第16話 『雲鯨奇譚』
雲海を一度見たことがあります。
私の出身地は、作中に登場する鬼娘たちが取りざたしている街のモデルになった場所の近隣にあります。
そこも晩秋になると深い深い霧の底に沈む盆地の一部でした。
ある秋の日に両親の外出につきそって作中で「市内」と呼ばせている最寄りの都会まで出かけました。主要幹線道路の混雑を避け、うねうねした山道を車で走らせるのを親は選んだのでしょう。その時に見たのが雲海でした。
真っ青な秋晴れの空の下、白い雲が盆地にたまって海のようになっている光景は衝撃的なまでに美しい光景でした。
と、同時に「自分たちはあの普段雲海の下で生活しているんだな」と強い印象をもたらされたのでした。
私の住んでいた町では、この霧のせいで十一月にもなるとお日様の姿を確認するのは十時前後になるというような毎日を過ごすことになります。そのため晩秋というのは寒いしただただ陰気な季節という印象で育ちました。十月はいい、十月は天国。ただし十一月以降は陰気で気の滅入る、冬季鬱がちな人間には今後の憂鬱な日々を予感させる嫌な季節……というのが長年にわたる私の十一月観です。十一月生まれの方、すみません。
現在住んでいる場所に引っ越して、ようやく秋という季節の快適さをしったように記憶しております。
そんなこんなで、一度見た雲海の衝撃が忘れられず、いつか物語にしたいものだ……と構想を練っていたものでしたが、いろいろ設定の部分に無理が生じたために書きすすめるのに難儀した作品となってしまいました。
以下はその原因と反省など。
◆二つの話◆
本作はもともと二つの話をむりやりくっつけたものです。
一つは老ノ坂たち鬼娘の物語と、もう一つは雲海にすむ鯨をとる人々の物語です。どちらも昔から考えていた物語であったものの上手く話がまとめられず放置していたものですが、「上手くまとめられない物語どうしかけあわせたらなんとかなるかも!」という思い付きでフュージョンさせるという安易な行動に出ました。
結果、ただこちらが苦労するはめになりました。
二つの物語をくっつける糊の役割をするキャラクターである田村くんを、あまり自己主張しない普通の人に設定したのもよくなかった気がします。
普通であろうとしたために物語に積極的に参加しない上、不可思議な現象から一切の背を向ける一番変な人になってしまいました。
ちなみに田村くんが謎のチャレンジをするという導入は、昨年夏に京都市内から西北の方向へまっすぐ歩くという、地元民からすると「バカよせ、やめろ!」と叫びたくなるようなチャレンジをした学生さんのまとめを読んだことに影響されてます。本当にやるようなもんじゃないよ……死ぬよ。
◆鬼娘◆
老ノ坂、大堰、小向、天若、そして頼政は、それぞれ京都府の口丹地域の地名や河川の名前からとって名付けたものです。
このあたりというのは、観光資源には事欠かないこの府の中で特に話題にされることのない地域であります。そのあたりに関する私の屈折はこちらに僻みっぽく綴りました。
https://kakuyomu.jp/users/amenotou/news/1177354054884876801
そんなわけで「ちくしょう、ちくしょう、いつか某アニメーション会社がアニメ作ってくれるようなキャラクターとのんびり日常系ストーリーを生み出してやるっ!」というネガティブ根性で生み出したのがこれらのキャラクターになります。
ネガティブ根性で生み出されたので基本的にみんな僻みっぽいです。こんなの京アニもスルーするわ……。
ちなみにコンセプトは「汚いけいおん!」もしくは「可愛い稲中」でした(鬼娘のキャラクター配置は稲中を一部意識していました。あまり機能していませんが)。
そんなネガティブオーラをたぎらせている間に某長寿少年漫画を連載されていた大先生がこの地域を舞台に生活する女子高生の正統派日常漫画を発表されて大変驚いたものです。
◆雲鯨◆
こちらが雲海をみた衝撃から温めていたものの放置した物語になります。
その肉を食べたら不老不死になる雲鯨と、それを狩るミナトと呼ばれる職能集団がいた。雲鯨は人に化けられるので人に交じってい生活し、権力の中枢に近いところから雲鯨漁を禁じる。それでもミナトの人々は禁じられても自分たちの仕事を捨てることができず、犯罪者となっても雲鯨漁を続けていたが、ついに最後のついに最後の一家族をのぞいてすべて廃業してしまった。
最愛の兄だった鯨捕りを鯨の陰謀で失った妹は、若干十四で鯨漁の頭目であるモリオサを継ぎ、宿敵である白長洲を討ち取る決意をした……という、なんかもうどシリアスなファンタジーなんだか伝奇ものなんだかを構想しているうちに、自分があまりシリアス一辺倒な話が好きじゃないことに気づいて放りすてていた物語でした。
けれども思いついたものを捨てておくのがもったいないので、設定だけ活かし、ややライトに設定し直してリサイクルした次第です。
モリオサと鯱はその話を考えている時に原型が生み出されました。原型の鯱はもっとショタショタしていましたが、本作では気が変わってああなりました。結構気に入っています。
なお「雲海に泳ぐ水棲生物」というイメージは捨てがたいものがあって、『千秋の本屋と無口なくまの子。』という小説でも使いまわしています。こちらです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170280
この小説の舞台も盆地ということになっていますが、それも私の住んでいたあたりをざっくりモデルにしているせいです……。
イメージは共通していますが、世界観につながりはありません。
上手く書けない~上手く書けない~……と執筆中から唸りまくっていた本作ですが、どういうわけか私にしては比較的たくさんの応援や支持をいただく作品にもなりました。ありがとうございます。
後半はとにかく応援してくださったためにも、放り投げずに頑張って完結させようの一心で書いておりました。
応援してくださった皆さんの期待に堪えねば……という気持ちを支えにしておりましたが、作者の気持ちを田村くんが代弁するような展開もあったりなかったりで、とにかく「こんな出来ですみません」と謝りたい気持ちでいっぱいです。
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