WEB小説界ゴブリン会議《異世界冒険者に物申したいことがある》

ゴッドさん

ゴブリンの未来についてのシンポジウム

「よくぞ集まってくれた、ゴブリン族の仲間たちよ」


 ここは世界の狭間にある異次元の空間。

 WEB小説の世界が繋がり合うネットのカオス。


 超巨大な会議室には、入り切らないほどの大量のゴブリンが集まっていた。小学生ほどの体格、緑色の肌、尖った耳。そんな彼らはあらゆるWEB小説に登場するゴブリン族たちの代表である。数日前、ゴブリン族の神である『ゴブリン・ゴッド』から徴集がかかり、急遽この空間へ呼び出された。


「今日お前たちと話し合いたいことは、最近の冒険者による我々の扱いについてである」


 ゴブリン・ゴッドは講壇に昇り、集まった同族の海を眺めた。どこまでも続く緑色の波。彼らもまた真剣な眼差しでゴッドを見つめ返す。


「今やゴブリンたちはあらゆるWEB小説に登場し、居住範囲を広げてきた。WEB小説に登場するモンスターの中でも知名度が高い! 我々一族の発展は素晴らしいことだ!」


 そこで盛大な拍手とともに歓声が起こる。

 しかし、ゴッドの表情は怒りに溢れていた。


「だが、待っていたのは冒険者に仲間が殺される日々だ! 冒頭に登場しただけであっさり殺される! これは人間による種族差別ではないだろうか!」


 ゴッドの言葉に同族たちは「そうだ、そうだ!」と声を荒げ、会場へ一気に熱が篭る。


「俺たちの世界では、主人公の噛ませ犬にされたぞ!」

「オラたちの世界では、遭遇しただけで斬られたっぺ!」

「ボクの集落は主人公によって壊滅させられた!」


 やはり同族たちは各世界の冒険者たちによって酷い目に遭っているらしい。


「WEB小説を執筆するユーザーたちが『ゴブリンは人間を襲うザコモンスター』とかいうざっくりとしたイメージで書いているからこういうことが起きるんだっぺ! 見つけ次第いきなり斬りかかってくるとか、あの主人公はサイコパスだっぺ!」

「そうだっぺ! オラの集落が栽培する薬草を採っている主人公に注意しようとしたら、急に剣を抜いてきたっぺ! 『言語理解』とかいうチートスキル持ってるクセに、オラたちの話は全然聞こうとしないんだっぺ!」


 平和に暮らしたいゴブリンたちは語る。


「他のWEB小説に登場する同族が人を殺しまくっているから、オラたちにも風評被害が起こるんだっぺ!」

「おいおい、綺麗ごとばっかり述べるのは止めろよ、ギャハッ!」


 人との闘争を望む戦闘狂ゴブリンは怒った。彼の被り物は血で赤黒く染まっている。『レッドキャップ』と呼ばれる特殊個体だ。


「所詮、俺たちと人間は別種族! 容姿も暮らしも違うあいつらとは分かち合うことなど永遠にできねぇぜ、ギャハハハッ!」

「オラたちみたいに、人間の傍で平和に暮らしたい仲間だっているんだっぺ」

「人間は貴重な食料だぜぇ? それに、俺たちの繁栄にも人間のメスは欠かせねぇ!」


 戦闘狂ゴブリンは高らかに笑う。


「まさか、あの噂は本当だっぺか?」

「どんな噂だぁ?」

「ゴブリンが繁殖に使うために人間の娘を拉致する、っていうヤツだっぺ!」


 WEB異世界小説には度々そういうシーンが登場する。

 ゴブリンやオークとの戦闘に敗北した女騎士や姫君が彼らに連れ去られて「いやーん(はぁと)」的なことをされるというものだ。

 作品の冒頭で襲われている場面に遭遇した主人公が女性を助ける、というテンプレがある。これによってゴブリンたちの多くは随分と悔しい思いをしてきたものだ。


 ある作品に登場するゴブリンには、他種族のメスとの性交でも同じゴブリンを産める、という設定が見られる。出典元は不明だが、WEB小説に結構出回っている設定らしい。


「オラたち、人間にそんな卑猥なことしないっぺ!」

「そうだろうなぁ、お前たちの股間に付いているじゃあ無理だよなぁ! だがな、俺たちのならそれができるんだよ!」

「ゴ、ゴホン!」


 話がアレな方向になってきたので、ゴブリン・ゴッドが咳払いでその会話を中断させる。


「で、では一応聞こう。お前たちの世界では、どのように我々は繁殖している?」


「同じ種族内での有性生殖だっぺ」

「ダンジョンによる自然発生だ」

「人間の死体を魔術によって転換するのですよ」

「人間のメスに産ませる。これが普通だぜ、ギャハハ!」


「ああ、もう! 同族なのにまとまりがねぇな、お前たちは!」


 ゴブリン・ゴッドは困惑した。

 どうして同じ種族なのにこんなに違いがあるんだよ。本当に自分たちは同じゴブリンなのだろうか、と不安になってくる。


「我々はあらゆるWEB小説の世界に広がってしまった。今更繁殖方法を統一するのは不可能だ。我々は空想上の生物だし、細部は作者の想像に任せるしかない。お前たちが作者に恵まれることを祈る」


 ゴッドは合掌し、祈りのポーズを見せた。


「というかだな、話が本題から逸れてしまっているではないか! 私が話したかったことはだな、チートスキル持ちの冒険者によって同族が大量に殺されていることだ! このままだといずれ我々は絶滅してしまう! チート持ちに対する対抗策がほしい、ということだ!」

「俺たちはダンジョンの自然発生による繁殖だから絶滅はしないよ。魂もダンジョン内で輪廻するし」

「だまらっしゃい! 皆が皆、君のような増え方をするわけではないのだよ! お前らは気楽でいいよな、倒されても数時間後に復活できるし!」


 ゴッドは自然発生型ゴブリンを指差して怒鳴った。


「でもさ、どうやってチート持ちを倒すんだっぺ? オラたち、どうしても敵わねえっぺ」

「こういうことはオーク族とかに任せておけばいいんじゃない? あいつら強いしさぁ」

「いや、それはダメだ」


 壇上でゴッドはうな垂れる。


「オーク族も会議後に『我々の未来に関するシンポジウム』という名目でこの会場を使う予約を入れている。おそらく、ヤツらも我々と同じように冒険者に悩まされているのだろう」

「有名なモンスターの行き着く先は冒険者に駆逐される運命だっぺ」


 オーク族の次にも、ウルフ族、オーガ族、スライム族、リザード族……という並びで会場に予約が入っている。それらのシンポジウムのテーマがほとんど『我々一族の未来について』だ。


「じゃあ、ゴブリン・キングとかゴブリン・シャーマンとか、今までよりも多く養成していけば――」

「所詮、『キング』とか『ロード』とか、そんな肩書きも色々な作品内で多く使われていて、主人公の能力を見せつけるだけのサンドバッグにしかならないさ」


 何てことだ。

 ゴブリン・ナイトやキング、シャーマンといった特殊階級でも相手にならないとは。

 もっとこう、新しさを出すために別の強さを獲得する必要があるかもしれない。


 20メートル超え巨体『タワーゴブリン』。

 水中活動が可能『ゴブリン・ピラルク』。

 刃物が通じない『メタルゴブリン』。

 日本文化から影響『スモウゴブリン』。

 体内に原子炉『アトミックゴブリン』。

 100%着床『リビドーゴブリン』。


 ゴブリンたちの想像は尽きない。

 最早それはゴブリンではないかもしれないが。


 有名モンスターたちは困っている。

 有名なだけで冒険者から討伐クエストの的にされることを。


「作者さんがもっとオリジナルモンスターとかマイナーなモンスターを使って生態系を作ってくれればいいのに。既存の有名モンスターに頼りすぎだっぺ」


 結局、会議は「全部作者のせい」という結論で終了した。


 ゴブリン族たちが会場から出ると、すぐ外でたくさんのオークが待っていた。彼らもみんな暗い顔をしている。

 互いを見つめ合うゴブリンとオークたち。その目には慈しみの感情が宿っていた。

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