第115話 おでんに思いを馳せて

 

 ミチナガから鍛冶屋の情報と紹介状を受け取り、ミョーオから色々な食材の話を聞いている間にキキョウとケジローが戻って来た、二人とも風呂敷に包んだ荷物を持っている。


 まだ昼食は出来そうに無かったので、先に二人の荷物を置く為に宿の裏手の馬車に向かう。


「キキョウさん、ケジローさん、俺達はヒズールに来るのは初めてなのでどうかよろしくお願いします」


 歩きながら二人に声を掛ける。


「いえ、こちらこそ」


 元気無く返すキキョウに、隣を歩くケジローがため息をつく。


「お嬢、いつまでもそんな調子じゃ相手に失礼だ。反省は大事だがずっとその調子じゃ立派な侍にはなれないぞ」


「そうじゃな」


 元気無くとぼとぼと歩くキキョウ、そんなキキョウに再びため息をついた後で俺に向かって頭を下げてきたケジローに苦笑いを返す。


 そうこうしてる間に厩舎についたので、二人の荷物を馬車に置き、ついでに馬車から野菜をおろし、ニィルの昼食を準備してから食堂に戻る。


 食堂では丁度昼食が運ばれている所だった、俺はテーブルに並べられている料理に目を見開く。


 パン、それからワカメと豆腐の味噌汁、そして大根、人参、蓮根、ゴボウ、蒟蒻の入った煮物。

 パンが白米だったら完璧と言えるだろう料理を目の前にして顔が綻ぶ、そんな俺を見てミョーオが不思議そうに声を掛けてきた。


「外から来た人にはヒズールの料理は物足りないと言われるのですがトーマ殿はヒズールの料理が本当に好きなのですね」


「ええ、俺は煮込んだ料理が好きなので。この煮物料理もとても美味しそうです」


 その言葉にミョーオが嬉しそうな顔をする。


「そうですな、こういった煮物料理は寒い季節に食べるのが一番ですからな」


「鰹節や昆布で出汁を取った煮汁で長時間煮込んだ料理も美味しいですよ」


「ほう、それは美味しそうですな。今度町に戻ったら試してみましょう」


 イエスッ!俺はミョーオの返事を聞いて心の中でガッツポーズをする、ミョーオの反応から鰹節や昆布がヒズールにあると確信したからだ。

 これでおでんが食べられる、そう喜ぶ俺にリズか半目を向けてくる。


「それにしてもトーマ殿はヒズールの食材に詳しいですな、少し赤みがかってはいますが髪も瞳も黒いし、顔もどちらかと言えばヒズール寄りに見える。何か関係が?」


 そうミョーオに聞かれて我にかえる、どうやらおでんに思いを馳せて少しはしゃぎすぎたようだ。


「いえ、俺はステルビアの端の出身です。ヒズールの近くに住んではいましたが父からは何も聞かされてないです。父がこういう料理をよく作ってくれたのでそれで好きになりました」


 実際は父親が俺に料理を作ってくれた事など殆どないし、おでんが好きになったのはコンビニで働いていた影響だけどな。


 リズからの視線が突き刺さるがミョーオは俺の話を信じてくれたようだ、丁度全員分の料理も行き届いたので早速料理を食べる。


 やはり美味い、ただでさえ味の濃いこの世界の食材を、更に煮込む事でもう一段旨味が増している。


 肉が無いのでテオは少し不満そうだが俺は大満足だ、これで料理スキルのあるレイナとセオが手を加えたら更に美味しくなるはずだ。


 煮物を二回もお代わりした俺に、ミョーオが笑顔で話しかけて来た。


「トーマ殿は本当に美味しそうに食べますな。ヒズールでは私の教えた店に行けば良い食材も手に入ると思います、どうかヒズールを楽しんで下さい」


 その言葉に俺も満面の笑顔を返す、他の皆も俺がヒズールの料理を美味しそうに食べたので何となく嬉しそうだ。


 そんな和やかな食事を終えて、宿を出る。


 宿の外には村長の呼び掛けに応じて沢山の村人が集まっていた、村人は俺達を見つけると感謝の言葉を言いながら持ち寄った食材を渡してくる。


 俺達もお礼を言いながら食材を受け取る。

 人参、大根、卵などのステルビアでも手に入る食材の他に、ヨモギ、ゴボウ、蒲鉾や煮干し、更には俺も食べた事の無い松茸などもあった。


「なぁなぁ兄ちゃん、さっきの野菜は美味しかったけどこれも美味しいのか?」


 村人から貰った食材を不思議そうに見ているテオに、試しにどうだとヨモギを渡してみる。

 それをテオが迷わず齧り、あまりの苦さに咽せてしまう、それを見て思わず吹き出した俺は涙目のテオに睨まれた。


「ごめんごめん、生のヨモギは流石に苦すぎたか」


 色々と懐かしい食材に加え、松茸という、俺には縁が無いと思っていた食材を貰ってテンションが上がってしまい、悪ノリし過ぎたようだ。

 酷いぜ兄ちゃんと言って涙目で睨んでくるテオに荷台からコップを取り出し、水を入れて手渡す。そんなやり取りを周りの村人も微笑ましく見ていた。


 拗ねてしまったテオに平謝りをして何とか機嫌を直してもらい、全ての食材を積み込んだ俺達は、村人やミチナガ達に見送られてヤムシロを後にした。






 ヤムシロを出て半日、襲ってくる魔物は片っ端からキキョウが片付ける。

 キキョウはとにかく動きが速く、俺が魔物を感知し、荷台に伝え、馬車を停めると直ぐに飛び出していき、足場の悪い雪の上を苦にせず、まるで滑る様に魔物に近付き、一振りで斬り捨てるのだ。


 今も白いゴブリンを二匹片付けて戻ってきて、俺が街道の側に作った穴にゴブリンを投げ捨てるキキョウ。


「よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げるキキョウに、俺も頭を下げてから、ゴブリンの死体に燃料をかけて火を付ける。

 ゴブリンの死体を燃やしながら、後ろで見ているキキョウに後始末は大丈夫ですよと伝えると、ペコリと頭を下げて荷台に戻っていく。

 その後ろ姿はどこか思い詰めているようにも見える、そんなキキョウと入れ替わりにケジローが歩いてきた。


「お嬢がすいません。人見知りって事もないと思うんですけどね、この仕事についてからは俺達以外とはあまり会話もしなくなっちまって」


 ケジローが頭を掻きながら申し訳なさそうな顔で喋る。

 この仕事についてから、という事はミチナガから聞いた村の子供に責められた後からなんだろうな。

 そう考えながらゴブリンが燃えるまでケジローと話をする。


「キキョウさんとは昔からの知り合いなんですか?」


「そうですね。お嬢は早くに父親を亡くしているので小さい頃から母親と二人暮らしで、その母親も仕事で忙しくて一人になる事が多かったんです。俺はお嬢と家が近いのもあってお嬢とよく遊んだり、家に呼んだりしてましたね」


 キキョウは二十二歳、ケジローは二十八歳だ、そのくらいの歳の差なら家が近所だと遊ぶ事もあるだろう、幼馴染ってやつだな。

 俺より一回りは歳上のケジローに、敬語はやめて下さいと言いながら話を続ける。


「そうですか、キキョウさんは昔はどんな感じだったんですか?」


「そうだなぁ、お嬢は小さい頃から母親の背中を追いかけて、侍になるんだって言っていつも木刀を振り回していた腕白な童だったなぁ。俺もよく相手をさせられたもんだ。喋り方も母親の真似をしてたせいか、いつのまにか古臭い喋り方をする様になってたなぁ」


 ケジローは顎に手を当てながら懐かしそうに話す。


「お嬢の母親が侍を辞めて冒険者になってからは少し時間も取れる様になったんで、俺やミョーオ、タイジュなんかはお嬢と一緒にお嬢の母親に修行をつけてもらったんだ。あの頃のお嬢が一番楽しそうだったな」


 死ぬ程キツかったけどな、そう言って苦笑いを見せるケジローは、それでも楽しそうだ。

 だが次の話でケジローの顔が曇る。


「だがな、俺達も十分に力をつけて、それで侍になる事が出来てその最初の仕事でーー」


「あ、その話はミチナガさんから聞いてます。他の皆も知っていますよ」


 ケジローはキキョウの過去を話そうとするが、それはミチナガから聞いていたし、話す方もあまり気持ちの良い話ではないと思い途中で遮る。


「そうか、だからトーマ達はお嬢が硬い態度でもあまり気にしてないんだな。それにトーマ達はヤムシロの村に見返りを求めずに助けに入ったのもそうだけど、ロトーネの奴等とは違うんだな」


 そう言ってケジローは馬車に目を向ける。


「俺が会う事のある外の人間はロトーネの奴隷商くらいだからな、それで外の人間には良いイメージが無くてトーマ達を少し警戒していたけどミチナガさんの言う様に心配無さそうだ。俺とお嬢はトーマ達が満足するまで付き合えって言われてるからよろしくな」


 そう言って笑うケジローに頷く、話をしている間にゴブリンも燃えたので、後始末をしてから御者台に戻り、荷台で待っていたレイナを呼んで再び馬車を走らせた。

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