第31話 それぞれの気持ち

 心地良い風が吹いている。

 風の牧場には、精霊の力なのかどうかは分からないが、新鮮な空気の流れがあった。

 メロンは何処かな。

「メローン」

 呼びかけると、遠くで鳥の声がした。

 ぱたぱたぱたっ、と緑色の鳥が飛んできて、僕の目の前に着地する。

 ぽよぽよだった羽毛は羽根に生え変わり、長い尾は孔雀を彷彿とさせる。頭の飾り羽も立派だ。

 メロンは僕の顔を見上げてくるくるっと喉を鳴らした。

 メロンもすっかり大人の姿になったなぁ。

「メロンのお陰でこの世界に風が戻ってきたんだよ」

 しゃがんで手を差し伸べると、メロンは撫でてほしいと言っているかのように近付いてきて背中を見せた。

 僕は、メロンの背中を優しく撫でた。

 温かい。小さな体だけど力強く生きている命の温もりを感じる。

 エルは神様だけど、こうして触れているとエルもれっきとした生きている命なんだなぁって改めて思わされる。

 守って、あげなくちゃ。皆が立派な大人になれるように。

 メロンの背中を撫でながら、決意を新たにした僕なのだった。


 ごつごつとした岩がそこかしこに転がっている土の牧場。

 その中のひとつの傍に、アースはいた。

 岩が組み合ってできた物陰に、まるで岩と同化するかのように手足を引っ込めた格好でいる様子は本当に亀らしいと思った。

 アースは警戒心が強いね。此処ではいつもこんな風に過ごしていたのかな。

 それでも僕に対しては警戒心が薄れるようで、名前を呼ぶと岩陰から這い出してきてくれた。

 首を静かに伸ばして、じっとこちらを見つめてくる。

 まるで何かを語りかけてきているようだ。

「お前たちが何を話しているのかが分かったらなぁ」

 アースの甲羅を撫でて、僕は笑いかけた。

 エルたちは動物と同じように鳴き声を発するが、人間にも分かる言葉は話さない。

 神様なんだから人間の言葉を話せるようになればいいのにと思うのは、僕の勝手な願望なんだろうか。

 こうして一緒に暮らしているうちに、皆が何を思っているのかがちょっとずつ分かるようにはなってきたけれど。

 それでも、完全な意思疎通と言うには程遠い。

 ……メネは、分かるのかな。エルたちの言葉が。

 ひょっとしてその辺にいるんじゃないかと思って、僕は周囲を見回した。

 赤い空と、荒廃した山々。立ち枯れした木。荒れた大地。見えるのはそればかり。

 メネ、何処に行ったんだろう。こんな世界でゆっくり落ち着ける場所があるとは思えないんだけど。

 ……何で、怒ったんだろうな。メネの奴。

 僕が魔法を使おうとするのはそんなに悪いことだったのか?

 メネだって、僕が魔法を使えるようになるのは賛成だって言ってくれてたじゃないか。

 訳が分からないよ。

 僕は溜め息をついた。

 それを心配してくれているかのように、アースが頭を持ち上げて僕の腕にぴたりとくっつけてきた。

「……あ、ああ、ごめんね。何でもないよ。大丈夫」

 僕はアースの喉を指先でちょいちょいと撫でた。

 アースの喉はふにふにしていて柔らかかった。亀の体って鱗で覆われてるから硬そうなイメージがあったけど、意外だ。

「御飯の時間になったらまた来るから、いい子にしてるんだよ」

 ゆっくりと僕は立ち上がる。

 メネのことは、考えていても仕方がない。今は彼女が戻ってくるのを待つことしかできない。

 彼女が戻ってきたら、素直に何で怒ってるのかを訊いてみよう。それで正直に話してくれるとも思えないけど、今の僕にはそれしかできることがないような気がする。

 人間、正直になるのが一番だからね。

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