横道から差し出される手
碧 ふみか
就職活動編
第1話
公共職業安定所――いわゆるハローワークという所は、もっと暗く、職にあぶれた大人達が陰鬱な顔でいる所だと、少し前までの杵築(きづき)出雲(いずも)は思っていた。
しかしこの場所にいる職探しに燃える若者達の目は、ぎらぎらと輝いている。
ここは大阪市北区の一等地にある高層ビルの中の一室。新卒応援ハローワークと呼ばれる場所だ。
就職氷河期と言われる現代において戦に負けた出雲は、毎日この場所を訪れていた。
何せここにはパソコンがある。冷暖房完備、飲み放題のミネラルウォーターがある。エレベーターで一階降りればコーヒー店の無料のWi―Fiまで使えるのだから、どう考えても自分の部屋より快適だ。
「杵築さん、やっぱり君の求める条件じゃ、正社員になるのは難しいと思いますよー。まだ若いんだし、契約社員から初めてみたらどうですか?」
「契約社員なんて無理です! 4大まで出たのに親に何て言えば良いんですか!」
出雲は手に持った受付番号の書かれた紙を握りつぶす。
端末を操作する職員とテーブルを挟んで相談する面談室は、簡易なパーテーションで区切られているだけなので、出雲の悲惨な声は部屋中に響いた。
「でもね、杵築さん。年間休日140日以上、残業・休日出勤無し、制服不可、給与手取り23万円以上、ボーナス3ヶ月分……少し条件を緩めなければこのご時世どこの会社でも就職は難しいですよ」
50代と思われる男性職員はため息をついた。熱心に職を探すのは良いことだ。長い間市内の違うハローワークで働いていた男性は、いつも生活保護目的の老人達を相手に仕事をしてきた。それに比べると熱意のある若者の相手の方がやりがいを感じているのも事実だ。
だがしかし、若さというのは根拠のない自身に溢れている。身の程を知らない子供は年長者の言葉など聞きもしない。疲れるのも事実だ。
そんな呆れた様な職員の視線も気にせず、出雲は熱弁を振るう。
「職員さん、私は働きたくないワケじゃないんです。むしろ、立派な社会人としてきちんと働きたいと思っています! ただ、プライベートも何も無く、働く事が素晴らしいと思う日本人の感覚はおかしいと思いますし、賛同できません! 働く時は働き、休む時は休む! そうするとまた、仕事も頑張れる! 私が求めているのは、海外では当たり前のメリハリのある生活です! それはそんなにおかしい事ですか!?」
知った様な口を利き欧米諸国の話など出しているが、出雲は外国人の友人がいるわけでも留学経験があるわけでも無い。海外に行ったのは人生で一度きり。先々月の卒業旅行で女友達とハワイに行っただけだ。
「でもその条件を満たす大企業には、エントリーシートも通らなかったんだよね? キツイこと言うけど、君はそういった会社に必要とされていないと言う事じゃないの?」
話にならない、と職員もついに匙を投げた。広げていた資料を片付け、暗に退室を促す。
ぷっ、と誰かが噴出したのを皮切りにさざ波のように嘲笑が広がる。
出雲は頬を赤く染め、荒々しく席を立った。
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