(2)プレゼントの理由

 彼が密かに悩んでいる一方で、久しぶりに自宅マンションでゆったりと過ごしていた沙織も、実は一人で悩んでいた。

「松原さんには相当お世話になったし、個人的に改めてお礼をしないといけないよね。幾ら社長や真由美さんが、『気にしなくて良い』って言っても……」

 ゴロゴロとソファーに転がった沙織は、身じろぎしながら暫く悩んでいた。


「うぅ~ん、松原さんって、身に着ける物には小物に至るまで色々こだわりがあるみたいだし、下手な物を贈って、却って気を遣わせてもね……。松原さんはフェミニストだから、何を贈っても『ありがとう』って笑顔で受け取る筈だし……」

 そんな事を自問自答しつつ、悶々と三十分程悩んでから、沙織は結論を出した。


「やっぱり無難に、夕食をご馳走するとか? それから真由美さんには……、メイドカフェに一緒に行けば、お礼になるかな? なんだか凄く、行きたがっていたみたいだし。良し、そうしよう。決めた」

 そこで即断即決をモットーにしている沙織は、そのままの勢いで友之に電話をかけた。


「関本です。松原さん、お休みの日に申し訳ありません。今、少々宜しいでしょうか?」

 その時、既に帰宅して、自室でプレゼントを眺めながら考え込んでいた友之は、タイミングの良さに驚きながらも、悩んでいた事など微塵も感じさせずに応じた。


「『課長』ではなく『松原』と呼んでいる時点で、そんなに畏まる事は無いんだがな。暇だから別に構わないぞ。どうした?」

「その……、今回の事で、松原さんとご家族には大変お世話になりましたので、改めてきちんとお礼をしたいと思いまして……」

「困っている時はお互い様だし、女の一人暮らしだと何かと物騒だからな。俺的にはそんなに迷惑をかけられた覚えは無いんだが、そっちが気にするなら、一度夕飯を奢って貰うか」

「実は、そうお願いするつもりでした」

「それは良かった」

(そうだな。その時に、さり気なくあれを渡せば良いか。こっちはそもそも、礼を貰うつもりは無かったし)

 あっさり問題が片付いて気分を良くした友之は、どうせだからと付け加えた。


「その食べに行く日は、4日とかはどうだ?」

 しかしここで、沙織が明らかに戸惑った声を返してくる。


「……え? 4日ですか?」

「ああ。都合が悪いか?」

「はい。その日はちょっと、用事がありまして……」

「それなら、それ以降で構わない。後から予定を摺り合わせるか」

「お願いします」

(誕生日に何の用事だ? 特に付き合っている男は居ない筈だし、女友達とでも集まるのか?)

 そう推測しながらも、何となくすっきりしない気持ちになった友之だったが、沙織の次の台詞で全て頭から抜け落ちた。


「それで真由美さんは、全年齢対象で『お帰りなさいませ、お嬢様』と挨拶してくれるメイドカフェをリサーチして、そこにお連れしますので。社長は真由美さんが喜んでくれたら、それで十分満足ではないかと思いますので、特に何も準備しておりませんが、それで良いでしょうか?」

 神妙にそんなお伺いを立ててきた沙織に、友之は爆笑で答えた。


「ぶっ、あははははっ! お前、やっぱりプライベートだと、無茶苦茶面白いな! あははははっ!」

「……そんなに笑わなくとも、良いじゃありませんか」

 即座に憮然とした声が返ってきた為、友之は笑いを堪えながら賛同する。


「いや、悪い……。でも……、メイドカフェ……、うん。確かに母は大喜びだなっ! 父も基本的に母が喜べば満足だから、それが良いなっ……。あははははっ! 本当に、お前の観察力は凄まじいな!」

「恐れ入ります。それでは真由美さんとは連絡先を交換済みですので、店を選定してから本人に直接連絡を入れて、日程を相談します」

「ああ、そうしてくれ」

 そこで通話を終わらせた友之は、まだ少し笑いながら、両親がいる筈のリビングに向かった。


「二人とも、さっき関本から電話があったんだが」

「あら、何か忘れ物でもあったのかしら?」

「私達に、何か関係がある内容か?」

 ソファーに座っていた二人は息子の言葉に首を傾げたが、次の台詞に真由美が劇的に反応した。


「うちで世話になったお詫びに、今度母さんと一緒に、メイドカフェに行ってくれるらしい」

「え? 本当に!?」

 喜色満面で立ち上がった彼女に、友之は苦笑いで話を続ける。


「ああ。ここにいる間に、連絡先を交換してたんだって? 後から母さんに、直接連絡するって言っていたから」

「嬉しい! ずっと行ってみたかったのよ! 他にも幾つか行きたい所があるんだけど、沙織さんに付き合って貰って大丈夫かしら!?」

「……それは個人間で交渉してくれ」

「分かったわ! うふふ、連絡がくるのが楽しみ! あ、友之。何か飲むなら淹れてあげるわよ?」

「じゃあ、珈琲を……」

「分かったわ。ちょっと待ってて!」

 浮かれ気味に足取り軽くキッチンに向かった妻を見送ってから、義則は小さく溜め息を吐いた。


「やれやれ……。関本さんを連れ回して、迷惑をかけなければ良いんだが……」

「それはそれで、確実に迷惑をかける事になる詫びを兼ねて、プレゼントを渡す事にする」

「なるほどな」

 完全に開き直っている友之を見て、義則はおかしそうに笑いを零した。

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