第2話


【転入】

 いくら春とはいえ、新学期からの転入ではない。5月半ばという、なんとも微妙な時期なのだ。かわいいスマホには似つかわしくないけたたましいアラーム音で飛び起きる。

「そっか、今日から学校なんだっけ…」

あれから、早二週間。あれ、というのは私があの雑誌を手にしてからということ。

結局その後、雑誌にある洋服やメイクの虜になってしまい、近くにある(といっても車で20分はかかる。)デパートで、お年玉の半分を使ってしまったのだ。買い物とは恐ろしい。 私は今までとは違う。


 以前は、寝ていられるギリギリまで布団の中にいた。寝ていることと、ヲタク活動をしていることが、一番楽しかったから。そんな私が家を出る一時間半前には起床し、髪をブローし色付きリップクリームを塗る。そして朝ごはんをしっかり食べる。

…と、雑誌の読者モデルの特集に書いてあったものだからすべて真似したのである。長かった前髪も、思いきって切った。久しぶりに広い視界が気持ちいい。

「いってきます!」


 以前の学校で着ていた制服での登校なので、どうしても浮いてしまう。それとも、前髪切りすぎたかな… つい恥ずかしくて、前髪を撫でる。

やっとの思いで職員室に着く。そんなに新しくはないが大きな高等学校だ。

「わし…さわ…さん?」慣れている。「さぎさわ、です。先生。」

私の名字は鷺沢だ。あまりポピュラーではないから読み間違いは日常茶飯事だ。

正直なところ、正しく書けるようになったのも最近だ。


 先生に連れ立って教室の前まで来たはいいが、心臓が高鳴って黙ってくれない。声が思うように出ない。何を隠そう、私は俗に言う「コミュ障」なのだ。

先生は「大丈夫、みんないい子たちだからすぐに友達はできるよ。」と言うが若い子の間ではそういう問題ではないのだ。いくら相手がいい子たちでも私が魅力がないと決して友達になんてなれやしないのだ。


 震える腕を見えないように後ろ手に組み、「鷺沢 雪華です!神奈川から引っ越してきました。甘いものが好きで、す!よろしくおねがいしますっ」と力いっぱいに発した。多分、デフォルトが小さいから「まあ大きい声量」くらいだったに違いない。赤い顔のまま指定された席に着く。

隣からハスキーで通る声で、話しかけられた。「教科書、ないよね?私の見なよ。」と有無を言わさず机をくっつけてきた。

「あ、ありがとう…」彼女の横顔は、端正でつい見とれてしまう。視線に気付いた彼女に問いかけられる。

「何?」 「ご、ごめん、ついきれいだなって見とれちゃって…」 「ふうん…」まるで言われ慣れているような反応だった。

彼女の机に置いてあるノートには、「坂木 蓮華」ときれいな字で書いてあった。

「れんげ、ちゃん?」「あ、そう。自己紹介忘れてたね。坂木 蓮華。雪華って呼んでいい?」 「もちろん。なんもわからないから、色々勝手教えてね」


この学校で初めての友達。なんだか嬉しくなった。

あらかた授業終わり、昼休みになったとき一人の男子生徒が話しかけてきた。

「よう。神奈川から来たんだって?いいな都会は…ライブとか、いっぱいやってんだろ?」とてもかっこいい。ぱっと見たところ身長が180前後あるようで、席に座る私からはかなり見上げる感じになる。

「え、えとライブはちょっと詳しく、ないかな…」イケメンに耐性のない私はつい毛先をいじりながら言う。

「ちょっと、竜。いきなりがっつかないでよね。」 「あ、あの 竜くんっていうの…?」 「ああ、桐島 竜です。よろしく。」改まって挨拶してくれた。

お弁当をカバンから引っ張り出して、机をくっつけていると竜が「あ、もう一人来るから。」

ていうか、男女混じって食事していて平気なんだ…前の学校じゃ絶対にありえなかったなぁ。 なんだか嬉しく感じた。


「よーーーーす!!!あれ、なんか一人増えてんじゃん!!これが噂の転校生か~かわいいな~」彼は持っているコンビニ袋をぶんぶん振り回している。

四人でお昼ごはんを食べた。学校はこんなにも楽しいものだったっけ?

そんな学校初日、ウキウキしながら帰路についた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る