第22話 エルにとっての救い
僕とメネが土の牧場作りをしていると、家の方から一人の女性がやって来た。
占い師のような格好をした黒髪の美女で、おっとりとした雰囲気が漂っている。
右手に黒い色をした卵を抱えているので、彼女が神様だということはすぐに分かった。
「順調に、エルの育成は進んでいるようですね──」
彼女は空を見上げて、言った。
「僅かですが……この地に精霊の力が満ちているのを感じます。これならば、この世界が復活を遂げる日もそう遠くはないでしょう……」
「クロムエル、来てくれたの?」
メネは親しげにクロムエルに近付いた。
ふふ、とクロムエルは笑って、メネに顔を向けた。
「ラファニエルに頼まれたのですよ……私のエルの卵を、貴女たちに渡してほしいと」
クロムエルはゆっくりと僕の傍まで歩いてくると、抱えている卵を差し出してきた。
「シャドウラビットの卵です……貴方たちの手で、立派なエルに育ててあげて下さい……」
シャドウラビット……兎か?
兎が卵から生まれちゃうんだ。兎って哺乳類だよね?
ま、まあエルだし。姿は関係ないか。
「ありがとうございます」
僕はクロムエルから卵を受け取った。
そんな僕を、クロムエルはじっと見つめている。
「?……何か?」
「この世界の救済のためにラファニエルが召喚したと聞いてはいましたが……こうして実際にお会いすると、普通の方と何ら変わりはないのですね……」
クロムエル曰く、異世界から召喚された人間は普通では考えられないような能力を持っているのが普通らしい。
やっぱり、召喚勇者って特別な存在なんだな。
普通あるはずの能力が何もないって時点で、僕は十分普通の異世界人じゃないのかもしれないけどさ。
「気に病むことはありませんよ……貴方は貴方らしく、エルたちと接してあげて下さい。エルたちにとっては、それが救いになるのですから……」
エルたちにとっての救い、か……
エルたちが僕のことをどう思っているのかは分からないけど、親しい存在として見てくれるように接していきたいものだ。
「私たちは、貴方たちを応援しています……どんな困難が訪れようとも、諦めずに、この地をエルと精霊で一杯にしていって下さい……」
困難、か。クロムエルも、カエラが牧場作りを妨害していることは知っているんだな。
何とかカエラに妨害するのを思い改めさせたいものだが……何かいい方法はないものか。
神界に帰っていくクロムエルを見送りながら、僕は思考を巡らせた。
──そして。ひとつの考えが、僕の中に浮かんだ。
牧場作りの作業を終えて家に戻った僕は、早速メネにその考えを伝えた。
「え? 魔法を使えるようになりたい?」
「うん」
僕は頷いた。
「この牧場は僕が守ってるんだってことを見せれば、カエラも少しは妨害するのを躊躇うと思うんだよ」
カエラが牧場作りを妨害してくる理由は、簡単。牧場を守る存在がいないからだ。
現状カエラは、メネが何とか追い払っている状況だ。それではカエラが何度も此処に来るのも無理はないと思うんだよね。
僕が魔法を使えるようになれば、カエラが作業を妨害してきた時に対抗するための武器になる。痛い目を見るかもしれないという危惧を抱かせることができれば、カエラも妨害するのを控えるようになると思うんだけど、どうだろう。
うーん、とメネは顎に手を当てて考え込んだ。
「力を誇示してカエラに妨害を思いとどまらせるっていう考えは置いといて……キラが魔法を使えるようになるかどうかは、ラファニエル次第だと思う。異世界から召喚した人間に特別な力を授けるかどうかは、召喚した神が決めることだから」
まあ、そうだろうね。召喚勇者が何もせずに特別な力を持つなんてことは普通ありえないことだと思うし。
けど、そうなると……ラファニエルに頼むことになるのか。
次にラファニエルが此処に来るのがいつになるかは分からないし、気の長い話になりそうだ。
「でも、キラが魔法を使えるようになるのはメネも賛成だよ。キラが魔法を使えるようになったら、畑作りとか、牧場作りの作業が今よりもずっと捗るようになるからね!」
メネは僕の目の前まで飛んできて、自分の胸を叩いた。
「今の話、メネからラファニエルにしておくね。返事が貰えるまでちょっと待っててもらえるかな?」
「うん。何だか厄介な話を振っちゃったみたいでごめんね」
「ううん、いいよ。キラを助けるのがメネのお仕事だし、このくらいのことは何てことないよ」
足下に、こつんという感触。
見ると、アースが僕の足を前足で踏んでこちらの顔をじっと見上げていた。
そういえば、アースにまだ御飯をあげてなかったね。お腹空いたって催促かな。
何でもすぐにできることだとは思わないし、今は目の前のことをひとつずつ確実にやっていこう。
とりあえず、アースの食事の世話だ。
僕はアースを抱き上げて、神果を保存しているキッチンへと向かった。
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