62話 胸騒ぎ
「やだ…!」
「何、これ…?」
「とにかく、行こう!」
人ごみを掻き分け、門の前まで進むと、そこで制服の警察官と揉めている聖くんの姿。
「だから、友達なんですってば! 中に入れて下さい!」
「駄目、駄目!」
私たちも急いで駆け寄って、加勢しました。
「中で何が起こってるんですか!?」
「私たち友達で、この家の子から手紙を貰ってるんです!」
「これは遊びじゃないんだよ? 子供は帰りなさい!」
「遊びじゃないから、心配してるんじゃないですか!」
「事件性もあるんだから、今は駄目だ!」
その言葉に、戦慄が走ります。
そのとき、屋内から救急隊員が出て来たのですが、誰かを搬送する様子もなく、救命器具らしき荷物を積み込むと、サイレンを鳴らさず走り去りました。
それがどちらを意味するのか尋ねても教えてはくれず、このままでは埒が明かないと思い、咄嗟に、聖くんが私たちに声を掛けたのです。
「朋華、木の実、こうめ、Richtig、Links、Hintertür! Auf geht's!」
ジュース・デーでは、よくドイツ語を教えてもらっていたため、会話までは出来ないものの、言っていることは理解出来るレベルの私たち。
号令とともに、4人で一斉に門の中へ突入し、勝手知ったる北御門家を、聖くんはまっすぐ玄関へ、朋華ちゃんは右側キッチンの入り口へ、木の実ちゃんは左側リビングの掃き出し窓へ、私は裏口へと分散したのです。
「夏輝! 冬翔! 返事しろ!」
「ふたりとも、どこにいるの!?」
「あ、コラっ!! お前たち、どっから入った!?」
「早く、捕まえろ!」
屋内で作業していた複数の制服・私服の警察官が、私たちの侵入に気づき、一斉に集まって来ました。
特に体格の大きい聖くんには、大の大人二人掛かりで、三人ともすぐに確保されたものの、
「きゃ~っ! 手が痛~いっ! もうピアノが弾けない~!!」
大袈裟に、そう叫んだ朋華ちゃん。
「何だ、この
「あ、自分、知ってます! この前見た雑誌に載っていました! 将来を嘱望されるピアノコンクールの優勝者で、母親も世界的ピアニストです!」
「だからどうしたと言うんだ!?」
「その娘の手を怪我させて、もしピアノが弾けなくなったら、もの凄い損害賠償を請求されます!」
「経費で払っとけ! 幾らだ!?」
「たしか、何千万とか、下手すれば億とかだそうです!」
その言葉を聞いた途端、一斉に朋華ちゃんから手を離す警察官。
「あ、ご存知ないといけないので、ついでに言っておきますけど、そこに居る木の実ちゃんは、お料理の天才少女なんです~」
「あ、ども、天才少女です」
「今度は、何だ!?」
「もし彼女が包丁が持てなくなったら、日本中のテレビ局が大騒ぎになりますから~」
「ああ、手が痛い…。包丁が持てないかも知れない…」
朋華ちゃんのハッタリに、すかさず、木の実ちゃんからも手を離したものの、そのままその場に拘束されてしまった三人。
「こんなことして、ただで済むと思うなよ! 親を呼ぶから、住所と名前と電話番号を言え!」
「えっと、僕は、Hisiri Wilfried von Richthofenっす。住所は Freie Hansestadt Bremen ~」
「はあっ!?」
「あ、さーせん、僕ドイツ人なんで。電話番号も言います? 国際電話だから、料金めちゃくちゃ高いっすけど、経費で払えるんですよね? 時差あるし、誰か起きてるかな?」
「おまえな~!」
聖くんたちがそんな言動をしているのも、決してふざけていたわけではなく、私から彼らの目を逸らせるための時間稼ぎでした。
自分たちが
その頃、裏口へ回った私は、少し遅れて家の中へ侵入していました。
玄関から続く長い廊下から、彼らの遣り取りが聞こえていましたが、それよりも気になったのは、中に入ってすぐに感じた金属的なにおい。それが何を意味するのか、頭で考えるよりも先に身体が勝手に動き、私はその方向に向かって歩き始めたのです。
キッチンと接する廊下を通り過ぎたとき、私に気付き、
「あっ! もう一人いるぞ! 捕まえろ!」
「ほら、大人しくこっちに来…」
そう言って、腕を握った刑事さんの手を、いともたやすく振り解いた私。
少女だから手加減したと思い、今度はがっちりと二の腕を掴んだのですが、止まるどころか、大の大人を軽々と引き摺ったまま歩く様子に、さらに数人が加勢したものの。
「なんだ、この娘は…!」
「化け物か!?」
三人掛かりで押さえ付けても、ものともせずに歩き続ける私。
力づくで止めようとした一人が、無理やり手を引っ張った瞬間、鈍い音がして驚いて手を離すと、右手の小指と薬指が変形していました。
「きゃーっ! こうめちゃんの指が!」
「骨折してるっ!」
「おい、早く処置を…!」
その言葉すら耳に入らず、尚も必死で止めようとする刑事さんたちを引きずりなら、向かったのはバスルームでした。
「ちょっ…、何!?」
「君、駄目だよ! 中に入らないで!」
中で作業をしていた鑑識の人たちが私に気付き、驚いて手を止めた先に見えたものは。
「なっちゃん…」
浴室の床に横たえられている夏輝くんの姿。
そして、赤く染まった浴槽。
「いい加減、止まれったら!」
そう言って、それ以上浴室内に侵入させないよう、背後から私のお腹を抱えた瞬間、再び鈍い音がして、
「肋骨が…!」
「この娘、痛みを感じてないのか…!?」
その言葉に、全員が言葉を失いました。
制止しようと押さえ付けたことで、すでに数か所を骨折していて、これ以上無理をすれば、命に関わるダメージを負う可能性もあり、私を止めることは危険と判断したのです。
誰も邪魔する人がいなくなり、まっすぐに夏輝くんに歩み寄った私。彼の左手首の傷に手を伸ばした瞬間、
「もういいんだ…」
不意に、聞き覚えのある声がして、私の手を掴んだのは、冬翔くんでした。二階で話を聞かれていたのですが、階下の騒ぎを聞きつけて降りて来たらしく、夏輝くんのものでしょうか、着衣には血が付いています。
大の男が何人掛かりでも止められなかった私を、あっけなく制止したことに驚きを隠せない刑事さんたちを擦り抜け、他の三人もバスルームにやって来ました。
私に駆け寄り、抱きしめる木の実ちゃん。
横たわる夏輝くんの姿に、息を呑む朋華ちゃん。
その朋華ちゃんを、ぎゅっと抱き寄せる聖くん。
私の腕を掴んだまま、冬翔くんが言いました。
「何もしなくていいから…」
「離して…。なっちゃん、怪我してる…!」
「だから、もういいんだって…」
「早く血を止めないと…!」
「止めなくていい!」
「なっちゃんが死んじゃう!」
「夏輝は、もう… 死んでるから…!」
「嘘…!」「嘘だろ…!?」「嘘よね!?」
そう叫んだ三人に、首を横に振る冬翔くん。
「嘘でしょ…? ふうちゃん、嘘だって言って…」
「嘘だったら、どんなに…」
「何で…? こんなの、嫌だ…。なっちゃん…、返事してよ…!」
冬翔くんの腕を振り解き、無機質な浴室のタイルの上に横たえられた夏輝くんの頬に触れようとしたのですが、作業を終えた鑑識さんがそっと私の手を取り、静かに首を横に振ったのです。
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