第10話

サイン会の後、トムと別れ、サクヤはまっすぐ図書館に向かった。

いつものようにカウンターで39を受け取り、初老の男性スタッフに部屋に案内される。変わる事のない、彼の張り付いた笑顔に見送られながら。

ロボットみたいだ。

無理することないのに。

机に本と、薄手の春用ジャケットを置く。

椅子に座った時、何気なく左手が机の引き出しの裏に当たった。

かさり。

紙の感触が手に伝わった。

こんな所に紙なんて貼ってあっただろうか。

手を左右に動かすと、その度にかさかさ音がする。

他の箇所も触ってみたが、その一部分しか紙は貼っていないらしい。

メーカーのシールか何かだろうか。

はがれそうだから、取ってしまってもいいか。一応、後でスタッフに渡したらいいだろう。

そっとはがしてみる。見ると、二つに折りたたまれた黄色い小さな紙にセロテープが貼ってあった。

紙を開いてみる。

40。

紙には黒い大きな文字で、それだけが書かれていた。

しばらく見つめた後、手の中でくしゃりと握りつぶした。つぶそうとした。

40。

気の強そうな目。

40。

確か僕より背は低かった。

40。

記憶の糸を自分が手繰り寄せている、否、今やそれは他の何かの力によって手繰り寄せられている。

そう、この黄色い紙切れが。

40。

嫌だ。僕は、そこへはもう戻りたくないんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る