(23)ハレの日

 グアム滞在、二日目の午後。

 準備の段階で多少のすったもんだはあったものの、予定通り結婚式の開始時刻を迎えた二人は、白を基調としたタキシードとウェディングドレスに身を包み、チャペルの出入り口前に立っていた。


「それでは新郎様、新婦様。一礼してご入場ください」

 坂崎の声がけと同時に、チャペルの内側からドアが引き開けられ、二人の視界が広がった。その友之の左腕に沙織が右手をかけた状態で二人は正面を向いたまま軽く一礼し、電子オルガンのメロディーが静かにチャペル内に響く中、牧師が控えている祭壇に向かって、真っ白なバージンロードをゆっくり慎重に進み始める。


(昨日、見学させて貰ったけど、飾り付けた状態だと一層素敵に見える。このコーディネートは流石ね。プロの仕事だわ)

 正面の壁は全面ガラス張りであり、広い海原と雲一つ無い空の微妙に色調の異なる青が、白い窓枠に囲まれて鮮やかさが際立っていた。

 対するチャペル内の床やベンチの木目が美しく光り輝き、それを白を基調とした花々やリボンを用いて上品に飾り付けてあるのを見た沙織は、心の中でこれを整えたであろうスタッフに、歩きながら賛辞を贈る。


(他の人の結婚式とか披露宴の類を見て、今までは自己満足とか虚栄心を満たすだけのイベントだと、内心で思っていたけど……。ちょっと……、ううん、結構考えを改める事になりそうだわ)

 そして祭壇まで進み、牧師が厳かに二人に対する祝いの言葉を述べ始めてから、沙織が隣に立つ友之のだけぎりぎり聞こえる声量で呼びかけた。


「……友之さん」

「どうした?」

 対する友之も、目の前の牧師に失礼の無いように、視線を前に向けたまま囁き返す。

「私、他の人と比べて、感動が薄いと言うか何と言うか……。卒業式とか合格発表とか友人の結婚式とかでも、今まで一度も泣いた事が無いんだけど……」

「それで?」

「『ハレの日』ってこういう事だと、初めて実感できたかも」

 その台詞に、友之が思わず視線を沙織に向けると、彼女が少々照れくさそうに笑っているのを認めて、自身も表情を緩めた。


「そう思えたなら、良かった。提案してくれた豊さんの所に、報告がてらお礼に行かないとな」

「手配してくれた、柏木さんの所にもね」

「ああ、そうだな」

 二人が笑顔で小さく頷き合ったところで、牧師から声がかけられる。


「I'd like both of you to utter a vow. Repeat after me」

 それを受けて沙織達が了承の返事の代わりに小さく頷くと、牧師は友之と視線を合わせながら、厳かに誓いの言葉を口にした。


「I, Tomoyuki, take Saori as my wife, in sickness and in health through good times and bad」

「I, Tomoyuki, take Saori as my wife, in sickness and in health through good times and bad」

 次に牧師は、沙織に向き直る。


「I, Saori, take Tomoyuki as my husband, in richness and in poorness until death do us part」

「I, Saori, take Tomoyuki as my husband, in richness and in poorness until death do us part」

 そこで牧師は満足そうに頷き、次いで二人を交互に眺めながら最後の誓いの言葉を述べた。


「We vow to establish a happy home together as husband and wife in the presence of God」

「We vow to establish a happy home together as husband and wife in the presence of God」

「You may kiss the bride」

 そう促された二人は向かい合い、軽くキスした後に結婚証明書への署名を済ませる。 


「Now I'd like you to meet Mr. and Mrs. Matsubara」

 そして署名を確認した牧師のその宣言で、正式な意味合いでの二人の挙式は無事終了したが、当事者達は全く預かり知らぬ事ながら、その一部始終を同じホテルの一室で密かにスクリーンに映し出し、満足げに眺めている夫婦が存在していた。

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