で頷いているけれど……本当に分かってるのかな。まあいいや、次の問題から自分でやらせて、そこで内容を確認させよう。
「だから、この問題ではこうやって当てはめて……ね? これですぐに答えが出せる」
「うわぁ、すごーい! じゃあ、その調子で次の問題もやってみよう!」
「自分でやりなさい!」
思わず栞奈の頭をバシンと叩いてしまった。危うく、栞奈に乗せられて次の問題も俺がやっちゃうところだった。
「だって、できるかどうか不安だもん……」
栞奈は俺の着るYシャツの裾をきゅっと握る。
「別に間違えたら死ぬわけじゃないんだから……とりあえず、まずは次の問題をチャレンジしてごらん。間違えてもいいから一度、自分でやってみな」
「……うん。じゃあ……頑張ってみるね」
目に涙を浮かべつつも笑顔でそう言うなんて……可愛いな。計算して振る舞っていなければの話だけど。
栞奈は問題を解き始める。俺がさっき書いた問題の解き方の紙を見ながら頑張って自力で解いているようだ。
「お兄ちゃん、解いてみたよ」
「どれどれ……」
栞奈の解いた問題を見てみると……途中式もしっかり書けている。答えも……合っている。
「うん、合ってるよ」
「やったっ!
すると、栞奈は頭をちょこっと俺の方に出してくるので、ご褒美として頭を優しく撫でることに。
「自力でできて偉いね」
「えへへっ」
「じゃあ、この調子でやってみようか」
「……うん」
その後も栞奈は頑張って数学の宿題を進めていく。たまに答えが合っているかどうか俺に確認をしながら。特に間違っていることはないので安心だ。
「これで終わり!」
「お疲れ様、栞奈」
「お兄ちゃんが側にいたから心強かったよ」
「……大げさだなぁ」
というか、今の様子を見る限り……栞奈はどうやらノートを取ることに集中しすぎていて、授業の内容まで理解できていなかっただけのようだ。
「ノートを取るのも大切だけど、授業を理解しないと元も子もないぞ。分からないことがあったら、先生や友達に質問しな」
「うん。でも……また分からなかったら、今日みたいに教えてもらっていい? お兄ちゃんの教え方、とっても分かりやすいから」
「……今日みたいな感じだったらな」
頑張れば、苦手な数学の宿題もほとんど自力でできるんだから……そういうことを俺から教えていかないとな、こいつには。
「それでさ、お兄ちゃん。課題を手伝ってくれたから……お礼に何でもするよ? そういう約束だったよね?」
栞奈は俺の手をぎゅっと掴み、見つめながらそう言ってきた。そして、段々と顔が赤くなってきている。
栞奈にしてほしいことねぇ。強いて言えば、もっと勉強を頑張ってほしいということだけれど。
「お兄ちゃん、迷ってる?」
「……いざ言われると、なかなか思いつかないな」
それに、変なことをお願いしたら栞奈、怒りそうだし。
「本当に……何でもいいんだよ? 私にできることなら。そう言うのは……相手がお兄ちゃんだからなんだよ?」
栞奈は俺の耳元でそう言ってきた。生温かい吐息が耳に掛かってくすぐったい。それに、ちょっとドキッとした。
しょうがない、何か言わないとずっとこんな感じだろうから、
「じゃあ、喉が渇いたから……自販機で缶コーヒーを1本買ってもらおうかな」
「……そんなことでいいの?」
栞奈は首を傾げる。不覚にもその仕草がちょっと可愛いと思ってしまう。
缶コーヒーくらいだと釣り合わないと思っているのか、それとも何か別のお願いを言ってくれると期待していたのか。
「俺は缶コーヒーが大好きだからね。それに、奢ってもらった缶コーヒーはより美味しいんだよな」
「……ちょっと厭らしい。はぁ、分かったよ。じゃあ、一緒に行こっか」
そう言うと、栞奈はゆっくりと立ち上がって、俺に手を差し出してきた。これは……手を繋ごうよってことなのか?
「……はいはい、一緒に行こう」
栞奈の手を掴むと、栞奈は嬉しそうに笑う。
何だか、俺の部屋に入ってからの栞奈を思い出すと……やっぱり、栞奈にはあざといって言葉がよく似合うかな。
あざとい妹。
俺にとっては可愛いけれど、家族以外にも今みたいな態度を取っていないか心配だ。俺でもうざいと思うことがたまにあるから。
こんな妹、これ如何に。
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