(20)ちょっとしたサプライズ

「高科部長。本日はご足労頂き、ありがとうございました」

「気をつけてお帰り下さい」

「……あ、ああ、どうも」

 接待の席が無事終了し、呼んでおいたタクシーに接待相手を乗せて恭しく見送ってから、沙織は軽く友之を睨み付けつつ苦言を呈した。


「何だか高科部長、最後は涙目でしたよ? 課長の契約締結に向けての意気込みは理解できますけど、ちょっと笑顔が怖過ぎです」

 しかしそれにすかさず、友之が言い返す。


「友之だろう? 接待を終えて、仕事は終了したんだから。遠足と同じように『帰宅するまでは仕事』とか、面白過ぎる事は言わないだろうな?」

「はいはい、友之さん。笑顔が少し怖かったですよ?」

「そうかそうか、俺がそんなに迫力のある美形だと、漸く沙織にも分かったか。良い事だ」

「……人の話、聞いてないし」

 すっかりむくれた沙織だったが、そこで早速手を挙げて流しのタクシーを停めた友之が、彼女を手招きする。


「沙織のマンションに回って送って行くから、先に乗るぞ」

「ええ? 良いですよ。かなり遠回りになりますし、お金が勿体ない。経費で落ちませんよ?」

「当たり前だ。誰が経費にすると言った。早く乗れ」

「自腹ですか。余計に勿体ないと思うんですが……」

 うんざりしながらも、相手は言い出したら後には引かない性格だと分かっていた沙織は、素直にタクシーに乗り込んだ。そして走り出してからすぐに、一応尋ねてみる。


「ところで友之さん、今日はうちに寄っていきますか?」

「明日も仕事だし、マンションの前で降ろす。だから取り敢えず、これを持って行け。クリスマスプレゼントだ」

「何が『だから』なんですか……」

 何やら話のついでのように、鞄から取り出した小さなペーパーバッグを友之が差し出した為、沙織はそれを受け取りながら尋ねてみた。


「ここで開けてみても?」

「ああ、構わない」

 平たく小さいハンカチすら入らないようなサイズのそれに、一体何が入っているのかと、沙織は興味津々で開けてみたが、予想外の物を取り出して面食らった。


「え? 金属製の栞? それにこの中央に嵌め込んであるのは、螺鈿ですか?」

 薄い長方形の金属板には、全体に透かし彫りが施され、装飾のアクセントなのか、中央部に円形の螺鈿細工が嵌め込まれていた。その一方に結び付けられている細いリボンを摘ま上げながら、沙織が無意識に尋ねると、友之が笑いながら説明を加える。


「ああ。栞だが、中心部は切れ目が入れてあって、用紙を挟み込んで留められるようにもなっている」

「あ、本当! クリップみたいになってる。ちょっと留めておくのに便利ですし、お洒落ですね」

「気に入ったか?」

「はい。なかなか繊細な細工ですから、扱っているうちに壊しそうで、ちょっと怖いですけど」

「壊れたら、遠慮無く言ってくれ。幾らでも新しい物を渡すから」

「もの凄い粗忽者みたいに、言わないで欲しいんですが……」

 笑顔で礼を言った沙織だったが、友之の台詞を聞いて納得しかねる顔付きになった。しかしすぐに気を取り直して、その栞を鞄にしまいながら目的の物を取り出す。


「実は私も、プレゼントを用意していたんです」

「俺に?」

「はい。今まではクリスマスの時に、一度も付き合っていた事は無かったので、勝手が分からなくて悩みましたが。友之さんは身の回りの物は、かなり良い物で揃えていて、変な物は贈れないし」

 鞄の中を探りながら沙織がそんな事を言い出した為、友之は機嫌良く応じた。


「別に、気合いを入れたプレゼントなんか要らないぞ? 気持ちだけで」

「そう言って貰えると思ったので、これにしてみました。どうぞ」

 しかしあっさりと返された上、差し出された物がどう見ても普通の封筒だった為、友之は戸惑った顔になった。


「……これは?」

「中にクリスマスカードと、プレゼントが入ってます」

「開けてみても良いか?」

「どうぞ」

 自分が用意した物よりはるかに薄い封筒に、何が入っているのかと訝しく思いながら彼が中身を確認すると、沙織が言ったように可愛らしいクリスマスカードと、一枚の写真が中に入っていた。


「……マグカップの写真?」

 無意識に呟くと、すかさず沙織から補足説明が入る。

「はい。コバルトブルーの色合いが、素敵ですよね。私の物は同じ柄でオレンジと言うか、山吹色に近い色合いの物です」

「へえ? それならペアのマグカップ?」

「いえ、色違いの十二種類の中から選びました。どれにするか、かなり迷ったんですが」

「そうだろうな……。ペアだとは思わなかったが、どうして写真なんだ?」

 ペアなのかと少しは期待していたが、そんな事は声には出さずに友之が最大の疑問を投げかけると、彼女は事も無げに答えた。


「マンションに来た時に使って貰おうかと思いまして、うちに置いてありますから。日常的に使いたいなら会社で現物を渡しますけど、どうしますか?」

 真顔でそうお伺いを立ててきた彼女に、友之は一瞬意表を衝かれてから、すぐに嬉しそうに笑って答えた。


「……いや、そういう事なら今度行った時に、現物を使わせて貰おう。俺専用って事だよな?」

「ええ。色合いも素敵ですけど、デザインも洒落てるし軽くて持ちやすいんですよ?」

「そうか。どんな物か、実際に使ってみるのが楽しみだ。ところで、年末年始は実家に帰るんだろう?」

「ええ、そのつもりです」

「それならその前に、一度顔を出すから」

「分かりました」

 それから機嫌良く沙織と話し続けた友之は、彼女をマンションの前で降ろしてから自宅へと向かった。


「ただいま」

 タクシーで帰宅した友之が家の中に入ると、リビングで顔を合わせた真由美が、思いがけない事を告げてきた。


「お帰りなさい。友之、お昼にあなた宛てに電話があったの」

「家の固定電話に? 誰から?」

「それが……、あなたが大学で所属していた教室の、寺崎教授の妹さんと名乗られたのだけど……。あなたに伝えたい事があるとか」

「寺崎教授の?」

 怪訝な顔で応じた友之だったが、真由美も困惑を深めながら話を続けた。


「取り敢えず、お名前と連絡先を伺ったから、あなたから連絡してみて貰える?」

「分かった。ありがとう」

 連絡先を記入したメモ用紙を受け取った友之は、礼を言って自室に引き上げた。


「暫くお会いしていないが……。教授に何かあったのか?」

 階段を上がりながら、手元に目を落とした友之は、既に電話をするには遅い時間帯であり、翌日に連絡を取る事にして自室へと入った。

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