第87話 リーヴァの魔眼

リーヴァとミリエメが言い争いをしている間にリーヴァの分のお茶を入れておく、夜中に子爵の娘が素性の知らない冒険者と二人きりなんて許せないだろうがミリエメではリーヴァを止められない気がする、案の定言いくるめられたのかリーヴァが一人でやってきた。


「こんばんは、綺麗な星空ですね」


「そうですね、それよりミリエメさんはいいんですか?」


丁寧に挨拶をするリーヴァ、白いドレスは所々汚れているがそれを全く感じさせない優雅な所作で先程ミリエメが座っていた場所に腰掛ける。


「これもトーマ様の土魔法ですか?」


土魔法で盛り上げて作った簡易な椅子を触りながら話すリーヴァに頷く、それより後ろでミリエメが…、あっ、諦めて馬車に戻った。


ミリエメは仕方ない、やれやれという感じだった、ミリエメは普段からリーヴァに苦労させられてそうだな。


それにしてもリーヴァの喋りはやっぱり嘘臭い、というか演技をしているような喋り方だな、表情も微笑を崩さず上品で育ちが良いんだなと思えるけど仮面を被っている様な…。


リーヴァは俺から受け取ったお茶を一口飲む、森人のお茶ではなく普通のお茶だ。


「ふふ、少し寒いですがこんな風に外で星を見ながら飲むお茶も美味しいですわね」


いや、貴女さっきから星なんて見ずにずっと俺の事を見てますよね、などとは言わない。


「そうですね」


取り合えず頷いて、俺もお茶を飲んで体を温める。なかなか話を切り出さないリーヴァとあまり貴族とは関わりたくない俺なので会話が弾むわけもなく、焚き火の弾ける音と虫の声、そしてときたま聞こえる獣の遠吠えだけが辺りに響く。


「まずはありがとうございました、あのままではお兄様は死に、私もミリエメも盗賊に辱しめられるか奴隷として売られていたでしょう」


暫く無言でお茶を飲んでいたが、静かに口を開き助けられた事にお礼を言うリーヴァ、だけどレオンが蹴られている隣でロープを外そうともがいていたミリエメと違い、リーヴァは大人しかったんだよな、まるでそれがなんでもない事のように。


助けられた時もただずっと俺を見ていた、瀕死のレオンに一瞥もせずに。


「えっと、そうですね、はい、助けたのは偶然ですけどね」


曖昧な絵顔を返す、こういう空気苦手なんだよな、やっぱりミリエメに型を教えておけば良かった、ミリエメ戻って来ないかなぁ。


「一つ聞いてもよろしいですか?」


会話が無いのでお茶の消費が早く、次を入れようと立ち上がった所で声をかけられた、この空気が少しでも変わるならと思い頷く。


「トーマ様はどういう方なんですか?」


また出たよどういう方なんですか、この質問はロトーネで流行ってるのか?いや、リーヴァ達がロトーネの貴族と聞いた訳じゃ無いけどさ、ミリエメも初めて国を出たと言っていたし、ジーヴルで城に行った時はドゥニエル家なんて聞いたことなかったし、ここはステルビアなので、初めて国を出たってミリエメの発言からほぼロトーネで合ってるはず、と推理をするのはここまでにして、俺は夕方ミリエメに答えた事を再度答える。


「ただの銀上級冒険者ですよ、それよりお茶の御代わり要りますか?」


「ぷっ、ふふっ、ただの銀上級冒険者って」


俺の言葉を聞いて突然笑いだすリーヴァ、そして演技っぽさが抜けて態度が豹変する、上品でおしとやか、そう思える雰囲気を出していた表情もなんだかふてぶてしくて、生意気になっているような。


「はぁ〜、貴方達がただの銀上級冒険者の訳ないじゃない、それに私達が貴族ってわかってるんでしょ?なのに媚もせず顔色も伺わず、そして貴方はまるで私達を邪魔者みたいに扱うし、そんな冒険者なんて見た事無いわよ」


演技っぽいとは思ったがこれが素なのか?でもさっきより断然シックリくる、というか変わりすぎだろう。


「リーヴァ、さん?」


「あぁ、そういうのいいから。貴方は、トーマは貴族なんて面倒な相手ってわかってるんでしょ?だから私の事はただのリーヴァでいいわよ、その方が話しやすいし」


いいわよって言われても、戸惑う俺にリーヴァが畳み掛ける。


「なに?トーマも案外普通なのね、このくらいで驚いてちゃ冒険者失格じゃないの?」


自分では普通だと思うが人に普通だと言われるとムッとするな、いや、まだ俺は自分を特別だと思ってるのか?いやいや、今はそうじゃないだろ、取り合えずリーヴァの用件を聞こう。


「じゃあリーヴァで、リーヴァは何の用で来たの?」


新しく入れたお茶を渡しながら聞いてみる、リーヴァはふ〜ふ〜とお茶を冷ましながら一口飲んで答える、生意気な顔でふ〜ふ〜してる姿は可愛いな。


「だって昼からずっとトーマに話し掛けてって合図出してるのに無視するからさ、だからこうするしかないじゃない。これで寝不足になって肌が荒れたらトーマのせいだからね」


この世界でも睡眠は肌に大事って認識があるんだな、それより俺の事をずっと見てたのが話し掛けてって合図だったのか、わかる訳ないな。


「いや、見られてるとは思ったけどさ、言ってくれないとわからないからね。それと肌が荒れても俺のせいじゃないから」


「ふふっ、それは冗談よ。それにもう肌荒れなんて気にする必要も無いから」


そう言ったリーヴァの顔を見て心が疼く、何かを諦めたような顔だ、だがリーヴァは直ぐに表情を変えて話し掛けてきた。


「ねぇねぇ、トーマ達って私の知ってる冒険者とは全然違うの。リズさんやレイナちゃん、テオちゃんもセオちゃんも私と普通に喋ってくれるし、私の知ってる人達とは全然違う、そして、トーマはそんな皆にとても信頼されている、だからね、トーマがどんな人か気になるの。トーマはどんな人なの?」


生意気な、そして楽しそうな表情でリーヴァが聞いてくる、信頼、リストルでもオズウェンが言ってたな。


「私はね、人の感情が見えるの。魔眼って知ってる?それで人の魔力を色で見る事が出来るんだ、その時の色でその人の感情がわかるの。その魔眼で見てね、リズさん達は本当にお互いが大好きで、そして信頼しあってるのがわかるの」


俺達の関係をどこか羨ましそうに、そして嬉しそうに話し、お茶を飲むリーヴァ。


そうか、リーヴァの魔眼は人の感情が見えるのか、俺の魔素操作はフェリックの看破も欺いたのでリーヴァの魔眼が鑑定系でも大丈夫かなと思っていたが万が一という不安はあった、でもこれで一安心だな。


そしてミリエメが語ったリーヴァがドゥニエル家でとても大事にされていると言った理由がわかった、貴族はお互いに隠し事や騙し合いが多いはずだ、だが感情が見えるなら話し合いや交渉は有利に進むだろう、なら何故だ?そんな貴重な能力ならこんな所を旅する理由がわからない、それも跡取りである長男と一緒に。


俺が魔眼の効力を聞いて安心しているとリーヴァが得意気な顔で俺を指差す。


「ほら、魔眼って聞いても全然驚かない。ねぇねぇ、トーマはどんな人なの?」


そりゃ最初に鑑定で魔眼を見た時は驚いたよ、ただ今はもう魔眼の事は知ってたからな、でもそうか、こういう時は演技でも驚いたフリをしないと駄目だな、あ、でもリーヴァは魔眼があるから演技は通じないか、まぁいいや、どんな人、か。


「どんな人って言われてもね、本当にただの、普通の、ごく普通の銀上級冒険者だよ、でも少し世間知らずかな。それより魔眼の事を話しても良かったの?俺達とは今日会ったばかりだよ?」


さっきリーヴァに普通って言われたので普通を強調して答える、でも自分の事を的確に相手に伝えるのって本当に難しいな、特に俺は隠し事が沢山あるしな。


「嘘だね、今トーマの魔力が隠し事をしている色になってる。でも、半分は本当みたいね。銀上級で世間知らず、だけど人には言えない事があるんだね。それと、私は人の感情が見えるって言ったでしょ?トーマ達は安全、ロトーネにいる、貴族を内心では毛嫌いしながら媚を売る冒険者とは大違い、だから魔眼の事を言っても大丈夫。でしょ?」


まぁ、特に言い触らしたりもしないしリーヴァを拐ってドゥニエル家に何か要求をする事はないけどね。


リーヴァの魔眼は心は読めないが結構細かい感情の変化が見えるみたいだな。でもリーヴァは俺の隠し事を聞く気はないようだ。


「トーマ達がもし金上級だったらって思ってたんだけど、そっか、本当に銀上級なのか」


なんだろう、金上級に用があるのかな?そう疑問に思うと魔力の色に出たのかリーヴァが答えてくれた、あまり深く関わる気はなかったがリーヴァにはテオとセオの事を話す時も蔑みの色は全く無かった、だからつい止めるのも忘れて聞き入ってしまった、というより今のリーヴァと話すのは、結構楽しい。


「私はね、ロトーネの子爵の娘でこれまで沢山の感情を魔眼で見てきたの。それで小さい時は父を助けたりもした。でも成長するにつれてね、どんどん人の感情を見るのが嫌になったの。裏切り、嫉妬、憎悪、蔑み、色々な負の感情を見てきた、それで人の感情を見るのが嫌になったの」


…楽しいと思った側から重い話が来たな。


確かに、負の感情ばかり見せられたらそうなるのも分かる気がする、俺も直接見る事は無かったが負の感情をずっとぶつけられてきたからな。この世界に来なかったら誰も信じず誰とも深く関わらずに生きていたと思う。


「だけど小さい頃から交渉の場に父と一緒に出ていた私の名前はロトーネで知らない人がいない程に有名になってたんだ。私が人の感情を見る事をやめてから家は少し苦しい立場になったけど、それでも名前の知られてる私には使い道がある、だから私は顔も知らない冒険者を婿に迎える為にステルビアに来たんだ」


冒険者を婿に?普通はこういうのって貴族同士の婚姻じゃないのか?


「不思議?ロトーネでは別に珍しくないのよ?冒険者は粗暴で野蛮って思われてるけど金級にまで上がると敬われるのよ、金下級は望めば男爵、金上級は子爵、白銀級なら伯爵になる事も出来るもの」


確かクリスもジーヴルでは金上級は子爵相当の扱いとか言ってな、ジーヴルとロトーネは似ているのかもな。


「それで、最近ステルビアにとても有望な金上級冒険者が現れたって噂を聞いて、その冒険者は近い内に白銀級になる程に凄い冒険者みたいで、だからその人を婿に迎えるんだって父が決めてね、子爵位のドゥニエル家が伯爵位の婿を探すより金上級、それも将来白銀級になる冒険者の方が簡単だからって。私はその人の性格を見極める為、それと気に入られるようにって事で直接会いに行く事になったの」


「その人の噂だけで?断られたらって考えないの?」


噂だけで会いに行くっていくらなんでも…、ドゥニエル家はそこまで切羽詰まってるのか?


「本当はミリエメ達だけでその冒険者に会いに行ってロトーネに呼ぶ予定だったんだ、だけど私が頼み込んで、連れていかないなら絶対に結婚しないって言ってね。父と兄は貴族同士の交渉の場に絶対出ないって言った時の私の強情さを知ってるから、それで父も兄も折れて、私は魔眼があるから相手の感情を読んで気に入られる事も出来るだろうし、兄も同行するならってね。それに父も兄も相手に断られるなんて思ってないみたいだよ、ロトーネの貴族であるドゥニエル家との婚姻を断る冒険者なんているはずがないってね」


はぁ、クリスがロトーネの貴族は考えも力も他とは違うと言っていたが凄いな、レオン頼むから明日の出発まで目を覚ますなよ、そう思いレオンの寝ている馬車に目を向けるとそれに気付いたリーヴァが笑う。


「ふふ、兄が気になる?トーマ達はテオちゃんとセオちゃんを大事にしてるからね。それにミリエメがセオちゃんを見た時の反応、その後からトーマが私達に向ける感情が邪魔者を見る様な感じになったよね、トーマの思ってる通り兄とは合わないと思うよ」


やっぱりそうだよな、でもそうなるとなんでリーヴァは?そう思うと答えてくれる、その魔眼便利だな。


「私?私は感情が見えるからね、一番醜いのは人間、それもロトーネの人間だって知ってるんだ。でも昔はそれほど酷く無かったんだけどなぁ。父も兄も優しくて、家に冒険者達も呼んで楽しく話してたんだよ。トーマは白銀級冒険者の魔術師シャローラ知ってる?彼女も家に来た事があるのよ、私のこの喋り方もシャローラの真似なんだ。でも今は周りが直せって煩いから人前では出さないけどね」


「へぇ、魔術師シャローラか。でもロトーネにいる白銀級って確か獣人の人と影が無い人でしょ?」


最近フェリックに会ったばかりだから白銀級という言葉につい反応してしまう。


「ウォルフにライザね、確かにその二人は今もロトーネにいるけど私は関わりたくないかな。シャローラはあちこちを転々としてるみたいだけど昔、一月くらいドゥニエル家に滞在してたんだよ」


知っているけど関わりたくないと、それに話を直ぐにシャローラの事に変えたから話すのも嫌みたいだな、ウォルフやライザを婿に迎えようと思わないのか聞きたかったけどやめよう。


「じゃあさ、話は変わるけどなんでリーヴァは旅に同行しようと思ったの?その冒険者をロトーネに呼んでからでも問題は無かったんでしょ?」


四杯目のお茶を入れながらリーヴァに聞いてみる、さっきは会話が無くてお茶が進んだが今度は会話が弾んで喉が乾く、本当にさっきまではなんだったんだってくらい話しやすいな。


「それはね、ロトーネの人の感情を見るのが嫌になったの、だからどこでもいいからとにかくロトーネを出たくて。ロトーネの人は猜疑心の塊だったり自尊心の塊だったり録な人がいないの、それと、獣人の人も、最初ロトーネに来た時は奴隷でも希望を持ってるんだけど、それも直ぐに絶望だけになって、ロトーネは表面上は普通の町だけど猜疑や憎悪、嫉妬や憤怒、諦念や怨嗟だらけで、そして傲慢な人しかいない、酷い町だよ」


目を伏せて話すリーヴァ、表面上は穏やかでも内面はそれほど酷いなんてちょっと想像出来ないな、それを毎日見ているわけか。


「もう一つ聞かせてほしい、リーヴァは俺が盗賊のアジトから助けた時に反応が薄かったよね?助けられた事に安心したり喜んだりせずに俺の事をずっと見てたし」


「あぁ、あれはね、このまま死んでもいいかなって思ってたんだ。私も貴族の娘だから知らない人と結婚するのは一応納得してるんだ、だけど折角最後にと思ってロトーネを出ても馬車が派手だからね、私達を貴族と気付いて媚を売ってくる人の感情と、盗賊の感情しか見れなくて、なんだ外もロトーネと変わらないんだと思ったらなんだか疲れてね。私は少し氷魔法が使えるんだけど襲われた時も使わずに隠してたから、その氷魔法でいざって時には自分で死ぬつもりだったの。でもその前にトーマが助けてくれた、そしてトーマの色は、久し振りに暖かかったの、それとトーマの仲間の色もね。それで昔の事を思い出して、もう少しロトーネの外を見てもいいかなって」


そうか、リーヴァはあの時にそう思っていたのか、でもさっきの諦めた顔、あれは結婚に納得してる顔には見えなかったな。


「なにか不思議な事でもあるの?」


これは聞いたら駄目かなって思ったけどリーヴァには誤魔化せないな。


「いや、さっき肌荒れの話をした時、あの時にリーヴァが肌荒れを気にする必要が無いって言ったけど、あれってもう結婚する事が決まってるから肌が荒れても関係無いって事でしょ?リーヴァは結婚する事は貴族の娘だから納得してるって言ってたけど、あの時のリーヴァは何かを諦めてるような顔をしてたから気になって」


俺の疑問にリーヴァは感心したような顔で軽く笑う。


「へぇ、そんな事に気付けるんだ。トーマってモテるでしょ?仲間も皆トーマに好意を持ってるみたいだし他にも何人かいるんじゃないの?」


はい、もう一人いますけどそれが何か?やっぱり俺って特別なんだろうか、なんて冗談でも考えるのはやめた方がいいな。


リーヴァはやっぱり聞かれたく無かったのか茶化すような感じだが一度聞いたのだからここでやめるのもな。


「モテるかはわからないけどね、でもあの顔がなんだか気になってさ」


するとリーヴァは少し話しにくそうにしているが、なんとか口を開いた。


「あれは、あれはね、トーマ達が、トーマがその金上級の冒険者だったら良いなって思ってたの。もちろんトーマが好きって意味じゃないよ?だけどトーマの仲間やトーマの色が優しいからさ、その中に私も入りたいなって、トーマがその金上級の冒険者ならって、だけどそんな偶然あるわけないし、トーマは銀上級だって言うからさ、だから…」


あぁ、そうか、リーヴァはずっと醜い感情ばかり見てきて、なのに急に俺達の感情を見たからその中に入りたいって思ったのか。


でも皆はともかく最近の俺は酷い感情だったような。


「でも自分で言うのもなんだけど最近の俺は酷い感情だったと思うよ?皆が暖かいってのは納得だけどね」


そんな俺の言葉に微笑むリーヴァ。


「そう言えるんだからやっぱりお互い信頼してるよね、それと、トーマはミリエメと話をして何かあったんじゃない?確かに私達を助けた時からずっとトーマは不安定な感情だったけどミリエメと話した後は安定してるよ。それにトーマは不安定な時でもやっぱり優しいって思えたかな、私達を邪魔に思いながらも色々としてくれたでしょ?」


リーヴァが来た時に星を見ずにずっと俺を見ていたのは魔力が安定していたからか、それに確かに悩んだけど結局は馬車を取りに行ったり夕食を作ったりしたな。


それにしても…、随分と話し込んでしまったな、そしてリーヴァと話をしていてある考えが浮かんで来た。でも無理かな、無理だよな。


それにリズ達に相談もしてないしな、でもリズ達は賛成してくれると思うんだよな、俺もやりたいようにって決めたばかりだし、聞いてみるだけならいいかな。


「どうしたの?何か聞きたいことあるの?」


俺が悩んでいると、俺の魔力を見たのかリーヴァが尋ねてきた、悩んでても仕方がないし聞くだけ聞いてみるか。


「リーヴァはさ、俺達と一緒に来る気ある?リーヴァにその気があるなら多分、皆も歓迎してくれると思うよ」


そう言った俺の言葉に少し目を見開くリーヴァ、だが軽く笑うと首を振る。


「ふふ、ありがと、トーマが私と話をしてて邪魔者って感情から変わっていったのは気付いてたけどまさか仲間に誘ってくれるなんてね。とても嬉しいけど、でもそれは無理かな」


まぁ急に言われてもそうだよな、俺達と来るって事は今の立場を全部捨てる事になるだろうからな。


「あ、でも貴族の地位が惜しいとかって事はないからね。本当なら一緒に行きたいけど、でもさっきロトーネには醜い人間しかいないって言ったけど少しはまともな人もいるんだ。ミリエメもその一人、だけどトーマ達はミリエメを仲間には出来ないでしょ?」


ミリエメか、確かに無理だな、ミリエメと話をして憎めないし悪い人じゃないとは思っだけど…、俺は獣人蔑視の考えに捕らわれすぎているのかもしれないなとも思うけど、それでもテオとセオが嫌な思いをする可能性がある以上は無理だ、多分テオとセオが大丈夫って言っても無理だ、頭固いかな、でもしょうがないよな。


「そうだね、俺も話をしてミリエメさんの事はもう邪魔者なんて思ってないけど、でも獣人に対する考え方を変えない限り仲間にするのは無理かな。俺は仲間にはなるべく嫌な思いをさせないって決めてるからね」


それを聞いてリーヴァは悲しそうに笑う。


「そうだよね、でもね、今のロトーネじゃミリエメみたいになるのもしょうがないんだよ。獣人は、ううん、獣人だけじゃなくて鱗人も、そしてまだ誰も口には出さないし表面上は敬っているけど森人もだね、ロトーネでは人間以外の種族は下等だ、人間が最上の種族だって考えが当たり前になってきてるんだ」


…それはまた、かなり酷い人間至上な考えだな、そう思うとやっぱりロトーネには全然良いイメージが無いな、まぁ今の所ロトーネに行く予定は無いしいいか。


「それに父や兄は変わってしまったけど家には他にも私の帰りを待ってる人もいるから、だから、一緒には行けないかな。はぁ…、昔はこうじゃなかったのにどうしてこうなったんだろうかな、昔は父も兄も優しくて、町の人も気さくに声をかけあったりしてたの。それに貴族同士での駆け引きは昔からあったけど、それでも今ほどは酷く無かったと思うんだけどな」


昔を懐かしむように話すリーヴァの顔は貴族としての仮面を被っていた顔とも、さっきまでの生意気でふてぶてしい顔とも違い十三歳という歳のわりには儚げで、大人びていて、そして悲しそうで…。


人の感情が見えるという事は良い事ではないのかもしれない…、そう思うとなんとかしてやりたくなる。


だけど、ミリエメの事を別にしてもリーヴァの家や結婚の事には俺なんかが口出しする事は出来ないよな。


さっきまで貴族とは関わりたくないと思っていたのにリーヴァの事をなんとかしたいと思っている、そう俺が悩んでいるとリーヴァが明るく笑いかけてきた。


「トーマは会ったばかり、しかもちゃんと喋ったのは少しだけなのに本気で私の事で悩んでくれてるんだね、ありがと、でも私は大丈夫だよ。捕まった時は自棄になってたけど助けに来たトーマを見て、そしてトーマ達にテオちゃんとセオちゃんが大事にされているのを見て人間と他種族にもこんな素敵な関係がまだあるんだってわかったから、私も死のうなんて考えはやめて、トーマ達みたいに信頼しあえる家庭を作るって目標が出来たんだ。その冒険者もステルビアの人ならロトーネの人みたいに酷くはないだろうし」


リーヴァはそう言って明るく笑う、その顔は本当に明るくて、そしてワインレッドの瞳に強い覚悟が見えて、俺はもう何も口を出す事は出来なかった、だから。


「わかった、俺はステルビアのラザって町を拠点にしたいと思ってるからロトーネに行く事があるかはわからないけど、でもリーヴァと友達になりたいんだ、だからいいかな?」


そう言って右手を差し出す、会ったばかりでも、少ししか喋ってなくても気が合うというか、一緒にいて楽しいんだからな、友達になりたいと思ってもしょうがないよな。


「うん、友達だね」


そう言って握手をする。


「ぷっふふっ」


「くっ、くくっ、はははっ」


握手をした後で何故かお互いに笑い出してしまった、その後もお互いに笑いあいながら、リーヴァのドレスの汚れに気付いたので少しでも綺麗にしようと清浄の魔法をかけているとリズ達が起きてきた、ちょっと声が大きかったかな。


「どうしたの?」


目を擦りながら歩いてくるリズにごめんごめんと謝りながらリーヴァと友達になった事を話す、レイナもセオも起きてきたのでリーヴァを俺の友達として紹介する、テオは爆睡しているようだ。


「改めて紹介するね、俺の友達のリーヴァ、皆とも友達になりたいって言うから皆も仲良くしてね」


そう言ってわざとらしくリーヴァを紹介するとレイナは一瞬キョトンとしたが直ぐに笑顔を浮かべてリーヴァの側に行く。


「トーマさん、私はリーヴァさんとは既に友達ですよ。お姉ちゃんもセオもテオもです。トーマさん友達になるのが遅いですよ」


するとリーヴァがレイナの言葉に乗って俺に文句を言ってくる。


「そうそう、それなのにトーマはレイナちゃんの料理を私に食べさせないように自分で作ってさ、酷いよね?」


リーヴァの言葉遣いが違うので一瞬戸惑ったのだろう、少し驚いた顔になったが直ぐにニヤッとするリズ。


「じゃあさ、朝ご飯は一緒に食べようよ。トーマの分を食べていいからさ。あ、トーマは自分で作ってね」


レイナもリズも直ぐにリーヴァを受け入れたのは嬉しいけどさ、リズは夕食の時に俺の言い分に納得したよね?


「私もリーヴァさんの為に美味しい朝御飯を作ります」


セオ!お前もか!もはやトーマもここまでか!と俺がガイウス・トーマ・カエサルを演じているとドゥニエル家の馬車からミリエメが出てきた。


まだ日の出には早いが騒がしくなったしな、そして、ミリエメのセオを見る目にはやっぱり蔑みの色があった、リズ達は気付かなかったのか気付かないふりをしたのかわからないがリーヴァはそれを見て少し悲しそうな顔をする。


「リーヴァ様はこのまま朝までここで過ごすのでしょうか?」


セオに蔑みの目を向けたがその後はセオを見る事もなく、ミリエメはリーヴァに朝まで俺達と一緒にいるのかを尋ねる。


「そうね、今日でお別れだからいいでしょ?」


「わかりました、ではトーマ殿、その間に先程言っていた強くする為の手助けをお願いしてもいいだろうか?」


ミリエメは貴族の仮面を外して喋るリーヴァに怒るでもなく、俺達と一緒にいる事を咎めるでもなくあっさりとリーヴァに頷くと、直ぐに俺を見て頭を下げてきた。


「わかった、じゃあ向こうに行こうか。リズ達も寝ないならリーヴァの相手をお願いね」


そう言って既に朝御飯は何が食べたいか楽しそうに話している皆を置いて俺はミリエメと一緒に少し離れた場所に行く。


セオに蔑みの目を向けた時はかなりムッとしたがミリエメも我慢しているのか俺達と一緒にいるリーヴァに何も言わない、俺も価値観が違うだけだと何度も自分に言い聞かせ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「すまないトーマ殿、私もわかってはいるのだが…」


そんな俺の様子に申し訳なさそうにするミリエメ、わかっていてもそういう目を向けてしまうのはやはり価値観そのものが違うので簡単には変えられないという事だろう、少し悲しいけどミリエメには悪気はないんだよな。


人の感情が見えるリーヴァだからこそロトーネで育っても偏見など無いんだろうしな、それにミリエメはリーヴァの騎士だからな、強くなってもらうのに損はない。


そう考えてやる気を出し、まずはミリエメに俺は感知系のスキルを持っていて、それで人の魔力の流れを感知出来る事を伝える。


「トーマ殿は人の魔力の流れを感知する事が出来るのですか?まるでリーヴァ様の魔眼のようですね」


まぁ感情が色で見えるリーヴァの魔眼程じゃないし、本当は感知スキルじゃなくて真眼で人の魔力の流れを細かく見てるんだけどな。


「感情まではわからないけどね、それよりリーヴァの魔眼の事、俺に話してもよかったの?」


するとミリエメは笑顔を見せる、さっきまで間抜けな騎士だったくせに自信に満ちた格好いい笑顔だ。


「リーヴァ様から聞いているのでしょう?リーヴァ様が話したのなら大丈夫という事です」


ちっ、ミリエメのくせに生意気な。だけどさっきと違い立ち直ったミリエメは格好いい、そして大丈夫と言い切れるのはミリエメがリーヴァの事を余程信頼しているのだろう、これで獣人蔑視が無かったらな…。


いや、もう考えてもしょうがないな、俺はそう思うとミリエメに魔力の流れを指摘しながら体の動かし方を教えていく。

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