こっちのもの

紀之介

心の中で舌打ち

「もしや、お客様…」


 フロントの女の目は、宿泊者カードの私の名前の欄で止まった様だ。


「─ あの島様ですか?」


 あと少しの所で、気付かれてしまった。


 鍵さえ受け取って仕舞えば、こっちのものなのに。


 そこまで行けば、流石にホテル側も 宿泊を断れないのだから。


 心の中で舌打ち。


 やっと見つけたホテルだが、宿泊を諦めるしかないのか。


 半ば諦めた私に、すっと差し出される部屋の鍵。


「どうぞ、ごゆっくり お過ごしください」


「え?」


「期待してますよ♡」


 私の目が、鍵から女の顔に移動する。


「…な、何をですか?」


----------


「事件に決まってます!」


 フロントの女の口調が、すこし砕ける。


「島様は…事件を呼ぶ探偵として、有名じゃないですか。」


「…」


「訪れる所 必ず殺人事件が起き、それを見事の解決する探偵!」


 不本意な二つ名に、私は顔を顰めた。


「それは、たまたま…」


「─ ホテル協会のブラックリストに載る程度の頻度を<たまたま>とは、言いませんよ♡」


 頭に甦る、過去に色々なホテルで受けた対応。


 やはり私は、ブラックリストに載せられていたのだ…


----------


「さっき…事件を期待しているって、言いましたよね?」


 疑問を解決すべく、私は気を取り直す。


「はい」


「…どうしてですか?」


「その方が、当ホテルには、好ましいからですわ」


 フロントの女は当然の様に言った。


「最近は、敢えて宿泊される物好きなお客様が…結構いらっしゃいまして」


「─ 事件が起こったホテルにですか?」


「はい。」


 女が声を潜める。


「今は<何かが出るらしい>と言う噂しかないので、それなりの数しかお泊り頂けないのですが…」


「…」


「名探偵、島様が手掛けた殺人事件の舞台ともなれば…かなりの数のお客様に、おいで頂けますわ♡」


 私は呆気に取られて、何も言えなかった…


----------


 そして…何故かホテルで発生する殺人事件。


 遺憾ながら私は いつもの様にそれに巻き込まれ、解決する羽目になる。。。


----------


「チェックアウトの手続きを」


 私の動きを、フロントの女が手で遮った。


「料金は結構です。」


「─」


「島様には、色々と お世話になりましたので…サービスさせて頂きます」


「…では、遠慮なく」


 カウンターから離れようとした瞬間、ファイルが差し出される。


「何ですか? これは…」


「ホワイトリストです」


「え…?」


「島様の宿泊を、歓迎するホテルの一覧ですわ」


 思わず伸びる私の手。


 女は、明るく囁いた。


「世の中…捨てたもんじゃないですよ♡」

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こっちのもの 紀之介 @otnknsk

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