第3話

 彼女は、こんなところで立ち話をするのもなんなので、貴方様のお家に向かいながらお話ししましょう、と言った。異論はないので頷く。ボクらは並んで歩きだした。


 そこで彼女の語った内容は、こういうものだ。


 死神。

 彼らはその名の通り、人間から命を摘み取ることを生業としている。

 人間は、生まれてきたからには必ず死ぬ。それは自然の摂理であり、揺らぐことのない確固たる真理であって、そこには人々が疑いを挟む余地すらない。


 しかし、それは半分正解で、半分間違っている。


 本当は、その自然の摂理が自然の摂理たりえるのは、死神たちが法則を守るべく働いているからなのだ。彼女によれば、完全に自然の成り行きに任せていると、この世の中は人間で飽和してしまうのだという。


 そこで、死神の出番だ。


 彼らの仕事は数多の人間の中から、無造作にターゲットを決め、狙った人間の命を刈り取ること。この世の中が人間で飽和しないのは、実のところ死神の努力によるところが大きいのだと、彼女は言った。

 もちろん、死神の関与がなく死ぬ人間もいて、全ての人の死に死神が関与しているわけではない。彼らはあくまでも調整役である。

 

 そして、彼女に選ばれた今回のターゲットが、ボクだったというわけだ。


 彼女が一度口を閉じたところで、ボクは浮かんできた素朴な疑問を口にした。


「君たちは、どうやって人間から命を奪うの?」

「死神といっても、実際には我々自身に人間の命を直接的に奪う権限はないのです。死神は、まずターゲットに決めた人間に余命宣告をします。そして、その一週間後に、死ぬ覚悟ができたかもう一度尋ねます。彼がイエスと答えれば、契約成立です。契約成立後、およそ一週間から一か月後に、彼は死を迎えます」


 死の迎え方に関しては、その命ごとに異なり、千差万別なのだという。

 ある者は交通事故で死に、ある者は眠るように息を引き取る。ある者は溺死し、ある者は焼失死する。


「しかし、拒否することもできるのです。そうなると契約は不成立です。契約が不成立の場合、我々には彼らから命を奪う権利はありません。その場合は、彼らから我々と行き遭ったという記憶だけを消し、我々は天界へと帰ってまた別のターゲットを探すのです」


 彼女の口にしたことは、ボクが本や漫画の知識から勝手に作り上げていた死神像とはだいぶ異なるものだった。

 死神とは、有無を言わさず淡々と人間の命を刈り取るものだとばかり思っていた。

 しかし、彼女の話を鵜呑みにするとすれば、実際の死神は生死の決定権を人間にゆだねるのだという。


「まさか、仮にも死神という名を冠している君たちの手際がそこまで甘いとは驚きだよ。そんな方法じゃ、命乞いをする人ばかりで仕事が捗らないんじゃないの?」

「実はそうでもなくて、契約してしまう人も多いのです。何故ならば、死神は余命宣告を発してから、その人間に憑いている一週間、死の素晴らしさについて彼に洗脳するかのごとく吹き込み続けます。死神の死への誘惑に洗脳され、生きることに絶望した人間たちは、死神と契約してしまうというわけなのです」


 契約数は、死神たちの世界において最も重要なのだと彼女はため息をつきながら語った。契約を取ればとるほど死神としての格と地位が上がってゆく。反対に、契約を取れなければ、どんどん肩身が狭くなってゆくのだ。話を聞けば聞くほど、彼らは目的こそ違えど人間社会における営業マンと大差ない。 


「それにしても、君は懇切丁寧に人間のボクにいろんなことを教えてくれるんだね。随分と親切すぎるんじゃない?」


 思ったままのことを口にすると、彼女はおびえた小動物のような目でボクをちらりと見てから、自信なさそうに顔を落としてしまった。


「わ、私は……死神界の、出来損ないなのです……。貴方様で、十人目のターゲットですが、まだ契約を交わしたことはありません」


 その切れ長の瞳に、憂いの色が走る。


 こうして少し会話を交わしただけでも、彼女が死神に向いていなさそうだということだけは十分に分かった。


 ターゲットがボクでなかったら、彼女はまた、失敗していたと思う。

 その意味で、彼女は辛うじて幸運だ。


「じゃあ、君はボクを選んで正解だったね。十回目の挑戦にして、ようやく初契約だ。おめでとう」


 彼女は感慨もなく淡々とそう言ってのけたボクをじっと見つめた。


「一週間後、お気持ちは変わっているかもしれませんよ」

「ボクに限って、そんなことはないと思うけど。ちなみに、君のことはなんて呼べばいい?」

「私に名前はございません。好きにお呼びください」


 こうしてボクと死神さんの奇妙な一週間が始まった。

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