第89話 ドゥニエル家公女リーヴァ・ドゥニエル

レイナとセオが料理をしている側で昨夜と同じ様に俺も簡単にオークの肉を焼いていく、昨日と同じだが手の込んだ料理よりはその方がミリエメも気楽だろう。


ダリの分も焼き、不本意ながらセッタの分も作る、まずは近くのダリ達に持っていく。


馬車に転がされたままボケッとしているダリに声をかけ、寝ていたセッタを起こすと馬車から降ろして縄をほどいてから土魔法で簡単な台を作り料理を置く。


ダリはまたしても戸惑っているがセッタは食事を貰えるのが当たり前と思っているのか何も言わずに食べ始めた、そんなセッタの足を土魔法で拘束する。


「おっ、おい、なんだよこれ」


「俺の食事が済めば外してやるから待ってろ」


昨夜のパンはテオが食べさせたようだが俺はセッタの側にいたくないので逃げないように足を拘束し、セッタに冷たくいい放つ、そしてダリに冷めない内に食べてと声をかけてミリエメの分を取りに行く、後ろでダリは拘束しないのかよとセッタが喚いているが無視だ、大丈夫だとは思うが確認したい事もあるしな。


ドゥニエル家の馬車に行くとミリエメが馬車の外で型をしていた、俺は簡単な椅子とテーブルを作りながら声をかける。


「寝てないんだから程々にしたほうがいいよ、それと食べたらマジックポーションを飲んでね」


ポーション類は回復力を高めるだけでそれほど即効性が有るわけではない、ミリエメの魔力は半分を切っているので今の内に飲まないと出発する時には魔力が心許ないという事になるからな。


「何から何まで感謝する、トーマ殿の手料理、有り難く戴こう」


「手料理って言ってもただ焼いただけだよ。レイナとセオの料理は俺の何倍も美味しいからさ、ミリエメは今度会った時に確かめてね」


それは楽しみだ、ミリエメはそう言って爽やかに笑う、間抜けだったり格好よかったり色っぽかったりとコロコロ印象が変わる人だな。


今は強くなる実感があるし昨夜の悩みも吹っ切れたのだろう、汗だくになりながらもとてもいい笑顔を見せるミリエメに、身体操作を覚えた頃の俺もそうだったなぁと思いながら少し注意をする。


「それと成長してる実感があるから楽しいのもわかるし熱心なのはいいけどね、型もやりすぎるとあまり良くないよ。自分の体調がリーヴァの安全に直結するって事は忘れないでね」


「あぁ、町まで半日、それに強い魔物もいないとはいえ油断はせずに全身全霊で守ってみせる」


台詞の内容は堅いが気負いは無いようなので大丈夫だろう、また後で荷物を持ってくると言って俺も朝食を食べに皆の元に戻る。





「ありがとうトーマ」


食卓に戻るとすぐにリーヴァにお礼を言われた、ミリエメの事だろうな、俺は気にしないでと返して料理を食べる。


今日は簡単なスープ、そしてオークの肉、それとじゃがいもを磨り潰した物とチーズを一緒に、小麦粉で作った皮で包んで揚げた餃子擬きだ、レイナが餃子の作り方からヒントを得て、セオがじゃがいもとチーズの相性がいいと聞いて二人で考えた一口サイズの料理でリーヴァにもかなり好評だ。


ちなみにじゃがいもなどの食材はすべて日本の物に似ているようで微妙に見た目が違うが味も似ているので俺はそう認識している。


「二人の料理は本当に美味しいね、昨日も食べたかったなぁ」


「兄ちゃんさっきまでミリエメさんと修行してたんだろ?ズルいぞ」


料理があまりにも美味しかったのだろう、リーヴァが昨日の夕食にレイナとセオの料理が食べられなかった事に再び文句を言ってきた。


しかもテオと肩を組んでだ、テオは夜中に仲間外れにされたと文句を言っているが起きないテオが悪い。


それにしてもリーヴァは人と仲良くなるのが早いな、魔眼で感情が読めるというのもあるだろうがそれ以上に性格もあるだろうな、そう思っているとドゥニエル家の馬車に変化があった、レオンが目を覚ましたのだ。


それを伝えるとリーヴァの顔が暗くなる、そして言いにくそうに口を開いた。


「皆には今の内に謝っておくね、兄と話すのは多分不快な思いをすると思う、私がいるからそれほど酷い事にはならないとおもうけどそれでもね。それとテオちゃんとセオちゃんは馬車には近付かないほうがいいかな」


申し訳なさそうな、少し困った顔で笑うリーヴァ、まぁわかっていた事だし起きたのならしょうがない、リーヴァ達に荷物を返すついでに少し話くらいはした方がいいだろうな。


少しスープは残っていたが食事は終わっていたので片付けをテオとセオに任せ、まずは自分達の馬車に荷物を取りに向かう、途中セッタの土魔法での拘束を解いて再びロープで縛り、ダリもロープで縛ると二人には馬車に乗ってもらう、そして盗賊のアジトから持ってきた戦利品を持ってドゥニエル家の馬車に行く。


「己一人だけ生き延びるなど貴様は恥ずかしくないのか!大方盗賊どもに女の武器でも使ったのであろう、ドゥニエル家の恥さらしが!」


するとレオンがミリエメに罵声を浴びせている所だった。


レイナの治癒魔法を受けたとはいえ丸一日寝込む程の重傷、それに加え何も食べていないはずなのに元気だな、馬車の中からミリエメを怒鳴りつける男を見ながらそう思う。


ドゥニエル家の馬車は俺達の箱型の、ただ四角く広いだけの荷台とは違いちゃんと部屋の様な造りで内装が施されベンチ式の椅子がある、自らはそこに腰掛け、ミリエメを馬車の側に跪かせて怒鳴っている男が俺達に気付いた。


「なんだ貴様ら?」


俺達を睨み付けながら誰何するレオン、この男は今の自分の状況をどう思っているんだろうか?盗賊に捕まり、殺されかけ、そして目を覚ましてすぐにこうも高圧的な態度が出来る、俺が目の前のレオンの態度を全然理解出来なくて不思議に思っているとリーヴァが口を開く。


「お兄様、この方たちが私達を助けてくれた方たちですわ」


「おぉ、ミリエメから聞いていたが無事だったかリーヴァ。役立たずの騎士を連れてきてすまなかった。リーヴァの言うように一度ロトーネに戻って今度は立派な騎士を連れて来るべきだな」


リーヴァに声をかけられて嬉しそうな顔をするレオン、そして俺達に目を向ける、その目は明らかに俺達を見下している目だ。


「ふん、ミリエメも言っていたな。銀上級の冒険者だったか?まぁその若さで銀上級ならそれなりに使えそうだな、ロトーネまでの護衛に励めば報酬は弾んでやろう」


そう言って再びミリエメに目を向けるレオン、既にレオンの中では俺達が護衛をする事が決まっているようだ、冗談では無いのですぐに断る。


「いえ、俺達はラザに向かうので護衛はしません。盗賊に奪われた荷物、その中にドゥニエル家の荷物があるので返しにきただけです」


レオンは再びミリエメを罵倒しようとするが俺が断ると不思議そうな顔で振り向く。


「なに?護衛はしないと言うのか?それに荷物を返すとはどういう意味だ?もともと私達の物なのであろう?」


荷物は自分達の物だとレオンは本気で言っている、コイツは常識が無いのだろうか?それでもリーヴァの兄でありミリエメの仕える家の跡取りなので我慢して穏便に話す。


「護衛はしません。それと盗賊を返り討ちにし、荷物を取り返したのは俺達です。一度盗賊が奪った物は倒した者に所有権があるので今の所有者は貴方ではなく俺達になりますね、常識だと思うんですが知らなかったんですか?」


少し皮肉っぽくなったかな?だがこれくらいは許容範囲だよな、町の外で死んだ人の荷物や盗賊に奪われた荷物は基本見つけた人の物だ、そのくらいレオンが知らないはずがないと思うのだが。


「そんな事は知っている、だが元々はドゥニエル家の物と知っていてなお自分の物と言い張るつもりか?」


「えぇ、常識ですから。おかしいですか?それともドゥニエル家には常識が無いんですか?でもリーヴァさんはとても常識的でしたけど、あぁ、貴方に常識が無いんですね」


俺の言っている事はおかしいか?いや、明らかにレオンの言い分の方がおかしいだろう。


だが俺も言ってる事はおかしくなくても態度がおかしいな、どうやらミリエメが跪いて罵倒されているのを見て少し頭に来ているみたいだ、さっきから態度が挑発的になっているな。


そんな俺に気付いたのかリズが止め、リーヴァがレオンに話す。


『トーマ少し落ち着いて、それにそんなに怒るならミリエメさんはもう友達でいいんじゃないの?本当に私達の事になると頑固なんだから、でもリーヴァから話を聞いてセオはとても嬉しそうだったよ』


さすがリズ、俺が頭にきている原因にまで気付いてたのか、でも今はセオの事を言う必要は…、ってそれは俺を落ち着かせる為か。


俺がリズに落ち着かせてもらっている横で顔を真っ赤にし、今にも怒鳴り散らしそうな顔のレオンをリーヴァが宥める。


「お兄様、トーマ様の言う事は間違いではありません。そして本来私達が相応のお金で買い取るべき荷物をトーマ様は無償で返しにきたのです」


リーヴァの言葉に少し落ち着きを取り戻したのか怒鳴るような事は無かったが俺を睨み付けながら口を開くレオン。


「無償で返しに来たと言うのなら何故最初から素直に返さん?」


ミリエメを罵倒するお前の態度が気に入らないからだよ、などとは言わずに我慢する、レオンもリーヴァと話すと少し落ち着くようだ、リーヴァが大事にされているというのは本当のようだな。


「返すつもりはありましたよ、貴方が状況を理解していなかったので説明しただけです」


すると今度は本当に不思議そうに首を傾げるレオン。


「貴様こそ状況を理解していないのではないか?今貴様の目の前にいるのはロトーネの子爵ドゥニエル家の跡取りレオンドゥニエルだ、普通は金級でもない冒険者では滅多に喋る事も出来ない存在だぞ?」


へぇ〜、それは凄い。などと感心している場合では無いな、話が全く噛み合わず、もう相手をするのも嫌になったので用件を伝えて早めに切り上げよう。


「すいませんが俺達にも目的地があり、そこはロトーネとは反対側なので護衛は出来ません。ドゥニエル家の荷物は全て無償で返します、俺達はその後でここを発ちます。貴方はまだ体調が万全ではないようなのでリーヴァさんとミリエメさんに荷物を確認してもらいます。では失礼します」


素早く告げて頭を下げると馬車から少し離れる。


「え〜っと、ミリエメさん、荷物の確認をお願いします」


リーヴァはまだ腑に落ちないといった感じのレオンに色々と話をしているのでミリエメに荷物の確認をお願いする、既に立ち上がって馬車の側に控えていたミリエメにリーヴァが何か耳打ちをする、そしてミリエメが歩いてきた。


レオンの態度に頭にきて挑発的になったがあのまま険悪になっていたらリズ達にも、そしてリーヴァやミリエメにも迷惑をかけていたな、ミリエメに荷物の確認をしてもらいながら先程の自分の行動を反省する、レオンの態度や言い分は酷かったが俺もリーヴァから不快に思うと聞いていたはずなのにな。


好き勝手にやると決めたが仲間に迷惑をかけるのは駄目だしもっとよく考えないとな、相変わらずの自分の沸点の低さに反省しているとミリエメが荷物から目を離して俺に向き直り頭を下げた。


「すまない、だが有り難う」


「いや、俺もあのままレオンと話をするのが嫌だったから早めに切り上げただけだよ、それにミリエメが気にする事じゃないよ」


ミリエメの感謝の言葉を、俺がレオンの態度をなんとか我慢?して早めに話を切り上げた事に対しての感謝だと思っていると、リズが横から口を挟んだ。


「違うよ、ミリエメさんが言ってるのは自分の為に怒ってくれてありがとうって事だよ」


え?あ、ミリエメが罵倒されているのを見た時の俺の感情をリーヴァが魔眼で見て、さっきの耳打ちでミリエメに教えたのか、というかリズはなんでミリエメの言いたい事がわかったんだ?実はリズも魔眼持ちなのか?


俺が半ば本気でリズ魔眼説を考えていると今度はレイナが話す。


「トーマさんは親しい人が馬鹿にされたりするとすぐに怒りますよね」


親しい、そう言われてリズ魔眼説を頭から追い出しミリエメの事を考えてみる、最初は嫌いだった、だけどミリエメが怒鳴られているのを見て無意識に怒りが沸いたんだよな、嫌な思いをしているなら助けたいと思うほどにはミリエメの事を気にしてるのかもな、でもまだ友達にはなれないな、ミリエメの目標の為にも。


「ミリエメは友達候補だから」


「頑固だね」


リズが何か呟いた気がしたが俺は気にせずミリエメと荷物を確認していく。


荷物の確認も終わり、背負い袋も元々は盗賊のアジトから持ってきた物で俺達には必要ない、なのでそれに荷物を入れてミリエメに渡す、そしてその中から鍋だけを持って俺達の食卓までミリエメについてきてもらう。


「はい、本当はあげたくないけど、あんなのでもいざと言う時の戦力になると思うからさ。でもレオンにあげるのは俺達と別れてからにしてね」


そう言って余っていたスープをミリエメ達の鍋に入れて渡す。


レオンは理解し合えない人間だと思ったが魔力強度は38だし風魔法のスキルもあるので何かあれば戦えた方がいいだろう、ミリエメと同じ様に魔力の流れはお粗末だがいないよりはマシだと思うしな。


あんなのと言った事に苦笑いを浮かべたミリエメだがお礼を言って戻っていった。


そして俺達も出発の準備をする、その時に皆に相談をする。


「あのさ、捕まえているダリの事なんだけどさ、逃がしてもいいかな?」


そう言って俺がダリと行動して聞いた事や感じた事を話していく、ダリの身の上や俺の言う事を素直に聞いてくれた事だ。


そして最後にダリを拘束せず、セッタを足だけ拘束して放置しても逃げなかった事、セッタの拘束は素手で壊す事は出来ないが何か道具があれば壊せる程度にしていたので、セッタに一緒に逃げようだとか馬車から道具を持ってきて拘束を壊してくれだとか色々と言われたはずだとは思うが空間把握には全く逃げようとする素振りは無かった事を話し、俺達の実力を知っているので逃げなかった可能性が高いが俺はダリはもう他人に迷惑をかけないんじゃないかと直感で感じたと話す。


「私はいいと思います」


俺の話が終わるとセオが最初に口を開いた、アジトに行く時に一緒に行動したセオも好んで人に迷惑をかける人間ではないと思ったようだ、いつもはあまり意見を言わないセオが言った事で後は簡単に決まった、リズ達も俺が昨日ダリに夕食をあげた時点でそうなるだろうと予想していたようだ。


そして準備を終えると、俺とリズは最後にリーヴァとミリエメに挨拶をしにいく、まずは馬車の外で色々と準備をしているミリエメだ。


「ミリエメ、俺達はもう行くよ。ミリエメ達も気を付けて、今度会う時は一緒に戦えるといいね」


その言葉にミリエメは嬉しそうに笑う。


「オークの解体は任せてくれ」


ふふ、あの生真面目なミリエメも冗談を言えるようになったんだな、…冗談だよな?


友達同士で軽く言い合うような類の冗談もミリエメが言うと判断に困るな。


俺がミリエメの発言に本気か冗談か判断がつかず迷っているとリーヴァも馬車から降りてきた、レオンはまだ馬車から降りる程には回復していないのだろう、好都合だ。


「トーマ様、リズ様、今回の件にドゥニエル家を代表してお礼を言わせて下さい。それと、トーマ様達が何かお困りの事がありましたらドゥニエル家公女であるリーヴァ・ドゥニエルが手を貸す事をお約束します」


そう言って右手を差し出すリーヴァ、レオンが目を覚ましたから貴族用の口調に直したのかな?でも馬車の中には聞こえないと思うんだけどな、それにリーヴァの顔は生意気でふてぶてしいリーヴァ本来の顔だ、まぁいいか、そう思い右手を握る。


『トーマ達はラザを拠点にする予定なんだよね?友達のリーヴァとしていつか絶対に会いに行くからね』


「うおっ」


リーヴァの手から言葉を乗せた魔力が伝わってきてビックリしてしまい思わず手を離す、それを見てニヤニヤとしているリズとリーヴァ、どうやらリズから教えてもらって魔力会話を使えるようになっていたみたいだ、そう言えばリーヴァは魔力操作のスキルを持っていたな、リーヴァが再び右手を差し出してきたのでもう一度手を握る。


『ふふ、ビックリした?トーマが私達の馬車を取りに行って帰ってきた時にリズと手を握ったでしょ?あの時魔力の流れが変だったからリズに聞いたんだ』


確かに、リーヴァはあの時に俺とリズが握っていた手を凝視してたな、リーヴァの魔眼は感情も見えるし魔力の流れも見えるのか。


『ビックリしたよ、リーヴァのその魔眼って魔力の流れも見えるんだね。よかったらそれでミリエメの修行に付き合ってあげてね。魔力の流れが悪い所を指摘するだけでいいから』


『わかった、ミリエメの魔力をトーマやリズのような綺麗な魔力の流れになるように指摘するよ、もちろん感情の色もね』


それからミリエメを交えて四人で少し話をして、そしてまた会う事を約束して別れた。


リストルのギルドで絡まれた事を切っ掛けに結構な寄り道になったがリーヴァとミリエメと出会えたのは良かったな、おれ自身の考えも少しは成長しただろう、多分。


そして俺達は今度こそラザに向けて出発した。

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