夢現

夜乃 ユメ

第一夜 世界へ

 「拝啓 世界様、僕はどうしてこの世に生まれてきたのでしょうか。特に面白いこともなくただ日々を何の変化もなく過ごすというありきたりな人生を歩んでいることに、意味なんてあるのでしょうか。この世界は欺瞞と辟易、争いであふれている。美しいことなんてどこにもありはしないじゃないですか。人はみんな誰かになりたがるし、誰かになりたいと思われているその誰かもきっと誰かになりたがっている。誰にもなりたくない人間なんていないんじゃないでしょうか。世の中の流行も僕にはわからない。可愛い物なんて時代時代で変わっていく流動的なものなのに、僕の周りでは”可愛い”という言葉が飛び交っている。爪を見て何が可愛いのでしょうか。それらしく飾られた料理をみて、何を可愛いと感じるのでしょうか。僕には今の世界がわかりません。わからない場所にいることが怖いです。僕は何のためにこの世へ生まれてきたのでしょうか。 敬具」

 そう、文章を書きあげ、自分にしかわからない隠し場所へノートを隠す。誰かに見られでもしたら、僕はきっと頭のおかしい電波だと思い込まれるに違いない。それだけの印象を与える文がこのノートには書きなぐられている。絶対に見つかるわけにはいかない。誰にも。自分の不満は自分の内でしまっておくのが一番平和的だ、というのは僕が生きてきた22年間で得た収穫だ。この世界はどうもおかしい。そう僕は感じているが、世界から見れば大多数が受け入れているこの世の中をおかしいと思っている僕こそ、本当におかしなやつなのだろう。そこまではわかる。だから僕は今日も人におかしいと思われないように他人に合わせて過ごしてきた。何色にでも染まることができるというのはこの生き方をして手に入れた一つの特技だともいえる。悪く言えばアイデンティティがないんだろう。早い話自分を殺して生きている、ということだ。なんて考え事をしているうちに気づいたらこんな時間だ。明日も早い、と言っても大学の授業自体は午後からなので、それなりの時間寝ることができる。可能な限り長く眠っていたい眠れる森の美女ならぬ惰眠貪りの小僧は、少しでも早く、そして長く寝たいのだ。それでも考えることを止めるなんて言うことはできないのだけれども。明日も生きづらいこの世の中で、自分を必死に殺し、他人を生かすよう努めて時間が過ぎるのを待つためのエネルギーを得るために、僕は深く眠れるように祈りながら瞼を閉じた。

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