38話 体育祭
10月に入り、制服も夏服から冬服に衣替え。 暦の上では秋とはいえ、まだまだ夏の名残の空気が居座り、暑かったり涼しかったり、一日の中でも寒暖差があったりと、安定しない毎日です。
この時期は体育祭をする学校も多く、中でも桜淵の体育祭には、毎年多くの観客が応援に駆け付け、大変な盛り上がりを見せることで有名でした。
とはいえ、誰でも観戦できるわけではなく、基本的には在校生やOBの家族や関係者なら大丈夫なのですが、友人の場合は、在校生が事前に申請しておく必要があります。
体育祭当日は、家族と偽って中へ入ろうとする他校の女子生徒で長蛇の列が出来、校門前で来訪者チェックをする教師との間でバトルが繰り広げられる光景は、桜淵体育祭の風物詩となっていました。
一方、我が藍玉女学園の体育祭はといいますと、観戦出来るのは在校生の保護者と同居する家族のみで、事前の申請が必須のうえ、当日は学校が発行した本人の顔写真付きのIDカードを携帯し、入校時は免許証やパスポートなど、本人確認が出来る身分証明書を提示させるという徹底ぶり。
保護者の皆さんいわく、体育祭が始まる前に、一日の労力の大半を消費するそうで、もう少し緩くして欲しいという要望も多いようですが、学校側としては、一貫して『大切な生徒に万が一のことがあっては』というスタンスを変えることはありません。
前日、お弁当の準備を手伝うため、木の実ちゃん宅にお邪魔した私。玄関を入ってすぐの部屋に母、征子さんの姿を見かけ、
「こんにちは~」
と声を掛けたのですが、まるで私の声が聞こえていないかのように無視。申し訳なさそうにジェスチャーで謝罪する木の実ちゃんに、私も気にしていないからと小さく手を振って返し、早速準備に取り掛かりました。
まずは、どんなおかずにするかということで、祖父母たち高齢者には、和食系をメインに考えていた木の実ちゃんでしたが、
「どっちかっていうと、洋食系のほうが好きみたい」
「唐揚げとかサンドイッチでも大丈夫なのかな?」
「むしろ、大好物だと思う」
というわけで、お弁当は洋食系に決定。どんな具材を使って、どういう詰め方にするかということになり、
「いちいち取り分けしないで済むように、バーベキューみたいに、おかずを串刺しにしたらどうかな?」
「それ、いいね! あと、男子の食欲がハンパないから、サンドイッチだけじゃ足りないと思うんだよね」
「だったら、おにぎりも作ったら?」
「じゃあ中身は、梅と鮭と…」
「何なら、唐揚げとか、ハンバーグとか入れてみる?」
「えっ??」
「それ、ナイスアイディア!」
いきなり背後から声がして振り返ると、そこには満面の笑顔の征子さん。さっき無視したことなどどこ吹く風、まるで最初から参加していたかのように、嬉々として喋り出しました。
「そうよね! 別におむすびだから和風とか、固定観念に囚われる必要なんてないのよね。洋食でも、みんな普通にご飯食べるし」
「体育祭とか、綺麗に手を洗えない状態でも、串刺しだったりラップの上から持てば、そんなに気にしなくても大丈夫ですし、お箸も要らないから、一石二鳥かなって思ったんです」
「なるほどね~! こんな感じかな~」
私たちのアイディアを、サクサクとイラストに描く征子さん。当時、行楽弁当といえば幕の内弁当が一般的だった時代、彼女がデザインしたレイアウトは、とても斬新に映りました。
「素敵!」「いいね~!」
「ね、このアイディア、今度の雑誌のレシピに使ってもいい?」
「私は良いけど、こうめは?」
「あ、私なんかので良ければ」
「ありがと! じゃあ、早速レシピを作らなきゃ」
そう言うと、キッチンを出て、再び自室に籠った征子さん。帰宅する際、再び声を掛けましたが、やはり返事はなく、作業に没頭している様子だったので、私もそれ以上は何も言わず帰宅しました。
今考えると、彼女にはある種の『発達障害』があったのだと思いますが、当時はまだそうした認識すらない時代でしたので、彼女の行動を理解する術もなく。
本人としては、悪気があってしているわけではないのですが、彼女を知らない人からすれば、何て失礼な人なんだと誤解を受けることも少なくなく、フォローする木の実ちゃんの苦労が忍ばれます。
翌朝、お弁当を完成させるために、早朝から木の実ちゃん宅に集合した私たち。ラッキーなことに、昨夜から小夜子さんがコンサートで地方に出掛けたため、朋華ちゃんも一緒です。
完成したお弁当を、嬉しそうに写真に撮る征子さん。
「この時期の劣化の状態を見たいから、食べるときにもう一度、写真を撮っておいてね」
「分かった」
彼女にとって重要なのは、お料理の出来栄えだけ。娘とその友達が何のためにお弁当を作り、どこへ行くのかなど、まったく興味はないといった様子で、一足先に一人でどこかへ出かけて行きました。
7時半になると、茉莉絵さんが車でお迎えに。お弁当と私たちを乗せて北御門家へ行き、そこで待っていた祖父母たちを乗せ、交代で車を降りた私たち三人は、電車で桜淵へGO。
学園の名前と同じ『桜淵駅』で降りると、同じ方向に向かって歩くたくさんの人たちに混じり、夏輝くんたちには毎日通い慣れた、私たちには初めての川沿いの道を進みます。
校門前に到着すると、すでにそこには長蛇の列。いかにも家族連れといった人たちの中に、絶対に部外者と思しき女の子たちのグループもちらほら。兄妹を偽るなど、何とかして中に入ろうとするものの、リストに名前がなければ弾かれてしまいます。
当初、私たちもそう見られていたようですが、すんなりゲートを通過した私たちに、入れなかった女の子たちの嫉妬に満ちた視線が突き刺さります。せめて中の様子を覗こうとしても、周囲を高いフェンスで仕切られているうえに敷地が広大過ぎるため、それも不可能。
桜淵の広大な敷地に建つ校舎や設備は、その大半がOBからの寄付で建造されており、体育祭が行われる陸上競技場含め、各種競技施設は公式な大会にも対応出来るよう造られていました。
文武両道をモットーとする校風では、子供たちの才能を如何なく伸ばすためには、充実した設備を設けることにも重点を置いていて、ここを卒業した多くの成功者たちによる潤沢な資金が、惜しみなく投入されているのです。
余談ですが、ここ桜淵にも他校に漏れず『学校の怪談』があります。それは、この場所に由来するもので、かつて、ここを流れる川の上流に罪人の処刑場があり、処刑された罪人の遺体が流れ着いたといいます。
そうして肥沃になったこの場所には、毎年見事なまでに桜が咲き乱れたことから、いつしか『桜淵』という名称になったのだそう。
戦後、大きな護岸改修工事が入り、当時を思わせるものは何も残っていません。ただ、工事により川の形状が変わり、学校の施設の一部は埋め立てられた場所に建設されています。そう、この陸上競技場もその一つ。
今も成仏出来ずにいる魂がさ迷っているのでしょうか、生徒や教師からの『目撃情報』も多く、理由は不明ですが、夜7時以降の施設の使用は、特別な理由がない限り禁止されているとのことです。
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