第27話 魔法の力が欲しい

「ラファニエル、相談があるの」

 牧場を見ていると、メネから声が上がった。

 メネは僕の方をちらりと見て、ラファニエルに話を切り出した。

「キラが、魔法が使えるようになりたいって。ラファニエルの力で何とかできないかな?」

 そういえば、メネに相談したんだっけ。僕が魔法を使えるようにならないかって。

 ラファニエルは僕の顔を見て、しばし考えた後に、答えた。

「召喚した人間に特別な力を授けられるのは召喚した神だけではありますが……私は、樹良さんには特別な力は必要ないと考えています」

 それは、僕に魔法の力を授けるつもりはないということだろうか。

 確かに、僕が此処でやっていることはエルの世話だから、一見すると魔法なんて必要ないように思えるかもしれないけど……

 でも、僕には魔法の力が必要なのだ。牧場のこれからのために。

「必要ないなんてことはないと思うよ? キラが魔法を使えるようになったら、今回みたいなことがあっても対処できるようになるし。力は、あって困るものじゃないよ」

 カエラが妨害をやめてくれれば僕が魔法を使えるようにならなくても問題はないんだけど、カエラの様子を見る限りでは、それはまずなさそうな気がするし。

 しかし、ラファニエルは難しい顔をしたまま、首を縦に振ることはなかった。

「必要ありませんよ。その分メネ、貴女が頑張りなさい。元々そのために貴女を樹良さんの助手に付けたのですから」

「……ラファニエルがそう言うなら、仕方ないのかなぁ」

 メネは僕の前まで飛んできて、謝ってきた。

「ごめんね、キラ。ラファニエルがこう言ってるから、魔法の力は諦めて。その分メネが頑張るから、落ち込まないでね」

「ううん、いいよ。無茶なお願いかもって僕も思ってたし。気に掛けてくれてありがとう」

 僕は気にしないでとメネに笑顔を見せた。

 ……表面上は納得したように繕っているけど、やっぱり魔法の力は諦めきれないというのが本音だ。

 そこまで頑なに僕に力を授けることに非を唱えるラファニエルの真意は何なのだろう。

 神様の考えることはよく分からないな。

 さあ、とラファニエルは僕の肩をそっと抱いて、言った。

「生命の揺り籠に、エルの卵を。この世界は、新たなエルの誕生を心待ちにしています。世界の想いには応えなければ」

「はい」

 僕は踵を返して、家に向かった。

 それを、ラファニエルは牧場の傍に佇んだまま静かに見守っていた。


 生命の揺り籠に卵を置いて、僕は休息地へと足を運んだ。

 まず目に入ったのは、巨大に成長したラガオの木。

 テレビで時々見かけた「この木なんの木」の木、あれを彷彿とさせる、とても大きな木だ。

 あの小さな苗木がここまで大きくなるなんて、魔法の力って凄い。

 木の周囲は背の低い草が生えた広場になっていて、小さいが湖もある。

 湖には、小さくて白い花の咲いた小島がひとつ。

 まるで、産まれた卵を置くために誂えられた祭壇のようだ。

「立派な休息地ができたね」

 休息地の様子を見て回っていると、メネが飛んできた。

「ラファニエルは?」

「帰ったよ。神界でやることがあるって言ってた」

「そっか」

 風が吹いた。

 風は僕たちを撫でるようにこの場を通り過ぎていき、ラガオの木の枝を大きく揺らした。

 さらさらと、心地良い音が場に響く。

「これで、エルたちが大きくなったら卵を産んでもらえるね」

 メネはラガオの木を見上げた。

「この世界もね、滅びる前は綺麗なところだったんだよ」

 こんな赤い世界ではなく、陽の光に満ちた、楽園のような世界だったらしい。

 世界から精霊がいなくなって、まるですとんと冥府に落ちたかのように、一瞬にしてこの荒れた姿になってしまったのだそうだ。

 最初は、神界でも大きな騒ぎになったらしい。

 でも、次第に神たちもこの状況に慣れてしまったようで、大きく騒ぐ者はいなくなってしまったのだとか。

 そんな中、ラファニエルだけが、世界を蘇らせるためにあれこれ手を尽くしたのだそうだ。

 そんな彼女が最終手段として取ったのが、異世界からの勇者召喚──つまり、僕をこの世界に召喚することだったらしい。

「メネは、キラにもこの世界の綺麗な姿を見てもらいたい。そのために、キラのお手伝い頑張るよ」

 メネが言うんだから、きっと僕が想像している以上に綺麗な世界だったんだろうね、此処は。

 僕がこの世界での役目を終えた時に、美しい光景が目の前に広がっていることを願って──

 僕は、これからも良い牧場作りに尽力しようと自分に言い聞かせるのだった。

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