CAFE IN THE CAT

ida-Works.

Chapter 1「井口 爽」

三月。

僕はどこへ向かっているのか分からなくなった。


ここは花湖町はなこまち。

花と緑が一年中生い茂り、季節の移ろいをみせる。

オシャレな店がたくさん立ち並び、とても賑やかな街だ。

この時期はもう少しで桜が咲きそうなぐらいに蕾が膨らんでいる。


僕はそんな道を真っ直ぐ歩いている。

父はシェフ、母は教授という たいへん恵まれた家庭に育ったこの僕。井口いぐち 爽そう 二十一歳。

大学を首席で卒業したばっかりではあるが、僕は春から無職だ。


僕は親から医者になれとずっと言われ続けてきた。それなりに医者のことを勉強して、高い学力もつけてきた。

しかし、高校三年生の末から薄々こんなことを思っていた。


僕は学力だけでなく、父から教えられた影響で料理もある程度できる。「いろんなことをして自分だけの人生をつくりたい。」そう思った。「親が敷いた人生のレールよりも、自分のやりたいことができる人生を走りたい。」

大学に入学してからその思いは一気に強まった。


だから僕は何度も親と相談した。

「僕は自分のやりたいようにしたいんだ!!」

「爽、それはどういうことか分かってるの?」

「分かってるさ! 自分は医者にならなくても幸せな人生が送れると分かったんだ!!」

そうして大学三年生の時、ようやく許しを得ていざ再就職活動!! と言ったものの……


   何故か、採用されない……


いろいろ原因を考えたくさんの採用試験に挑んだ。


………その末、無職。

「こんなことになるなら、おとなしく医者になればよかった……」

僕はなるべくこの街でできることをしたい……

何だかよくわからない……


「僕は何をやりたいのか分からなくなった。」


憂鬱なまま蕾の桜並木を通る。


そうして、いつもの家路に着く。

僕の住処は近くに川がある。眺めのいいモダンなマンションだ。一階の左側には何もなくただ真っ白な空間が広がる。誰も使っていないらしい。

「おぉ、これはこれは井口くんではないか。」

「あぁ、小巻兄さん。」

陽気に話しかけてきたのは、このマンションの若大家さん、小巻こまき 渡わたる 二十七歳。

金髪で黒いジャケットにオシャレなハットを被っている。型破りな大家さんだ。

「どうしたの? 元気ないじゃない…… なぁに、採用試験落ちたからって落ち込むことないじゃない。」

「そう思うのは小巻兄さんだけですよ!! 僕は何をしたらいいのか……」

「あ、そうだ。この部屋空いてるからなんかそこでやってみない? ちょうどテナントいなくって困ってるからさ。」

さっきの空き部屋のことだ。

「その手がありましたっけ?」

「ほら、井口くんって料理得意なんでしょ? そういう得意分野をうまく活用してレストランとか開けばいいじゃん。」

その手があったか! と思った。さすが小巻兄さんはビジネスの商談がうまいなぁ……

とは言ったものの……


「けど、僕一人じゃ店はうまく回らないと思うんですよ…… 従業員とかがいてくれるといいんですが…… ……まぁ、とにかく考えてみます。」

「そうか。君が何かしらアクションを起こしてくれればこのマンションが活気づくと思うんだけどなぁ~ まぁ、頑張れ~♪」

相変わらずあの人はマイペースだ。


ようやく、僕の部屋に着いた。

すると一匹の猫が駆け寄ってきた。

「ただいま、ルーナ。」

僕の飼い猫のルーナだ。白いメス猫で青い目、そして薔薇の香りがする。

にゃあと今日も鳴き声がかわいい。

この猫は五年前… 捨て猫だったところを拾い、しばらく家族みんなで飼っていた。僕は大学卒業まで親と暮らしていて、一人暮らしになった最近は僕が引き取り、お世話をしている。

それに僕は大の猫好き。

僕は五年間どんなときもルーナに癒されてきた。


「ルーナ、僕はどうすればいいんだ? 従業員も思い当たる人いないし…… こんな今だからこそ癒しが欲しくなるんだよね~」


なんて、ただの猫に愚痴ってもしょうがないか…

僕はすごく焦ってる…… 大学生活の時はあんなに冷静だったのに……

「とりあえず、飯作ろうか。」


今日はオムライスをつくった。

「うん、上出来。」

このマンションに移り住んで一週間が経とうしてるけど、これだけ夕焼けが切なく感じるのは何故だろう……


そんなことを思いながらあっという間に時間が過ぎていく……


「ご主人様! ご主人様!」

………なんだ……すっかり僕は寝落ちしてしまったみたいだ。

ん?ちょっと待て。聞き覚えがない声……

「ご主人様! 朝ですよ! 起きてください!!」

そっと振り向くと……

「えっ!? 誰?」

「ご主人様、分からないですか? 私ですよ! わ・た・し♪」

そこに立っていたのは…

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