61話 届けられた手紙

 四時間目から降り出した雪は、降ったり止んだりを繰り返し、下校するころには、うっすらと白く町を覆っていました。


 電車には、冬休み前で、通常の7時間授業から6時間授業に短縮になっている桜淵生たちをちらほら見掛け、彼らがいないか見渡しましたが、これより前の電車に乗ったようで、姿はありませんでした。


 朋華ちゃんたちと別れ自宅に戻ると、居間でおやつを食べながら歓談中だった母と弟妹に、『ただいま』とだけ言い、着替えるために自分の部屋へ。


 母のご機嫌次第では、また朝の続きが始まるかもという心配をよそに、おやつを食べ終えると仕事へ戻って行き、母が自宅を出たのを確認して、ゆりが私の部屋へ入って来ました。



「何か用?」


「はい、これ」



 そう言うと、一通の封筒を差し出したのです。


 表面には私の名前が記載されているだけで、切手も宛先もなく、裏には『北御門夏輝』の署名。郵送されたものではなく、おそらく自分で投函したものだと分かりました。



「これ、どうしたの?」


「ゆりが学校から帰ったら、郵便受けに入ってたの。ママは気が付いてないみたいだったから、こっそり持って来た」


「どうして…?」


「前にお姉ちゃんの日記のこと、おばあちゃんに叱られたから」



 どうやら、あの時のことを、ゆりなりに気にしていたらしく、



「ゆりが渡したことは、ママには内緒ね」


「分かった。ありがと」


「じゃ、ちゃんと渡したから!」



 少し照れくさそうにそう言うと、部屋を出て行きました。


 珍しいこともあるものだと思いつつ、それよりも気になるのは、夏輝くんからの手紙です。


 緊急の用事なら電話で連絡するでしょうし、もし、ゆりが届けてくれなければ、母に没収されていた可能性が高く、わざわざそんなリスクを冒してまで自宅に封書を投函したことに、胸騒ぎを覚えながら封を開けると。



『松武こうめ様。

 こんな選択をした僕を、許してください。

 でも、僕にはもうこうするしか方法がなかったのです。…』



「何、これ…? なっちゃん…?」



 まるで遺書のようなその文面に、呼吸が早く浅くなり、心臓は鼓動を早め、必死で文字を目で追うのですが、内容がまったく頭に入って来ず。ただ漠然と、何かとんでもないことが起こっているのだという悪い予感が広がったのです。


 立っているのもやっとという状態で、ふらふらと階段を降りると、そこへ血相を変えた朋華ちゃんが飛び込んで来ました。



「こうめちゃん!! こうめちゃん、どこにいるの!? 返事して!!」


「朋…ちゃん…」


「ね、何これ!? どういうことなの!?」



 そう叫ぶ彼女の手にも、私と同じ封筒が握り締められていました。


 その時、電話のベルが鳴り、反射的に受話器を取った私の耳に響いたのは、動揺した様子の木の実ちゃんの声。



「もしもし、こうめ!? 夏輝からの手紙、見た!?」


「木の実ちゃん…」


「さっき、聖から電話があって、すぐに北御門に行くって! 私も今から出るから!」


「あの…」



 すると、私の手から受話器を取り上げた朋華ちゃん。



「もしもし、木の実ちゃん!? いったいどういうことなの!?」


「朋華!? ちょうど良かった! 今すぐこうめと一緒に、北御門に向かって!」


「ね、何が起こってるの!?」


「分かんない! でも、夏輝に何かあったことだけは…!」


「分かった! 私たちもすぐに向かうから!」


「それじゃ、むこうでね!」



 そう言って電話を切った朋華ちゃんは、側で私たちの遣り取りをじっと見ていたゆりに歩み寄ると、高圧的な命令口調で言ったのです。



「おばあちゃまは?」


「ちょっと出掛けてる…」


「じゃあ、おばあちゃまが帰ったら、北御門家に連絡してって伝えなさい!」


「でも、どうして?」


「そんなことはどうでも良いの! 分かったらお返事は!?」


「は、はいっ!」



 さらにその様子を眺めていた弟、桃太郎に向かって、



「あなたも、余計なことをママに喋らないって、お約束なさい!」


「いいけど、その代り、何かご褒美くれる?」


「は? 何言ってんの、あなた?」


「だって、こっちだけ約束させられたんじゃ、損じゃん?」



 常に自分が優遇されることが当然の末っ子、桃太郎。いつものように、交換条件を求めたのですが、突然、桃太郎の胸倉を掴んだ朋華ちゃんは、絞り出すような声で、言い放ったのです。



「私の言うことが聞けないの? あなたのこと、恥ずかしくて外を歩けなくしてやっても良いのよ?」


「え…?」


「あなたの人生、台無しにするくらい、何でもないのよ? そうされたくなければ、素直に言うことを聞くのね?」


「あ、あの…」


「分かったら、お返事!!」


「は、はい…」


「声が小さい!!」


「はいぃっっ!!!」



 そう言うと、ようやく桃太郎を解放したのです。


 家族の中では、常にナンバーワンのポジションにいる末っ子桃太郎ですが、所詮は井の中の蛙、唯我独尊オンリーワンの一人っ子パワーに勝るはずもなく。


 ゆりと桃太郎を完全に支配すると、朋華ちゃんはもう一度、祖母が帰宅したら伝えるように命じ、動揺が治まらない私の手を握り締め、



「夏輝くんは、きっと大丈夫!」


「朋ちゃん…!」


「行こう!」


「うん…!」



 お互いに頷き合うと、私たちは急いで北御門家へと向かったのです。





 駅の改札を抜け、再び雪が降り始めた住宅街をダッシュする私たちに、背後から走って来た聖くんが声を掛けました。



「こうめ、朋華!」


「あ…!」「聖くん!」



 久しぶりの再会に、一瞬気まずさが過ったふたりでしたが、今はそんなことを気にしている場合ではなく、



「先に行く! ふたりとも、急いで来いよ!」


「分かった!」「私たちもすぐに行くから!」



 さすがに体力の違いは否めず、颯爽と追い抜いて行く聖くんの後姿を追い掛ける私たちに、



「朋華、こうめ!」



 再び背後から声を掛けて来たのは、木の実ちゃんでした。ふたりは同じ電車だったようで、先に行くよう指示したそうです。


 駅から歩いて5分ほどの通い慣れた道を、息を切らしながら必死で走り、到着した私たちの目に飛び込んで来たのは、レトロなレンガ造りの洋館の前に停まった救急車と複数の警察車両、そしてそれらを遠巻きに眺める大勢の人たちでした。


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