(33)色々な心配事
急転直下にも程がある、入籍の翌日。柏木邸を訪れた友之が、従姉夫婦に前日の詳細を説明すると、呆れ気味の声が返ってきた。
「義兄にまともに頭を踏まれた上、手も足も出なかったとはな……。お前にそんな趣味があったとは初耳だ」
「どんな趣味ですか。曲解しないでください」
「清人、からかわないで。取り敢えず、入籍おめでとう」
「ありがとうございます、真澄さん」
「それで? 昨日の今日でわざわざ出向いて来たのは、単なる報告だけのつもりでは無いよな?」
清人が確認を入れてきた為、友之が真顔で頷く。
「ええ。これから沙織の兄と弟が、あの女に対して制裁を下す気満々だと思いますので、下手にこちらが手を出したら機嫌を損ねてしまう可能性もあるかと」
「なるほど。今回、お前の嫁に怪我をさせたわけだから直々に手を下したいのは山々だが、当面は様子見を決め込む。だからこちらも手は出さなくて良い、という事だな?」
「はい。勿論詰めが甘いようなら、便乗するつもりではありますが……。あの二人に関しては、そんな事はあり得ないか」
最後は独り言のように呟いた友之を見て、清人は苦笑いの表情になった。
「なかなかに面倒くさそうな義兄弟ができたわけだな。しかし本当に、俺の言った通りになったな」
「何の事?」
不思議そうに尋ねた真澄に、清人は笑いを堪える表情で説明する。
「ほら、『あの女に対して友之を売り込むなら、できる男っぷりをアピールしても無駄で、どうしようもない困った奴だと思わせて、仕方がないから面倒見てあげると思わせれば良い』と言っただろう?」
「そういえば、そんな事を言っていたわね……」
「二人とも……、何気に酷いですね」
「まあ、頑張れ。嫁に躾直して貰うんだろう?」
「そうですね。駄犬から忠犬扱いされるように、頑張りますよ」
「本当にあなた達、何を言っているのよ」
とうとう三人揃って笑い出してから、何とか笑いを収めた友之が話題を変えた。
「それで入籍を済ませましたし、社内にも結婚の事実は公表してしまいましたから、披露宴をしようと母さんが張り切り出しまして」
それだけで清人は、友之が言いたい事を察した。
「なるほど。今日はお義父さんとお義母さんは外出しているから、まず俺達に挨拶を済ませておこうと言うわけか。それで? 時期的にはいつ頃開催したいんだ? 真由美さんが張り切っていると言うなら、半年以内に開きたいとか言っているんじゃないか?」
「……三ヶ月以内に」
自分でも無理だろうと思いながら口にした友之だったが、すかさず真澄が呆れ声で応じた。
「友之、無茶過ぎるわよ。少人数での内輪のパーティーならともかく、松原家の結婚披露宴となったら、社内からの招待客も多いでしょう?」
「ええ、その通りです。それなりの格式の場所で、それなりに人数が入る会場を三ヶ月以内の日程で押さえるなんて、どう考えても無理」
「当然、土日だよな?」
「え、ええ……。それはそうです」
そこで平然と会話に割り込んできた清人に、友之は少々動揺しながら頷いた。
「仏滅以外だったら、大安で無くても構わないな?」
「はぁ……、それは勿論、贅沢は言いません」
「多少は割り増し料金がかかっても、文句は言わないだろうな?」
「はい。それはそうですが……。可能なんですか?」
もの凄く懐疑的な表情で尋ねた友之だったが、清人は気を悪くした風情などは見せずに了承する。
「蛇の道は蛇と言うからな。つてを当たってみよう。お義父さん達にもお願いしてみるが、何とかなるんじゃないか?」
「……宜しくお願いします」
(当然、清人さん達も披露宴には招待しないといけないだろうな……。沙織が嫌がりそうだ)
何をどうするつもりなのかと問い質したい気分になった友之だったが、余計な事は口にせず、それから暫くの間、世間話に花を咲かせて帰宅した。
「ただいま」
友之が帰宅すると、両親と沙織がリビングに顔を揃えていた。
「お帰り」
「お帰りなさい、友之」
「ちょうど良かったわ。友之、ちょっと座ってくれない?」
「…………ああ。何かあったのか?」
沙織が自分を呼び捨てにする時は、かなり怒ったり動揺している時と経験上分かっていた友之は、慎重に彼女の顔色を窺いながら隣に座った。そして自分の正面に座っている父親が、何やら目配せを送っているのを感じていたが、その内容は分からなかった。
「あのね、ついさっきまで、柏木玲子さんがいらしていたのよ」
「玲子伯母さんが? 留守にしていたが、うちに来ていたのか。知らなかったな」
「ええ、すれ違いになったみたいね。お義母さんが玲子さんに昨日電話で会場の手配をお願いしたら、『披露宴の内容についてもアドバイスしたいから』と言って、色々個性的なアトラクションの案と、真澄さんの披露宴の様子を撮影したDVDを持参してくださったの」
それを聞いた途端、友之の顔が固まった。
「あれを? まさか見たとか」
「挨拶とかは飛ばして、1.3倍速でね……。確か以前、言っていたわよね? エンターテイメントがどうとかこうとかの場面に、居合わせた事があるとかないとか」
引き攣った笑みを浮かべている沙織に危険なものを感じた友之は、顔色を変えて彼女を宥めにかかった。
「あのな、沙織。あれはかなり特殊な例だから」
「そうだな。私もあまり派手派手しいのは性分では無いし」
「でも逆に言えば、ちょっと羽目を外してもあそこまでやらなければ大丈夫よね?」
にっこり微笑んだ真由美に向かって、義則と友之が悲鳴まじりの声を上げる。
「沙織さん、大丈夫だから! 本当に安心してくれ!」
「母さんはちょっと黙っていてくれるかな!?」
「でも玲子お義姉さんが、『真澄の時にできなかったあれこれをやってくれるなら、力付くでも会場を空けてみせるわ』と請け負ってくれたし」
「それは本当に勘弁してくれ!」
「俺から兄さんに、良く頼んでおくから!」
突如として勃発した親子三人の論争を渋面で見守った沙織は、一体どういう披露宴になってしまうのかと、沈鬱な溜め息を吐いて項垂れたのだった。
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