第116話 ヒズール到着


 

 ヤムシロを出て二日目、ずっと塞ぎ込んでいたキキョウに徐々に変化が出ている。


「リズ殿はまだ上手く刀を扱えておらぬな」


「そうなんだよね、私は刀を使うようになってまだ半年足らずだからね」


 言葉を交わしながら木刀を打ち付け合うリズとキキョウ。


 一緒にヤムシロを出て最初の内は元気の無かったキキョウだが、魔物が出る度に即殺して実力と刀捌きを俺達に見せつけた事でリズに刀の扱いを教えて欲しいとせがまれてしまい、初めは渋っていたキキョウもリズの明るさと押しの強さには首を縦に振らざるをえなかった。

 そしてリズに指導をするようになったキキョウは、最初は言葉遣いも敬語だったのだが、リズの明るさに影響されたのか、それとも体を動かすのが好きなのかリズに指導をしている間に徐々に固かった表情も解れ、言葉遣いも変わっていき、今ではすっかり自然体になっている。


「ヤァッ!」


 正眼に構えた木刀が触れ合う程の距離から、リズが一足跳びに間合いに入り、腕が横に振り抜かれる。だがキキョウはギリギリを見極めるかの様に僅かに身体を引き、最低限の動きでリズの木刀を避けると同時に滑る様な足裁きで間合いを詰め、リズの首筋に木刀を添える。


「リズ殿は一撃一撃に無駄な力が入り過ぎておるのじゃ。それでは避けられた後に大きな隙ができる。勿論一撃で仕留められるのならそれでも良いのじゃがな、そうでないのなら攻撃を切らさぬ様に二ノ矢、三ノ矢を意識して相手に攻撃の隙を与えず、確実に自分の攻撃を当てる事が肝要じゃ。儂はそう教えられたぞ」


 木刀を首筋に添えながら話すキキョウに、リズは参りましたと言って頭を下げた後、苦笑いをしながら頭を掻く。


「ニノ矢、三ノ矢かぁ。今までは刀の斬れ味が凄くて殆ど一撃で倒してきたからどうしても最初の一撃で決めようって動きになっちゃうんだよね。それにキキョウみたいな格上の相手だと余計に力が入るしね」


 俺はニィルの世話をしながら二人のやり取りを見ていたが、キキョウの指摘した言葉を聞いて、森人の里に行った時の事を思い出した。あの時リズは、熊形の魔物ワウドゥベアを仕留め損なった事があった。初見のワウドゥベアに対しリズは全力の縮地で首筋を狙ったのだが、斬撃の入りが浅く一撃で倒す事が出来なかった。そして全力で縮地を使った影響で直ぐに体勢を立て直せず、護衛対象への攻撃を許していたのだ。


 普段の組手でも俺やテオではリズの攻撃を避けるのに必死なので気付けなかった指摘だ、そう思いながら二人の元に行く。


「キキョウさんが俺やリズを倒した時がそうでしたよね。リズは一度キキョウさんの攻撃を受け止めたけど次の攻撃に反応出来なかったし、俺も躱したと思った所を次の攻撃であっさり倒されました」


「うっ。まぁ、はい……その通りです」


 俺の言葉にキキョウが項垂れてしまい、言葉遣いも敬語になってしまった。そしてリズに睨まれた。俺はキキョウの言葉をわかりやすく実体験で語ったつもりなのに、少し話題を間違えたようだ


「キ、キキョウさんとの組手は色々勉強になりそうです。良かったら俺もお願いして良いですか?」


「う、うむ。いっ、いやっ、やはり私などに習うよりヒズールに着いてからしっかりとした者に習う方が良いと思います」


 慌てて雰囲気を変えようと俺も組手を申し込んでみたが断られた。では失礼しますと言って頭を下げた後、キキョウは馬車に戻ってしまう。


「トォ〜マァ〜」


 リズが低い声を出しながら近寄ってくる。


「ごっ、ごめんリズ。俺もキキョウさんと仲良くなりたかったから」


「はぁ、それはわかるけどさ、もう少し言葉を選んでよね」


 リズがため息を吐きながら木刀を手渡してくる、そしてキキョウとの組手が半端に終わった責任を取らされ夕食が出来るまでの間、みっちりと扱かれた。

 ちなみにテオは既に仲良くなっているケジローと組手中だ、リズとテオは誰とでも直ぐに仲良くなれるな。





 ヤムシロを出て四日目の朝、遂にヒズールの町が見えてきた。


 横幅が目視出来ない、かなり長い外壁があり、関所に建っていた物よりも大分高い櫓が二棟見えてくる。そして町に近付いて行くと大きな堀があるのに気付く。街道の先に橋があり、その手前に直垂姿の門番が立っていて、こちらに気付いて停まるように声をかけてきた。


「そこの馬車、外の者か。まずは一旦馬車を停め、代表者を一人寄越されたい」


「ケジローさんお願いします」


 門番の指示に従い一旦馬車を停め、荷台に声をかけると直ぐにケジローとキキョウ二人が降りて来た。国外から来たであろう馬車の中から侍であるキキョウとケジローが降りて来た事に、門番が少し驚いていたが、ケジローが一言二言話をすると、それに頷き俺達を呼ぶ。

 呼ばれた俺達も冒険者カードと関所でもらった旅符を見せる事で問題無く通る事が出来た。


「うおぉ!兄ちゃん見て見て。魚が泳いでるぞ、凄ぇな」


「近くに川があるんだろうな、堀はかなり深くなっているようだから落ちないように気をつけてな」


 橋の手前で冒険者カードを見せるついでに荷台から降りていたテオが堀を見てはしゃいでいるので、落ちないように声をかけながら橋を渡る。橋の先にも門番が二人いたが、こちらでは停められる事なく門を通された。


「うおぉ、兄ちゃん兄ちゃん!」「ふわぁぁ」「凄い、ですね」「………凄い」


 門をくぐった先にある、ヒズールの町並みを見て思わず立ち止まる。

 木造の和風な建物が建ち並び、漆喰の塗られた壁と屋根瓦が白と藍に町を染めるので、ステルビアやジーヴルで見た赤茶けた町並みとは違った驚きを与えてくれる。

 日本にいた頃に似たような建物や写真を何度か見ていた俺でも目を奪われる町並み、馬車を降りてはしゃいでいたテオも、荷台から顔を出していたリズも驚きの声をあげ、セオも目を見開いたままポツリと呟き、俺の隣に座るレイナも口に手を添え驚いている。


 そうして暫く町並みを見ていたが、いつまでも立ち止まっている訳にもいかないので、まずは泊まる場所を確保しようとケジローに声をかける。


「ケジローさん、取り敢えず宿に案内してもらえますか?」


 すると横にいたキキョウが返事をした。


「トーマ殿、母上に指導をお願いするのであれば先に母上に話を通した方が良いと思います」


 まだ時間も早いので先に宿を確保し、馬車を停めてから町を周りたかったのだが、キキョウがそう言い、横にいるケジローも頷いているのでその言葉に従う事にした。


 キキョウとケジローに先導され馬車をゆっくりと歩かせる、町の人の服装はラザの町と大差ないが、たまに浴衣姿の人や裃姿の人が歩いていた。


「ここです」


 キキョウの後について町並みを見ながら進み三十分程で着いた先には、寝殿造の大きな屋敷があった。そして門から見える広い庭に一人の女性が立っている。



 アカネ:ホナミ:41歳


 人間:冒険者


 魔力強度:278


 スキル:[武芸百般] [身体強化:極] [魔力操作:極] [魔力感知:極] [風魔法:極] [文言]



 この人がキキョウの母親か。武芸百般ってスキルにあるのか。それよりも、この人、白銀級冒険者のフェリックより強くないか?それにアカネってどこかで聞いた覚えが……。


「あっ!」


 思わず大声を出してしまい慌てて口を抑える、皆に不思議そうな顔をされたが、取り敢えずキキョウに促され庭の中に入った。

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