6話 中間テスト

 ほどなくして、中間試験のテスト期間に入り、桜淵では試験期間中は、通常の7時間授業から6時間授業に短縮されるため、帰宅が一時間早くなります。そこで、市役所に隣接する市立図書館で、一緒に試験勉強をすることにしました。


 口では勉強が好きじゃないとは言いながらも、さすがは桜淵の生徒だけあり、得意分野ともなれば、教え方も上手で、ポイントやコツの掴み方を分かりやすく伝授してくれます。


 土曜日には、午後五時の閉館時間まで、ガッツリ試験勉強に没頭…したわけではなく、休憩がてら、他の人たちの迷惑にならないよう、6人で輪になってノートで筆談。



『夕べ、2時まで起きてたから、眠たい』


『凄! 私、11時には寝ちゃった~』


『ストレス溜まる~! 試験終わったら、遊びたいな』


『いいね~! 何して遊ぶ?』


『鬼ごっことか?』


『小学生か!!』


『じゃあ、かくれんぼは?』


『小学生か!! 2』


『ならば、和歌の歌合わせでどーだ!』


『平安時代か!!』『公家か!!』



 そんなくだらない遣り取りをするだけでも、結構な気分転換になりました。


 もし私たちだけだったら、そのままズルズルとサボり続けてしまうところですが、10分ほどすると自主的に筆談を止め、再び勉強に戻ります。


 普段の試験勉強は、自宅自室で独り黙々とするしかなく、苦痛以外の何者でもなかったのに、こんなに楽しく感じたのも初めてなら、こんなに捗ったのも初めてでした。


 独りではないという安心感と、一緒に頑張ろうと励まし合う連帯感から、これまでにないくらいバイタリティーもモチベーションも持続し、テスト結果は全員がUPという嬉しいオマケまで付いて来たのでした。





 土曜日の図書館で、それぞれのテスト用紙を見せ合い、お互いの健闘を讃え合う私たち。


 館内は、一般の利用者と学生とで部屋が分かれており、試験期間中は満席だった学生専用スペースはガラガラの状態で、明日が日曜日ということもあり、いつになく解放された気分でいると、夏輝くんがこんなことを言いだしたのです。



「無事に中間テストも終わったことだし、よかったら今度、うちに来ない?」


「え? でも、私たち女子が行って、平気なの?」


「うん。うちは昼間、親がいないから」


「お母さんは? お仕事?」


「ううん、死んだんだ」


「ごめん、私…!」



 知らなかったこととは言え、自分が無神経に放った問い掛けが、彼らを傷つけたのではないかと思い、次の言葉が出てこない木の実ちゃん。


 それに対し、夏輝くんはあっけらかんとして首を横に振ると、



「あ、気にしないで。母さんが死んだのは、僕らが生まれた時なんだよ。なあ、冬翔?」


「そう。物心ついたときからいない人だし、記憶もなければ想い出もないから、悲しいとか寂しいとか思ったこともないんだよね。冷たい奴って思われるかも知れないけど」


「そんなこと…」



 そう言うと、少しナーバスになっている木の実ちゃんをフォローするように、冬翔くんも優しく微笑んで見せました。





 彼らの母親である亜妃あきさんとは、勿論、私も面識がなく、祖母からは、ふたりを出産してすぐに亡くなったということだけ聞いていました。


 一方、父親のたもつさんは、絵画やアンティークを扱う画廊を経営しており、オークションや商談で海外へ行くことも多く、幼い頃は母親の代わりに彼らの祖母がお世話していたため、よくお互いの家を行き来していたのです。


 さすがに中学生にもなれば、一通りのことは自分たちで出来るようになり、現在は父親と3人で暮らしていましたが、相変わらず父親は、月の半分は自宅を留守にする多忙さでした。


 今も大きな商談があるとかで、来週いっぱいは帰らない予定でしたから、私たちが遊びに行ったところで、何の弊害もありません。





 とはいえ、やはりネックは朋華ちゃんです。


 過干渉な彼女の母親は、娘の心配と、レッスン時間の確保のためと称し、同好会の日など、予告なしに学校まで迎えに来たことが過去幾度もあり、その度に母娘喧嘩に発展し、何度やめるように忠告しても、まったく聞く耳を持ちません。


 レッスンをサボって、男の子の家に遊びに行きたいなど、口が裂けても言えませんので、図書館で課題のレポートをすると言って出掛け、いつもの如く、突発的に図書館に迎えに来て、そこに娘がいなかったとなれば、大騒ぎになるのは必至。


 おまけに、そういう嘘をついたときに限って、『超能力者か』というくらい、とんでもないタイミングで現れたりするので、油断出来ません。


 もしそんなことになれば、これまで築き上げた朋華ちゃんの母親からの私と木の実ちゃんへの信用は失墜し、以後校内での交流も禁じられ、冗談ではなく自宅と学校の往復だけの生活を余儀なくされるだろうことは、火を見るよりも明らかでした。



「やっぱり、無理…だよね?」


「どう考えても、リスクが大き過ぎるもん」



 初めから諦めるしかなかった私たち。


 すると、朋華ちゃんは不敵な笑みを浮かべ、



「それがねぇ、うちのママ、来週からヨーロッパ公演で、昨日日本を出発したの」


「嘘っ!?」「マジで!?」


「ホント、ホント! だから、2か月近く留守ぅ~♪ 私は自由の身なのぉ~♪」


「やったーっ!!」「キャー!!」「わーい!!」



 即興のメロディーに乗せた彼女の言葉に、思わず全員が歓喜の声を上げてしまい、驚いて振り向く周囲の人たちに頭を下げて謝罪すると、後は声を出さずに喜びを爆発させながら、いつもの筆談で計画を立てることにしました。


 考えてみれば、いつも学校と自宅の往復で、これまで一緒に出掛けることがなかった私たち三人。特に『母親』というしがらみから、一時的にでも解放された朋華ちゃんのはしゃぎようは半端なく、どれほどストレスが溜まっていたのかが分かります。


 そんな彼女を見ていると、何だか解放された気分に拍車が掛かり、この秘密の計画は、まるで遠足前日の小学生のように、みんなの心を躍らせました。





 自宅に戻ってからも、ワクワクする気持ちに歯止めが利かず、いつもは、一日の出来事を記録する程度の日記も、この日やたらとテンションの高い書き方をしていた私。


 彼らと電車で会ってから、間もなく一か月が経とうとしていました。


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