第107話 懐かしい味
ヒズールの関所で一泊した翌朝、パンとサラダ、スープという食べ慣れた朝食を宿のお婆さんと一緒に食べ終え、その時にお婆さんから聞いた情報を元に必要な買い物をしにいく。
先ず一番必要なのは発熱の魔道具だ、お婆さんから聞いた発熱の魔道具を売っている雑貨屋さんを訪れる。
雑貨屋の中には木を削って刀を簡単に模しただけの木刀や槍を模した木槍、少し値段が高めだが柄や鍔、鞘がしっかりと拵えられた、刀身以外は本物と遜色のない竹光がある。
他にも木を彫って色々な生き物を模した木像、日本では奈良時代からの歴史を持つという竹トンボ、更には浴衣が店内に吊り下げられていたり棚に並べられていた、実際に日本で持っていた訳でも縁があった訳でもないが、俺にとっては見るだけで懐かしさを感じられる物が店内に溢れている、そしてそれらの物はリズ達にとってはとても珍しく映るようだ。
「ねぇねぇトーマ、これ、この木で作った棒が欲しい、組手で使えそうだし、え?木刀?木で作った刀って事?へぇ〜。わっ!これって竹で作られているんだ、本物の刀かと思った。あっ、これリストルで町長の家に行った時に着た服と同じだよね」
「なぁなぁ兄ちゃん、これってなんて魔物なんだ?フェンリル?これが?俺これ欲しい!それと、これは俺でも知ってるぞ、これって竜だよな!これも欲しい!」
元々ヒズールに強い興味があったリズと何事にも興味津々なテオは、ステルビアやジーヴルには無いヒズール独特の物に大はしゃぎだ。
「わかったわかった、じゃあリズは木刀、テオは竜とフェンリルの木像ね。レイナとセオは?」
「私達はここでは特に、またヒズールに行けば色々とあるでしょうし」
レイナとセオも商品を手に取っては珍しそうにしているが、特に琴線に触れる物は無いようだ、というか土産物というのは帰りに買った方が良い気がするのだが、キラキラと目を輝かせて商品を見る二人には帰りに買おうなどとは言えない雰囲気だ。
「すいません、この竜とフェンリルの木像、竹トンボを五つ、それと木刀を二本お願いします」
リズとテオが気に入った物を買い、ついでに竹トンボも買っておく、そして俺の分の木刀も購入だ。
「はいよ、それにしてもそこまで喜んでくれるなんて嬉しいね。一応土産物って事で商品を並べてるけど買いに来るのは近くの村の子供達で、他所の国の人にはあまり人気はないんだけどね。それよりもあの嬢ちゃんの佩いている刀はかなり良い物に見えるね、あれはヒズールで買ったのかい?」
店員がそう言って、テオと一緒にあれこれと商品を手に取ってはしゃいでいるリズの刀を指差す。
「あの刀は知り合いから譲り受けた物です」
「へぇ、鞘もかなり良い素材を使ってるみたいだし相当な業物だろうね」
店員がリズの刀に感心しながらも商品を包んでくれたので受け取る、だがリズ達がまだまだ店内を物色しているので、俺は二人が満足するまでそのまま店員と世間話をする事にした。
「あの、門番の人達の服装ってかなり個性的だったんですけど皆さんはああいう服装はしないんですか?」
関所を守っていた門番はまるで時代劇にでも出てきそうな服装だったが両替屋の店員や宿のお婆さん、雑貨屋の店員は皆俺達と変わらない格好だ、それが少し気になったので軽く聞いてみる。
「あぁ、あの服装は気になるかもね。あれは関所の役人や町の衛兵、それに貴族といった、ある程度身分の良い人しか着る事が出来ないんだ、後は刀鍛冶の人だね。俺達みたいなのが着れるのはせいぜい浴衣くらいのもんなんだ」
話を聞くとヒズールでは門番や町の衛兵等の公的な仕事の人や貴族の人達と、町で普通に暮らす人達では服装が分けられているようだ。そしてそういう服装が出来る職業はヒズールではとても名誉のある事で、特に国に仕え、国を守る、侍と呼ばれる職業の人は子供達の憧れらしい。
「トーマさん、これを買いに来たんじゃないんですか?」
俺が店員と世間話をしているとレイナがスイカ程の大きさの壷を持ってきた、発熱の魔道具だ。
「あっ、ごめん、忘れてた」
どうやら俺もリズ達と同じ様に店の商品を見て少し浮かれていたみたいだ、レイナから受け取って魔道具の会計を済ませ、ようやく満足したリズ達を連れて店を出る、次は食料だ。
宿のお婆さんから聞いた食材の店に行く、店には醤油と味噌が置かれていたので早速手に入れる、味噌の入った壺の蓋をあけてみると、レイナとセオが味噌の匂いに微妙な顔をする。
「トーマさん、この味噌ってかなり匂いが強いですね。こっちの醤油というものは色々と使えそうなんですが…」
「あ〜、確かに味噌の匂いはキツいかもしれないね、俺は主にスープに溶かしたりして使ってたよ。味噌はとても栄養が豊富だし、昔は味噌を食べていると病気にならないから医者殺しって呼ばれてた程の健康食なんだよ」
味噌に対するレイナとセオの反応に不安になったのでなんとか味噌の良い面を押し出す。
味噌の匂いって小さい頃から慣れていないとキツいのかもな、それに、多分日本とこの世界の味噌の原料は微妙に違うのか、俺が日本で使っていた味噌よりも匂いが強いんだよな、魔力を含んでいるからか色も少し赤みがかっているし、まぁ二人ならどうにかしてくれるだろう。
俺も一緒に作るからとなんとかレイナとセオを納得させる、店には味噌と醤油以外には取り立てて珍しい食材が無かったので、後はヒズール国内のお楽しみという事にして店を出た。
そのまま宿に戻り、お婆さんに別れを告げて宿を後にする。
「早く早く」
寒がりなリズに急かされ、発熱の魔道具を馬車内の中央に置いて魔石を入れると徐々に馬車の中が暖かくなった、これでリズも安心だな。
「じゃあ出発しようか、街道も整備されているみたいだしレイナも馬車に残ってていいからね」
関所を越えてからは街道も整備されているので雪もそれほど積もってはいないようだ、レイナの魔法が無くても大丈夫だろう、そう思っていたのだが。
「でも途中で通れない程に積もってる事もあるかもしれません、その度に馬車を停めて荷台から移動するのは面倒じゃないですか?トーマさんの側なら寒くないですし私は平気ですよ」
というレイナの提案により今まで通り御者台にはレイナと二人で座る事にした、御者台は二人で座るには少し狭いので必然的に密着する形になる。
関所に来るまではレイナは除雪の為に魔法を使っていて、俺はそれに合わせてニィルの速度を御していたのだが、関所を越えてからは特に除雪する程でもないのでニィルを好きに歩かせる、すると余裕が出てくるわけで、大きめの外套にくるまっているレイナが俺の肩に頭を預けてきた。
「えへへ、顔は少し寒いですけど外套の中は暖かいですね」
外套の中は俺の魔素操作のスキルで空気を暖かくしているのだが外套から出ている部分は暖かい空気も直ぐに風に煽られてしまうのであまり意味が無くかなり寒い、それがわかっていたのでレイナにも馬車にいてもらおうと思ったのだがレイナはとても嬉しそうだ、そんなレイナを見ると俺も嬉しくなってくる。
寒い空気と隣にいるレイナの体温を感じながら馬車はヒズールに向けて街道をゆっくりと走っていく。
関所を出てから半日、人の生活圏に入ったのと、除雪の必要が無くなって馬車の速度が上がったのもあって魔物と遭遇する数も減ってきた、昨日までが嘘の様に馬車が進む。
「トーマさん、そろそろ日も落ちて来たので今日はここまでにしませんか?ニィルも疲れていると思うし」
「そうだね、それにお腹も空いてきたしね」
レイナと相談して野営の出来そうな場所を探す、三十分程走らせると良い具合に街道の側に木があるのを見つけたのでそこで野営をする事にした。
馬車を停め、街道の側の雪をレイナの魔法で除雪してから野営の準備をする。
「じゃあ今から食事の準備をするからリズはニィルの世話をお願いね」
「う〜、トーマも一緒にしようよ」
「俺はレイナとセオと一緒に料理をしないと。側でテオに発熱の魔道具を持っててもらえば少しはマシになると思うよ」
「う〜、わかった。ヒズールがこんなに寒いとは思わなかったよ」
リズはヒズールに来る事を一番楽しみにしていたのにあまりの寒さに心が折れそうだ。
「確かに寒いけどさ、でもこの景色はステルビアじゃなかなか見る事が出来ないし、どうせなら雪も楽しもうよ」
「それはそうだけど、でもヒズールに来てからはずっと似たような景色だから飽きたよ。早く町につかないかな」
そう言って寒さに震えながら、テオを連れてニィルの世話をしにいくリズを苦笑しながら見送り、俺も土魔法で簡単な竈を準備する。
「レイナ、セオ、出来たよ」
竈の準備が出来たので二人を呼び、一緒に料理を始める。
「セオはオークの肉を細かく切って軽く焼いててもらえる?レイナは根菜の方をお願い」
二人に指示を出しながら、味噌を溶かしてスープを作っていく、出し汁が無いので少し不安だったが味噌だけで十分満足出来る味になった、それをレイナとセオにも味見させる。
「美味しいですね、なんだか体が温まる味です」
「………これは、美味しいですね」
レイナは問題ないようだけどセオの反応が微妙だな、初めての味に戸惑っているのかな?でもそれほど悪い感じではなさそうだ、二人が大丈夫そうなので細かく切った根菜を入れて弱火で煮込む。
「トーマ、ニィルの世話は終わったよ」
「兄ちゃんご飯まだ?昼もあまり食べてないからペコペコだよ」
根菜を煮込んでいるとニィルの世話を終えたリズとテオが歩いてきた、今日は馬車が思いの外進んだので距離を稼ごうと思い、昼は馬車を停めずにパンだけにしたのでテオが泣きそうだ。
「ごめん、もう少し時間がかかるからさ、これで遊んで待ってて」
そう言って二人に関所の雑貨屋で買った竹トンボを渡す。
「兄ちゃんこれどうするんだ?」
「ちょっと見てて」
不思議そうに聞いてくるテオに、両手で心棒を擦る様にして竹トンボを飛ばしてみせる。
「おおっ、凄いな兄ちゃん、よしわかった、こうかな」
言ってテオも思いきり心棒を擦ると竹トンボが勢いよく飛んでいく。
「面白いね、私も」
寒い寒いと言っていたリズも竹トンボの動きに目を輝かせている。
二人は寒さも忘れて竹トンボに夢中だ、その間にオーク肉を使った豚汁も出来た。
「お〜い、夕食出来たよ〜」
竹トンボを追い掛けている二人を呼んで馬車の中で夕食を食べる。
「なんだか今日のスープはいつもと違うね。不思議な味だけど体が温まるし美味しいね」
「俺はいつものスープも好きだけど今日のも好きだ、なんだか村の事を思い出すな。なぁなぁセオ、これって昔村で飲んだ事ないか?」
テオがそう言うとセオが少し困ったような顔で笑う。
「テオは食べ物の事はよく覚えているんだね」
俺達の視線が集まり、セオがゆっくりと話し出した。
「味噌という名前は知りませんでしたが、昔まだ村が裕福な時に食べた事があります。ヒズールは獣人界に近いので村の大人がたまに買い物をしに行く事もあったのでその時に持ち帰ったんだと思います。ロトーネも獣人界と近いのですが、ロトーネは、その、獣人が行くのには向かない国なので」
セオの話によると、テオとセオが住んでいた村では基本は自給自足で生活していたらしいが、収穫量が多い年などの村に余裕がある時は人間界まで買い物に行く事もあったようだ、そしてそういう時は獣人蔑視のあるロトーネではなくヒズールに行っていたので、その時に味噌を持ち帰っていたらしい。
そう言って村の事を話すセオの顔は少し複雑そうだ、味見をした時のセオも微妙な反応だったので村の事を思い出していたんだろう。
う〜ん、ヒズールの次は獣人界に行ってもいいかなと思っていたけどセオはまだ村の事を引き摺っているようだし獣人界に行くのはやめた方がいいかもな。
俺だって気軽に日本に行き来が出来たとしてもあまり行きたいとは思わないしな。
「セオが味噌を食べた事があるなら丁度良かった、他にも使い方があるなら教えてね」
レイナが笑顔でセオに話し掛けて、少し微妙な雰囲気になった馬車の空気を変える。
「そうだね、俺も味噌汁以外の使い方はあまりわからないし、料理の腕はセオに敵わないからね。明日からはセオの好きな様に作ってもらった方がいいね」
俺もレイナの作った流れに乗る。
「じゃあ二人が料理を作ってる間は、兄ちゃんは俺達と一緒に竹トンボしようぜ」
四杯目の豚汁を飲み干したテオが話に加わった事で完全に空気が変わる。
「竹トンボは組手が終わってからね、折角木刀を手に入れたんだし」
「え〜、明日は型だけにして組手はやめようぜ。寒い時にリズ姉ちゃんに叩かれると凄い痛いんだぞ」
リズの組手宣言にテオが顔を顰める。
「そう言えばトーマはなんで木刀を買ったの?トーマもヒズールで刀を手に入れるの?」
うぇっ、答え難い事を聞かれてしまった。
「いや、刀を手に入れても上手く扱えないしそういう事じゃないよ」
「じゃあ何で買ったんですか?」
不思議そうな顔でレイナが追求してきた、うぅ、恥ずかしいな。
「えっと、格好いいというかなんというか…」
そう答えると皆が微笑ましいものを見るような目になる。
「トーマは男の子だね」
くっ、恥ずかしい!だけど男なら刀に憧れたりするのはしょうがないと思う、うん、しょうがないんだ、でも本物の刀を持っても扱いきれないし木刀で我慢する俺は偉いと思う、うん、そう思おう。
「えっと、皆もうお腹いっぱいになった?そろそろ片付けしよう、俺も明日に備えてそろそろ寝るよ」
ヒズールに入ってからは毎日俺とレイナの二人で御者をしているので夜番はリズが固定、そこに日替りでテオとセオを加えて任せている、なので俺は明日に備えて早めに寝ないといけない、決して恥ずかしいからじゃないぞ!
「え〜、もう少し話しようよ。ねぇトーマ、今度私の刀を使ってみる?」
ニヤニヤするリズ。
「わかった、なら夜番も俺がするから明日はリズが御者をしてね」
「あっ、嘘、ごめん。片付けは私達がやるからトーマは先に寝てていいよ。だから明日も御者の方はお願いします」
リズが顔の前で両手を合わせて頭を下げる、リズは本当に寒いのが苦手なようだ。
「冗談だよ、でも明日も昼は簡単に済ませて少しでも距離を稼ぐつもりだから早めに寝るね。レイナも早めに寝ないと明日が辛いよ」
明日も昼は簡単に済ませると聞いてテオが泣きそうな顔をしたが、早めにヒズールの町につきたいしそれまでは我慢してもらおう。
俺はリズ達に夜番を任せて馬車で横になった。
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