オール・ユア・ドリームズ・カム・トゥルー
夕方 楽
episode1
最新の宇宙服は見た目もスマートだが、実際の着用感も素晴らしく、軽くて動きやすい。服を密閉して真空の外界と遮断する必要があるため、着脱が少々面倒だが、そのぐらいはしょうがない。なにしろオレは、選ばれた宇宙飛行士なのだ。
宇宙開発が随分と進み、宇宙飛行士のニーズもかなり増えたため、昔ほどの難関ではなくなったものの、やはり今でも宇宙飛行士は狭き門、憧れの職業だ。
宇宙飛行士になれるヤツとなれないヤツ、その違いは何かと言えば、オレはセンスだと思う。体力や学力は人並みで十分。あとは宇宙飛行士をこなせるセンスがあるかどうかだ。
一緒に採用試験を受けた同期の友人は、運動能力、学力とも申し分なかったが、性格検査で落ちた。ありのままの自分を出すことが最終的には評価されるだろうと勘違いして、筆記試験で正直に答えすぎたからだ。
オレはと言えば、宇宙飛行士に求められるだろう人格を自分の中に作り上げ、試験や面接でその通りを演じて合格した。結局のところ実際の現場でも、本当の自分なんて不確かなものよりも、客観的にコントロールされた作為的な振る舞いの方が危機を救うに違いないと思う。センスとはそういうことだ。
オレは月面に設置された宇宙ステーションの丸窓から、灰色に広がる無機質な荒野を眺めながら、スーツに比べてあまり進化していない半球型の透明なヘルメットを頭にセットした。
今日のオレの任務は、一人で月面用バギーを操縦し、幾つかの日本のメーカーに依頼された実験データを集めることだった。機器のAI化が進み、近頃はカンタンな任務は大概一人でこなす。
「さて、ぼちぼち出かけるか」
オレは、故郷の何とか州に栄誉市民として褒賞されるのだけを楽しみに苛酷な労務に耐えている、神経質な米国人のボスに小言を言われないうちに、早々に出かけることにした。
「ヘイ、ボーイ! 何をしている。予定より一分遅れているぞ」
ボスの声がヘルメットの中に響く。コントロールルームのモニターから、オレを監視しているのだ。
「問題ないよ、ボス。オレの仕事の早さと正確さは知ってるだろ?」
「自信過剰になるな、ボーイ。月の重力は地球の六分の一だが、時間の流れは六分の一じゃあないぞ」
「了解。急ぐよ、ボス」
ここで怒らず上手く受け流す。そう、これがセンスというものだ。
オレはバギーに乗り込み、操作パネルの真ん中にあるAUTOと書かれた赤い大きなボタンを押した。ステーションのハッチが自動で開き、バギーが動き出す。あらかじめインプットされた目的地まで、このまま自動操縦で連れて行ってくれるはずだ。
月面のドライブは爽快だ。砂埃をあげて快走するバギー、漆黒の空に満点の星。あとは隣に可愛い女の子でもいれば最高だな。
小高い丘らしきものや、浅かったり深かったりする幾つかの谷らしきものの間をぬってしばらく走ると、バギーは自動的に速度を落として、やがて停止した。ここが本日の作業場だ。
「さて、始めるとするか」
そうつぶやいてみたところで、オレは一瞬戸惑った。
「あれ、オレは何をやるんだっけ?」
そうだ、実験だ。メーカーに頼まれた実験。オレは後ろの荷台を振り返る。荷台には何もない。やばい、ステーションに忘れて来た。でも何を? それが思い出せない。ヤバイな。とにかく一度戻るしかない。所定の時間が経ってないから、AUTOボタンでは戻れないな。とりあえずステーションに連絡するか……。
通信機のボタンを押そうとするが、なぜか指がすべってボタンが押せない。何度も試すが、指が言うことを聞かない。オレは通信を諦めて、再び運転席に向かう。タイヤの跡をたどれば、ステーションに戻れるだろう。あれ、オレって月面バギー運転できたっけ? オレって宇宙飛行士だったっけ? 訓練なんか受けた覚えがない! なんでオレはこんなところにいるんだ? マジでヤバイぞ。心臓がバクバクと音を立て、汗が大量に流れ落ちる……。
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