ころがる
小学校1年生。学校が楽しくて楽しくてしょうがなかったあの時、私は家が嫌いだった
家に帰ってご飯やら申し訳程度の宿題やら、色々して自分の部屋(和室の押入れ)で遊んでいると、いつも両親の声がした。
最大限押し殺しているけれど小さく小さく言い合いをしていて、その頃は話し合いなんて概念はないから喧嘩してると思ってた。
ずーっとずーっと声が聞きたくなくて耳を塞いだり好きな本を読んでいたけど結局声が止むことはなかった。
そんなある日、学校から泥だらけで帰ると、いつも玄関に来てくれる母が奥で誰かと話している。父はちょうど出張に出ていて母と二人きりだったのに、小さい子に話すような甘い口調。
「ただいま〜」
『わふっ!!』
部屋に入ると私と同じくらい真っ黒な小さな子犬がいた。ころころと転がって私の足元まで近づいた。
『香織ちゃんって覚えてるかなあ?この前お菓子を持ってきてくれたお姉さん。』
母の話によると、香織さんが病院に入院することが決まり、入院中子犬の世話を頼まれたということだった。名前は、正直全く覚えていない。ただすごくゴージャスというか、強い印象を受け、こんな可愛いのになあと不思議になったことは覚えている。
犬好きの母はすごく可愛がった。私も、可愛くて可愛くて仕方がなくて、今度は学校に行くのが嫌になった。部屋に篭りがちだったこともすっかり忘れ、毎日リビングでボール遊びをしたり、柔らかくて温かい体をなでていた。
ある日、家に帰ると子犬がいなくなっていた。私は急いで家中を探し、探してもいないので泣きながら母に聞いた。すると、香織さんが退院したので今日帰したと言う。私は前よりもっと部屋に篭もるようになった。クリスマスには欠かさずあの子犬の名前を書き、翌朝起きると必ず犬のぬいぐるみがあった。
そのやり取りが、二年ほど続いた。
学校から帰ると、また、あの犬がいた。子犬と言うには大きすぎる体で、ドスンと座っていた。
「お母さん、この子…」
『香織さんがね、また預かって〜って。』
香織さんは、二年前の病気が悪化してまた再入院したらしい。そしてその後、入退院を繰り返すことになり、この犬は幾度となく我が家を訪れることとなる。
それが一年続いた。
私は真っ黒なワンピースに真っ黒なタイツ、真っ黒なコートを着て座っていた。
香織さんは結局亡くなってしまった。彼女が残した遺言で、あの犬は我が家に来ることになった。
犬を引き取ったあの日の母の表情を、未だ私は忘れることができずにいる。
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