47話 想定外の展開に
「聖? どうかした?」
なかなか戻って来ない聖くんを心配して、様子を見に来た夏輝くんの声に、驚いて飛び上がりそうになりながら、
「電話、終わった?」
「あ、ああ…」
「そろそろ演奏が終わるから、戻って」
「あのさ、夏輝… 今さ…」
「いいから、急いで!」
必死で説明しようにも、上手く言葉が出て来ず、夏輝くんに急かされ居間へ戻ったものの、さっきとは違う心臓のバクバクが止まりません。
冬翔くんを見ると、お菓子を口に運びながら、穏やかな表情で演奏に聴き入り、一方の私は、間もなくして演奏を終えた朋華ちゃんに歩み寄り、にこやかに談笑。
殺そうとしていた者と、殺されそうになっていた者、そのどちらからも、さっきの鬼気迫る空気は微塵も感じられず、もう自分のほうがおかしくなりそうです。
「聖、さっきから変だぞ?」
「おっ母さんの電話、何だったの?」
「あ、えっと…何かまた、じいちゃんと揉めてるみたいで…、その…だから、早く帰って来いって、ブスが…」
「そっか。じゃあ、あんまり遅くなったら悪いな」
「う、うん…」
そのときでした。
「淵井聖くん!」
朋華ちゃんに名前を呼ばれたことにも気付かず、
「おい、聖…!」「聖くん…!」
「あ、ああ…」
周囲の呼び掛けに、ようやく立ち上がったものの、
「前から、聖くんが好きでした。私と、付き合ってください!」
そう言って、ぺこりと頭を下げた朋華ちゃん。
誰もが、このままカップル成立の運びとなることを信じて疑わず、聖くんの返答を待ったのですが、冬翔くんと私を凝視したまま、朋華ちゃんのほうを見ることなく、聖くんの口から出た言葉は。
「…ごめん、今ちょっと…それどころじゃなくて…」
「え…?」「は…?」「ちょ…っ!」
いったい、彼が何を言っているのか分からず、動揺する私たちを横目に、一応心の準備はしていたものの、まさか本当にこういう結果になるとは思っていなかった朋華ちゃん。
少しの間固まったまま、言葉も発せずにいたのですが、
「そう…分かった…」
瞳にいっぱい涙を溜めて、やっとの思いでそう言うと、部屋を飛び出して行きました。
「朋華!」「待って!」
「私、行って来る!」
すぐさま、朋華ちゃんを追いかける私。
一方、残されたメンバーたちから、総攻撃される聖くん。
「おまえ、何やってんだよ!」
「バカなの!? 状況分かってるよね!?」
「え…? あ…あっ! あああぁぁぁっっっ!!!」
「ああ~、じゃねえわ! どうすんだよ!?」
ようやく状況を理解した聖くん。ですが、時すでに遅し。
母親の理不尽な電話を受けた上、猟奇的な光景を目の当たりにした直後だけに、キャパオーバーだったとはいえ、絶対に失敗の許されないミッションがすっぽり抜けてしまったというあり得ない状況に、青ざめました。
「ど、どうしよう!?? どうしたら良い!??」
「どうもこうも、ったく、あんたって男は!」
「こうちゃんが、何とか落ち着かせてくれればいいんだけど…」
「もう手遅れだよね??? これってマジ、ヤバイよね???」
このどうしようもないであろう状況に動揺する三人に対して、一人静かに口を開いた冬翔くん。
「一つだけ、方法がないこともない」
「何だよ、方法って!?」「言って!」
正直、さっきの出来事が強烈過ぎて、すぐには彼の言葉を受け入れられる心境ではありませんでしたが、この非常事態にあっては、一刻の猶予もありません。
「頼む、冬翔! 教えてくれ! 僕に出来ることなら、何でもするから!」
「逆告白するんだよ」
「逆告白?」「どういうこと?」
「さっき断ったのは、朋華からじゃなく、自分のほうから申し込みたかったからってことにするんだ。いかに自分のほうが朋華を好きっていう気持ちが強いかを、死ぬ気でアピールする以外ないと思う」
「なるほど!」「よし、それでいこう!」
「きっとこうちゃんが、上手く言って連れ戻してくれると思うから」
「念のため、今のうちに、リハーサルしとこう!」
「もう後はないんだから、今度こそ、ちゃんとやんなさいよね!」
「わ、分かった!」
そう言うと、急遽簡単な台詞を用意し、朋華ちゃんに見立てた木の実ちゃん相手に、必死で逆告白のリハーサルを始めたのでした。
北御門家を飛び出し、泣きながら走る朋華ちゃんを追いかけ、3ブロック先の公園でようやく追いついた私。
ひとまずベンチに腰かけ、片手を繋ぎ、もう片方の手で背中を擦りながら、彼女の気持ちが落ち着くのを待ちました。
しばらくして、少し落ち着きを取り戻し、口を開いた朋華ちゃん。
「ごめん…飛び出したりして…」
「ううん、大丈夫だよ」
「やっぱり、駄目だったね、私…」
そう言うと、再び瞳から涙の粒が零れ落ちました。
もし仮に、それが聖くんの正直な気持ちだったとしても、あれだけ綿密に立てた計画を一言もなく破棄するとは思えず、電話から戻ったときの彼の挙動不審な様子から、アクシデントだったに違いないと思った私。
だとするなら、今頃むこうでも何がしかのフォローを準備している可能性に賭けることにしたのです。
「でもさ、何か腑に落ちないんだよね?」
「何が?」
「聖くんの言動。中途半端っていうか、普通、断るなら断るで、もっとはっきり言うものじゃないのかな、と思って」
「そんなの…私のことなんて、どうでも良かったってことでしょ…」
「違うでしょ? 聖くんが、朋ちゃんのこと、どうでも良いなんて思ってるはずないじゃない?」
「…」
「直前にお母さんから電話があって、荒れてるって言ってたじゃない? だから、話に集中出来てなかったのかも知れないし」
「どうかな…」
「私、思うんだけど、もしかしたらまだあの先に、何か続きがあったのかも知れないよ?」
「そんなこと…」
「とにかく、一度お家に戻ろう? コンクール前に風邪でも引いたら、おばさんに叱られちゃう! ね?」
そう言ってにっこり笑った私に、朋華ちゃんは小さく頷き、一緒に北御門家への道を戻って行ったのです。
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