46話 出来レースのはずが

 聖くんにとってのもう一つの悩みは、相変わらず私に起こり続けている怪奇現象でした。


 あれから木の実ちゃんに確認したのですが、やはり私が言った通り偶発的な事故だったと言われてしまい、それ以上突っ込んで聞くことも出来ず、何か釈然としないまま、ずっと引っかかっていたのです。


 ところが、先日の転落事故の際、ほんの一瞬でしたが、階段の上にいた人物を目撃していた聖くん。そう、冬翔くんでした。


 あの位置に居たのなら、私が転落したことに気付かないはずはなく、いの一番に駆けつけそうなのにも関わらず、周囲が騒然となってから、暫くして降りて来た彼の行動に、違和感を覚えたのです。


 案の定、私は『不注意で足を滑らせた』としか言わず、それとなく冬翔くんにも尋ねたものの、キッチンで調理中に服を濡らしてしまい、着替えるために、一番奥にある自分の部屋へ行っていた、とのこと。


 木の実ちゃんにも確認しましたが、服が濡れたのは事実で、冬翔くんの言動からも、嘘をついているような素振りは感じられません。


 一瞬のことでしたから、ビジュアルからいえば、夏輝くんだった可能性もありますが、あの時彼は居間に居て、すぐに飛び出して来たのを見ていたので、その可能性も消えます。


 となると、自分が見たものはいったい何だったのか? そう言えば、あの古い洋館には『出る』という噂があることから、



「ドッペルゲンガー…? …か、双子はもともと三つ子で、その霊とか…? って、あり得ねー!」



 リアリストのため、基本的にはスピリチュアルなことは信じていない聖くんでしたが、こうなるともう、そう考える以外にないのかも知れないとさえ思えてくる始末。


 とはいえ、冬翔くんに対する猜疑心が消えないまま、いよいよ告白を受ける当日を迎えたのです。





 その日、北御門家に集まったいつものメンバー。完全な出来レースと分かっているにも関わらず、異様な緊張感が張り詰めているのは、それだけみんなが朋華ちゃんを大切に思っているからなのでしょう。


 綿密に立てた段取り通り、先ずはいつものように乾杯をして、他愛のない会話から始まったのですが…



「さ、最近、調子はどうかね? その~、コンクールに向けて?」



 あんたは、どこぞの飲み屋で、若い子に話しかけてる中年のオヤジか! と言いたくなるような、あり得ないくらいぎこちない喋り方の夏輝くん。


 緊張すると、歩くときに右手と右足が同時に出るタイプといいますか、内心、彼に台詞を付けたことを、深く後悔したものの、



「そ、そ、そうね。まあまあ、ってとこかしら?」



 一方で、話し掛けられた朋華ちゃんはというと、こちらもこちらで緊張がマックスの状態。さらに、もう一方の主役である聖くんに至っては、いつ告白タイムが始まるかと心臓がバクバクし、落ち着かないを通り越して、もはや挙動不審。


 よって、全体的にもの凄く低いレベルでバランスが取れてはいたものの、いくら何でも、この空気ではマズいと思い、



「ね、朋ちゃん、コンクールで弾く曲、聴かせて」


「そうだね!」「僕も聴きたい!」「私も!」


「そ、そう? それじゃ」



 小学生の学芸会でももう少しマシだろうというレベルの遣り取りの中、朋華ちゃんのピアノだけが安定のクオリティーです。


 この曲が終わったら、いよいよ告白タイム。誰もまともに聴いてなどいない極限状況の中、突然廊下から電話のベルが鳴り響きました。


 冬翔くんが席を立ち、すぐに戻って来ると、聖くんに耳打ちし、



「家から電話だぞ」


「マジ? このタイミングで?」


「おばさん、何か怒ってるみたいだけど?」


「分かった。すぐ戻るから」



 そう言って、ピアノの演奏を邪魔しないよう、そっと居間を抜け出し、受話器を耳に当てた途端、耳に飛び込んで来たのは、母ひろ子さんのヒステリックな怒鳴り声でした。



「聖!? 今すぐ帰って来なさい!」


「何だよ、こんなとこまで電話掛けて来て?」


「さっき、ドイツのおじいちゃんから電話があったのよ! あんた、ドイツに行くって言ったの!?」


「んなこと言ってねーし。何なの?」


「じゃあ、何でおじいちゃんがあんなこと言ったのよ!! だいたい、あんたがはっきりしないから!!」


「ちょっと待ってよ、分かるように説明してよ?」



 感情的に喚き散らすひろ子さんでは、何がどうなっているのか全く理解出来ず、一方的に捲し立てるばかりで、こちらの質問には全く答えません。


 しばらくして、電話の向こうで揉めているような声がし、無理やり電話を変わった茉莉絵さんが状況を説明。


 先ほどドイツの祖父から電話があったのですが、間が悪いことに、ひろ子さんがその電話に出てしまい、先日送付した書類に関する説明をしようとしたところ、



「息子は、ギムナジウムには行かせませんから!」



 と言い放った彼女に対し、



「子供の将来の可能性を、母親自ら潰すというのは如何なものか」



 と返したことから、口論に発展。


 その中で、『本人の進路は本人に選択させるべき』と言った祖父の言葉を、聖くんがドイツに行くと言ったと勘違いしたらしく、すぐに真意を確認しようと、わざわざ北御門家にまで電話を掛けて来たのでした。



「そういうことだから、すぐに戻れる?」



 そうは言われても、これから重要なミッションが控えており、



「あともう少し掛かりそうなんだけど…」


「何とか宥めるけど、なるべく早く戻って」


「分かった」



 何でよりによってこんなときに、と思いながら受話器を置き、大きな溜め息をつきながら、居間へ戻る廊下の角を曲がろうとしたときでした。


 人気ひとけのない暗い廊下に、ふたつの人影があり、すぐにその一人は私、そしてもう一人は冬翔くんだと分かったものの、お互い押し黙ったまま何やら遣り取りをしている様子。


 声を掛けるのを止め、物陰からそっと覗き見ていた彼の瞳に飛び込んで来たものは、乱暴に壁側に私を追い遣った次の瞬間、私の顔の真横に、トスッと音を立て、冬翔くんの手に握られたナイフが突き刺さったのです。


 その音は、朋華ちゃんが奏でるピアノの音にかき消され、居間にいるみんなには届いていません。



「!」



 叫びそうになる声を、寸でのところで押し殺した聖くん。


 声も出せず、両手で口を押えたまま立ち尽くす私。


 無表情のままナイフを抜きとり、何事もなかったように居間へ戻る冬翔くん。


 その姿が消えたのを見届け、数回深呼吸をした後、やはり何もなかったように居間へ戻る私。



「…どういう…ことだよ…?」



 今、自分が見たものが信じられず、誰もいなくなった廊下を、さっき私たちがいた場所へ行き、そこには間違いなくナイフが刺さった跡があるのを確認したものの、頭がフリーズしたまま、まったく状況が飲み込めないでいました。


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