(4)すり替わった売り込み商品

「はい、友之。お疲れ様」

 友之達が取った離れとはすぐ近くの、こちらも独立した作りになっている孝男達の部屋に二人が入り、早速静江がお茶を淹れて笑顔で差し出すと、友之が申し訳無さそうに頭を下げた。


「ありがとう。すっかり騒がしくしてしまってごめん」

 それに静江が、笑いながら応じる。

「良いのよ。あの人がすっかり上機嫌だし、何よりだわ。それよりもせっかくのお休みなのに、沙織さんを取り上げてしまってごめんなさいね?」

「いや、それは構わないんだけど……」

 そう言いながら茶碗に手を伸ばした孫に、静江は苦笑しながら話しかけた。


「引退して悠々自適とは言っても、時々物足りなさそうにしているしね。本当は会社の様子が気になっているけど、下手に口を出したら義則さんの顔を潰す事になりかねないし、結構我慢しているのよ」

「そうなんだ」

「そんな所に、『さあ、思う存分口を挟んでください』なんて言わんばかりの人間を、孫息子が『彼女だ』と言って連れてきたら、それは狂喜乱舞してしまうわよね」

 そう言ってクスクスと笑った静江に、友之は溜め息を吐きながら弁解した。


「本当に悪かった。沙織は普段、あんなテンションの高い人間じゃないんだが……」

「ええ。真由美から聞いて、知っているわ。普段は『デレ抜きのツンデレ女騎士様系クールビューティー辣腕社員』なんでしょう?」

 それを聞いた友之が、思わず座卓に突っ伏して呻く。


「……今の説明のどこをどう肯定して、どこをどう否定したら良いのか、咄嗟に判別不能だ」

「あらあら。友之をそんなに振り回せるなんて、やっぱり沙織さんはただ者じゃないわね」

 常には滅多に見られない孫の様子を眺めながら、静江は穏やかな笑みを浮かべた。


「私達が無理を言ったせいで、沙織さんに随分気を遣わせてしまったみたいね」

「気を遣う? 願望入りまくりだし、営業トークそのものだったが?」

 思わず反論した友之だったが、その台詞を耳にした静江が、僅かに顔を顰める。


「まあ……、友之ったら。沙織さんの説明を、真に受けているなんて。少しは彼女の気持ちを考えてご覧なさい」

「考えろと言われても……」

「きっとここに来る話が持ち上がった時から一生懸命考えて、それでも接点が無い私達と何を話せば良いか分からなくて、仕事の内容を話題に持ち出す事にしたんじゃない。それなのにそんな言い方は、沙織さんが気の毒だわ」

「いや、だけど、それは絶対に違う」

「あなたをそんな思いやりのない子に育てたつもりはなかったのに、ギスギスした働き方を続けているうちに、心に余裕なくなってしまったのかしらねぇ……」

「…………」

 心底残念そうに溜め息を吐かれた友之は、下手に弁解する事を諦めた。しかし静江は素早く気持ちを切り替えて、話を終わらせる。


「それはともかく、今のうちにゆっくりお風呂に入ってきましょうか」

「そうだね。ここでぼんやりしていても仕方がないし」

 そこで腰を上げた静江に同意して、友之も並んで部屋を出た。


「でも、あの人があんなに気に入るような子を連れてきてくれて助かったわ。もの凄く不機嫌になったらどうしようかと、ちょっと心配していたのよ」

「それなら良かったけど」

「それで? いつ頃結婚するの?」

「いや、まだそこまでは……」

「あら、そうなの。沙織さんが入社してから、ずっと同じ職場で働いているって聞いたから、てっきりそろそろ本決まりなのかと思っていたわ」

「……母さんは、ちょっと先走りする癖があるから」

「確かにそうね」

 歩きながら上機嫌に告げてくる祖母に、友之は困惑しながらも言葉を返しつつ大浴場へと向かった。

 それから二人ともゆっくりと旅館自慢の風呂を満喫し、部屋に戻って寛いでいたところで、孝男から電話がかかってきた。


「すまん、友之。今何処にいる?」

 その明らかに困惑した声音に、友之も戸惑いながら問い返す。

「お祖父さん達の部屋だけど。どうかしたのか?」

「いやぁ、ついさっきまでさっちゃんと激論を交わしていたんだがな? 急に無口になったと思ったら、座卓に突っ伏して寝てしまってな。あれだけ喋りまくっていたなら、急性アルコール中毒とかではないと思うが」

 それを聞いた友之は、反射的に置時計に目を向けた。


「21時55分」

「はぁ? それがどうかしたのか?」

「友之、どうしたの?」

 無意識に確認した現在時刻を口にした友之に、祖父母から怪訝な声がかけられる。それで我に返った友之は、慌てて祖父に言葉を返した。


「ええと……、何も心配は要らないから。沙織は早寝の習慣があるから、眠くなっただけだ。今から部屋に戻るよ」

「ああ、そうしてくれ」

 そこで通話を終わらせた友之は、祖母に断りを入れた。


「お祖母ちゃん、部屋に戻るから」

「ええ。お開きみたいね」

 やり取りを聞いて、粗方を察したらしい静江はおかしそうに笑い、そんな彼女に見送られて友之は元の部屋に戻った。


「お祖父さん、驚かせて悪かった」

 部屋に入るなり、座卓に突っ伏して熟睡している沙織が目に入った友之が本気で謝ると、孝男は半ば呆れ、半ば感心した口調で応えた。


「それは構わんが……。さっちゃんは、いつもこんなに早く寝るのか? すごく健康的だな」

「確かに普段から早寝早起きだが、いつもは二十三時就寝なんだ……。お祖母さんが言っていた通り、色々気を遣って疲れていたかもしれない」

「そうか。構わんから、寝かせてやれ。奥に布団が敷いてあるからな。俺は部屋に戻る」

「分かった、そうするよ。おやすみ」

 完全に寝入っている沙織を友之が抱え上げようとしているのを見て、孝男は立ち上がりつつ、隣の寝室に繋がる襖を引き開けた。すると食事の後に仲居が敷いた布団が二組見えた友之は、素直に頷いて孝男を見送った。


「全く……。暴走するのも程々にしておけ。フォローするこっちの身にもなってみろ」

 苦笑いしながら友之は沙織を布団に寝かせ、掛け布団をかけてから再度彼女を見下ろした。

「お疲れ、お前は全く意識していなかっただろうが、お前自身の売り込みも結果は上々だったぞ?」

 どうにも込み上げてくる笑いを漏らしながら、友之はそう一言呟いて自身も布団に潜り込んだ。

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