第108話 急襲
関所を発ってから三日、俺達はひたすらヒズールの中心となる町を目指している、宿のお婆さんに聞いた情報では、ヒズールには首都と呼べる大きな都市以外には町と呼べる規模のものは無く、所々に小さな村がいくつかあるだけのようだ。
村に寄りながらヒズールの町を目指すというのも考えたが、宿のお婆さんが言うには大抵の村は街道から離れた場所にあり、元々村を訪れる人も少ないので宿も無く、更にこの時期に行っても確実に迷惑がられるという事なので、本道から離れるという事はせずに真っ直ぐヒズールの町を目指している。
ただ関所とヒズールの町の丁度中間には街道から見える所にヤムシロという村があるらしく、その村にだけは一件の宿があるというのでそこには寄ってみようかと思っている、お婆さんから聞いた情報ではそろそろヤムシロの近くに差し掛かるはずなのだが…。
そう思い、街道の左側を注意しながら馬車を走らせていたのだが見えてくるのは雪原と雪に覆われた森ばかり、更に日も暮れてきたので今日も野営かと思い始めた頃に隣にいたレイナから声がかかる。
「トーマさん、あれがお婆さんの言っていたヤムシロの村じゃないですか?」
沈む夕日に照らされ、朱に染まる雪原に目を奪われていたが、レイナの指差す所に目を向けると確かに森とは違う、建物とそれを囲む柵の様な陰が見えてきた、今日は野営をしないですむ、そう思い外套にくるまって身を寄せているレイナに声をかける。
「あれがヤムシロの村っぽいね、日が沈む前に辿り着けてよかった」
「お姉ちゃんが喜びますね」
レイナと笑顔で顔を見合わせながら村へと続く支道を見つけ、馬車の向きを変えて支道に入る、そしてどんどんと村の陰が近く、大きくなってくると支道の先、村の入り口と思われる場所に沢山の影が蠢いているのが見えた、暗くてよく見えないが何か争っているようにも見える、怒号の様な声も聞こえてきた、まだ空間把握では感知出来ない距離なので荷台のリズに声をかける、日は落ち始めて見え辛いが遠目のスキルを持つリズなら見えるはずだ。
「リズ!前方を見て」
俺の声を聞いたリズが荷台から顔を出す。
「トーマ、村が襲われてる!多分盗賊だよ」
「リズの矢で援護出来る?」
「駄目!乱戦になってて見分けがつかない」
「わかった、助けに行こう。戦う準備をしてて!着いたら指示する!殺しは無しね!飛ばすよ!」
リズとのやり取りを終えると手綱を操り馬車の速度を上げる。
「きゃっ」
「しっかり掴まってて」
改良の進んだこの世界の馬車でも速度を上げるとそれなりの揺れが出る、大きな揺れに御者台の上でバランスを崩したレイナが抱き付いてきたので抱き止め、掴まっていてと声をかけながら村に急ぐ。
そして空間把握の感知範囲に入る、村の前では六十名程の集団が争っているようだ。
「レイナ、着いたら周りの雪を集団に吹かせて!敵味方構わず!」
「はい!」
レイナの力強い返事を聞きながら馬車の速度を緩める、手綱を引いてから三十メートル程進んだ所で馬車が停まる、集団の後方は俺達に気付いているが戦闘が止む気配は無い。
「レイナ!」
声を掛けながら御者台から飛び降りる、リズ達も荷台から降りてきた、そしてレイナが直ぐに呪文を唱え魔法を発動させる。
『塵風』
レイナの魔法で街道の側に積もっていた雪が巻き上げられ、集団に吹き荒ぶ。
「なっなんだ!」「冷てぇっ!」「新手か」「なっなんだ手前ぇら!」「盗賊の仲間か!」
村人、盗賊の声が入り乱れる中を、馬車を降りて鑑定しながら近付いていく。
ラグ:28
獣人:クーシー:殺人者
魔力強度:49
スキル:[身体強化]
グーズ:36
獣人:ウェアキャット:殺人者
魔力強度:53
スキル:[身体強化]
モール:32
獣人:パーン:殺人者
魔力強度:51
スキル:[身体強化]
ホルス:28
獣人:パピルサグ:殺人者
魔力強度:47
スキル:[身体強化]
ざっと鑑定した所、殺人者の賞罰が付いているのは全て獣人のようだ。
「リズ!パッと鑑定したけど獣人は全員盗賊だと思う、リズは道から右側をお願い!一応殺さない様に無力化だけで!レイナとテオとセオは村から離れる奴がいたら逃がさないように!」
種族と賞罰にだけ気を付けて鑑定し、獣人全員に殺人等の賞罰がついているのを確認したので獣人の盗賊団と判断する、そして万が一盗賊じゃない場合の事を考え無力化だけで留める様にリズに支持を出す、俺も集団に向かって走りながら拡声の呪文で集団と村に向かって大きく声をかける。
『ヤムシロの皆さん、盗賊に襲われていると判断して勝手ながら助けに入ります!』
殺人等の賞罰が付いているのは二十名程、獣人なのでわかりやすい、革鎧を着ているのも獣人だけだ。
それを街道から左右にわけ、右をリズに任せ、左を俺が対応する。
「なんだお前、ぎゃあっ」
盗賊団は全員魔力強度が高いが村人も数を頼りになんとか食い止めている、そこに後ろから詰め寄り、振り向いた所を間髪入れずに膝の皿を踏み砕き、体勢を崩した男の首の後ろに手刀を落とす。
「おっおい!あんたっ」
「助けに来ました、倒れた男を拘束して下さい」
俺が倒した男と相対していた、村人と思われる二人の男に助けに来たと大きく声を返し、直ぐに他の犯罪歴を持つ男達の所に行く、他の場所でも数の有利を生かして盗賊達を食い止めている村人達、そこに乱入し盗賊達の足の骨を折り、鳩尾に突きを入れ、次々に無力化して相対している村人に任せていく。
「がっ」「ぐっ」「なんっ」
犯罪歴を持つ男達を次々に無力化していると、突然後ろから大きな反応が迫って来たので横に飛び跳ねる、元いた場所に大きな斧が振り下ろされ地面を抉りとった。
タイグーン:38
獣人:マガン・ガドゥンガン:殺人者
魔力強度:66
スキル:[身体強化:大]
直ぐに振り向き後ろから襲ってきた男を鑑定する、暗くてよく見えないが頭の上に大きな耳、腰の辺りからは細長い尻尾、そして筋骨隆々な体、男は虎の獣人のようだ、他の盗賊も魔力強度40を越えているが目の前の男は魔力強度が一際高い、武器も鎧もかなり立派そうだ。
「手前ぇ、いきなり襲撃してきやがって何者だ!」
男は大きな斧を肩に担ぎ上げて俺を見下ろしてくる、その間にも村人と盗賊の争いは続いているので男の誰何を無視して懐に飛び込む。
「ちっ、このっ」
男は右の肩に担いでいた斧を力任せに振り下ろしてくる、だが刃も大きく重量もありそうな斧は一度振り上げるので攻撃の軌道が単純で読みやすい、俺は慌てず左側に避けながら懐に入り込み鳩尾に拳を突き入れる。
「ぐっ、この野郎!」
思いきり突いた俺の突きに男は苦しそうな顔をして一瞬動きを止めるが、直ぐに振り下ろした斧を薙いでくる。
「マジかっ」
俺は男の横薙ぎを後ろに飛び退いて躱す。
突きにはかなりの手応えがあったが男は平気そうだ、テオとセオ以外の獣人と戦うのは初めてだがかなりタフだな、それに同程度の魔力強度の人間の冒険者と比べても動きも速いし力も強そうだ。
「見た感じ見廻りの奴等でも無さそうだが、いきなり邪魔しやがってなんなんだ手前ぇは」
男は突かれた鳩尾辺りを擦りながら唾を吐き捨てる。
「ちっ、おい手前ぇら!気合い入れろ!」
元々村人の数が多かった所に俺達が乱入したので村人有利の状況になっている、それを見て男が大声で周りの盗賊達を鼓舞する、やはりこの男がリーダーのようだ、俺は再び男に向かって駆ける。
「うらっ!」
突っ込んでくる俺に、男が左足で地面の雪を蹴り上げる。
「おっと」
男が蹴りあげた雪の飛沫が目の前に飛んでくる、俺は動きを止めて右手で払う。
「死ねっ!」
そこに男が斧を振り下ろしてくるがやはり単純な軌道だ、それを右にズレるように躱し、斧を持つ男の右手の指を思いきり殴り付ける。
「ぎっ!この野郎!」
指の骨を砕いた感触と共に男が斧から手を離すが、直ぐに左の拳で殴りかかってきた、その拳を躱しながら懐に入り込み、男の右足を左手で抱え引き付け、勢いそのままに右手を男の胸に添えて押し倒す、柔道の朽ち木倒しの形だ。
「ぐあっ」
男は受け身も取れずに後頭部を打ち付けたようだ、俺はそのまま馬乗りになり、男の太い首を両手で掴み魔力解体を使う。
「こ…の…」
男は俺を捕まえようと左手を伸ばしてくるが魔力の流れを断ち切られ遂には気絶した、その様子を見ていた他の盗賊達が怯えた声を出す。
「おっ!お頭!」「殺りやがった」「お頭が死んだ!」
気絶させただけなのに殺したと思ったようだ、確かにこの体勢だと首を絞めて殺した様に見えるな。
男から手を離して立ち上がる、リーダーを倒され意気消沈した盗賊達を村人が追い詰める。
「トーマ、向こうは終わったよ」
右側に行っていたリズも戻ってきた、盗賊の残りは二人、俺達の方を気にしながら村人と牽制しあっている。
「こっちはリーダーを倒したよ。残っているのはあと二人、リズはあの男をお願い」
残った盗賊の片方をリズに任せ、もう一人の盗賊に突っ込む。
「ひっ、くっ来るな」
向かってくる俺に怯えながら片手剣を振り回す男の右手を掴み、一本背負いで地面に叩き付け、そのまま魔力解体で魔力の流れを断ち切り気絶させる、リズの方も終わったようだ。
「ふぅ」
体についた雪を払いながら立ち上がり周りを見回す、村人達は俺やリズに骨を折られ呻いている盗賊達を縛り上げている、怪我人は多いが死人は出ていないようだ。
村人達は盗賊達を縛り上げながらチラチラと俺とリズを見てくる、その視線には少しの怯えと、一体何者なんだという感情が見て取れたので、俺達の事を説明しようとした所で空間把握にかなり大きな反応が出た、その反応は物凄い勢いで近づいてくる。
「リズ!何かくる!」
突然現れた反応はかなり速い、そして真っ直ぐリズに近付いていく。
「リズ、気を付けろ!」
言いながらリズの元に駆け寄るがそれより速く小さい人影がリズに襲いかかる。
見えたのは一瞬、少し小さめの人影がリズに武器の様な物を振り下ろす、それをリズが一度は受け止めるが人影は流れる様な動きで打ち合った武器を滑らせリズの胴を薙いだ。
「あ…、ト…」
苦しそうな声を上げながら崩れ落ちるリズを見て頭が真っ白になる。
『活性化』
直ぐに活性化を使い、全ての能力を上げ更に呪文を唱える。
『【電光石火】』
活性化の状態でのみ使える、疾風迅雷より一段上の電光石火を唱える、今の俺の全力だ、この力でリズを斬った目の前の小さな人影を倒す、頭の中が真っ白になっていた俺はそれだけを考え全力で飛び掛かる。
『豪腕』『豪腕』『豪脚』
身体を活性化させ、電光石火を使い、更に豪腕豪脚を重ねる、だが小さな陰は流れる様な動きで全てを躱す。
「ちっ」
豪脚を躱され片足立ちになって攻撃が途切れた瞬間に悪寒が走る、頭で考えるより先に体が動き、その場を飛び退く、その目の前を鋭い一閃が振り下ろされた、が何とか躱せた。
『拍車』
武器を振り下ろした今なら、そう思い拍車で勢いをつけて飛び込み拳を突き出そうとした瞬間に脇腹に激痛が走る。
「がっ」
何が?そう思う間も無く首の後ろに衝撃を感じ、そのまま体から力が抜けて倒れ込んでしまう。
「リ…ズ、レイ…ナ、テオ…セオ…」
俺は暗くなる視界の中、皆の名前を呟きながら意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます