第67話 ハンプニー家の当主

ハンプニー家の庭では冒険者の集団がゆっくりと同じ動きを繰り返す異様な光景が広がっていた。


二十人以上を見るのは大変だが空間把握も合わせて魔力の流れを感じ取り皆に指摘をしていく、エーヴェンとクリスは貴族として小さい頃から体の動かし方や魔力の使い方を習っているだけあって呑み込みが早い、他のメンバーも全員が身体強化を覚えていただけあって早々に効果が出ている。


だが子供組はテオを筆頭に庭に準備された食事に気を取られている。


「トーマ君そろそろ準備も出来た様だし食事にしようか、皆も一旦休憩しよう、皆が食べなれた物が良いと思っていつもの野営と同じ食事を頼んだよ」


俺も気になっていたが庭では使用人達がまるで野営の時に食べる様な料理を作っていた、貴族街の中にある公爵の家で野営をしても大丈夫なんだろうか。


獅子の鬣のメンバーも汗を拭きながら和やかに使用人から皿を受け取りそのまま庭に座って食べ始めた、ハンプニー家自由すぎるだろ、エーヴェンが冒険者だからよくある事なんだろうと気にしない事にして俺も使用人から料理を受け取り食べる。


レイナ達の料理には敵わないが味付けはなかなかの物だ、獅子の鬣のメンバーがいつもより美味いと言っているのでやはり普通に焼くより少し手が込んだ味付けなんだろう。


味にも量にも満足し、二時間程の食休みを挟む。


獅子の鬣のメンバーに囲まれ、メンバーから指摘がわかりやすい!感知能力凄い!動きが面白い!など色々と持て囃されていた俺にクリスを連れたエーヴェンが話し掛けてきた。


「メンバーを見て何か感じる事はあったかな?」


効果が出ているのは自分達でもわかっているだろうが、直接俺の口から聞かせて更にやる気を出させたいのか皆がいる前でエーヴェンが聞いてきた。


効果が出ているのは自分達でもわかっているだろうが、直接俺の口から聞かせて更にやる気を出させたいのか皆がいる前でエーヴェンが聞いてきた。


「エーヴェンさんとクリスさんは特にですけど他のメンバーも上達が早くてびっくりしました、このやり方は身体強化を出来ない人は覚え、出来ている人もまだ不充分な使い方を直す為にと考えたんですけど皆さんは最初から身体強化を覚えていたので俺の言いたい事も直ぐにわかってくれて助かります」


俺の言葉に他のメンバーが嬉しそうに笑う。


「それなら良かった、リックの言った通りトーマ君の教え方はわかりやすいし上達も実感出来るからね、クリスが護衛の依頼を延長して欲しいとトーマ君にお願いした時はびっくりしたけどこれだけでも依頼する価値があるくらいだね、リズさんと話し合った報酬の額も満足出来たし君らに依頼して本当に良かったよ」


護衛の依頼はリズがエーヴェンと話をして相場の倍という事で金貨が一人頭二十枚、テオとセオも冒険者ではないが立派な戦力だからとリズがエーヴェンにしっかりと交渉して人数に入れさせた為にパーティーで金貨百枚だ、それとは別で魔物の素材も全部買い取りという事で金貨が更に百枚、今現在で都合二百枚の報酬が約束されているのだがそれはジーヴルまでの分だ。


これから先は依頼の延長で日数に応じた分とその間に何かあれば更に上乗せされる事になっている、正直二百枚でも充分だし高過ぎやしないかと思ったがこれでも全然安い方だとリズが言っていた。


森人の里への護衛、ポルダでの襲撃、更に魔物五百体にゴーレムも襲ってきたのを無事に済んだのは全てトーマのおかげだからと、もう少し報酬を取ることも考えたが今回はエーヴェンに貸しの形にする方が良いとリズは考えたようだ、俺なら金貨百枚、魔物の素材も譲ったのでいいですと言っていたかもしれないな、リズはスゥニィの教えを忠実に守っている、俺もリーダーとして見習わないと。


護衛の延長の分も相場の倍を約束したので貰いすぎだと思っていた報酬も依頼人のエーヴェンが満足そうにしてるのでリズの言う通りなのかもな。


俺は満足そうな顔で依頼の延長をして良かったと話すエーヴェンにそれなら良かったですと返事を返すと隣にいたクリスが話し掛けてきた。


「トーマさんの教えで僕もまだまだ未熟でもっと強くなれると思えました、これからもよろしくお願いします」


敬語を使い深く頭を下げるクリス、若干尊敬している様な眼差しだ、コイツは本当にクリスなのか?魔族が変装していないか不安になり鑑定をかけるがどうやら本物のようだ。


「クリスは頭が固い分、一度認めた人には礼儀正しくなるんだよ」


横でエーヴェンが笑いながら殊勝なクリスに戸惑う俺に話す。


「そうそう、城に行くのは先に帰った事を報告して、それからだから明後日くらいになると思う、それまではゆっくりしていいからね。ここを自分の家だと思ってくつろいで欲しい」


くつろげる訳無いだろうに無理を言うエーヴェン、庭で修行を見ている間はいいが夜に部屋に戻るのがな…、出来るなら裏の方に停めてある馬車で眠りたいくらいだ。


そのまま獅子の鬣のメンバーと話をし、時間を置いてから修行を再開した。









「どうだアルヴァ、何か良い手は見つかったか?」


エスターヴ家の屋敷の中、当主は書斎に呼びつけた執事の男に落ち着いた声で話し掛ける、前日は怒りの余り荒げた声で怒鳴っていたが国に四つしかない公爵家の当主はそれに見合う貫禄のある佇まいでソファに身を沈めていた。


「今の所ハンプニー家は警備も堅く、屋敷に忍び込むのは難しいかと、それと何やら庭でハンプニー家の息子が束ねる冒険者を集めて訓練の様なものをしているようです」


当主は執事の言葉に顔を顰める。


「貴族の息子が冒険者になるだけでも恥だと言うのにまた屋敷に冒険者を集めているのか、そんな家にジーヴルの外交を任せるだけでも我慢ならんのにそんな家から正妃を出す事などあってはならん!やはりジーヴルを代表するのは我がエスターヴ家だ、アルヴァ、何か手は無いのか」


当主は執事の言葉が余程気に入らなかったのか興奮気味に話す。


「屋敷の警備も堅く、また公女も屋敷からは出てくる様子がありません、今は直接公女を害する事が出来ないのでまずは夫人の方が城に報告に来る時に接触して、向こうの反応を見てから何か考えた方がいいかと」


執事の言葉に当主は頷く。


「そうだな。先ずは挨拶をしてみるか」


当主はそう言って果実酒の入ったグラスを煽った。








ハンプニー家での集団での修行はかなり順調だ。


「じゃあ明日も朝から始めるからね」


日も落ち始めた頃にエーヴェンの声で修行は解散になった、俺は獅子の鬣のメンバーやテオ、それに子供達と明日の約束をして別れる、獅子の鬣のお姉さん達に後で飲みに行かないかと誘われたが断った、ここで年上のお姉さんについていくと何故か取り返しがつかなくなると久し振りに直感が働いたのだ。


正直汗だくで型を繰り返すお姉さん達の色気は凄かったからな、俺は煩悩を振り払う様に昼間あまり出来なかった自分の為の型を繰り返す。


まだまだ!大人に!なるのは!成長!したと!納得!してから!


一つ一つの動きを確かめながら型を繰り返す、庶民の俺はラザやリストル、ポルダまでは平常心でいられたがジーヴルで貴族街や城、そしてハンプニー家の屋敷にまだ圧倒されていたようだ、一人になり型をずっと繰り返していると漸くいつもの自分に戻った気がする。


「トーマ君は熱心だね、すまないけどそろそろ夕飯の準備が出来るから汗を流してきてくれるかい?」


先に汗を流して来たのだろうサッパリしたエーヴェンに言われて動きを止める、気付くと完全に日は沈んでいた。


俺は執事のロルドに案内されて部屋に戻る、今度は屋敷の中を見る余裕もある。


広い廊下に沢山のドア、静かで目立たないが沢山の人の気配、時おり開いたドアから見える部屋の中は全て広い造りになっていた。


屋敷の全体像を把握するのは無理だが何とか自分に用意された部屋の道順だけは覚えながら辿り着く。


「では私はこれで、夕食の準備が出来ましたら呼びに来ますので」


ロルドが頭を下げて部屋のドアを開けてくれたので中に入り、ラザの宿屋の一室程の大きさがあるシャワー室で汗を流し新しい服に着替えてロルドを待つ。


その間にもう一度部屋を見回すと先程廊下を歩いている時に開いていたドアから見えた部屋よりもこの部屋はかなり広い事に気付く、空間把握で探ってみるが俺の部屋が一番大きいようだ、どうやら余程気に入られたようだな…。


自分のハンプニー家での立場に恐縮しているとロルドが呼びに来たので部屋を出て後をついていく、夕食は部屋で一人ゆっくりと食べたいんだけどなぁ、この流れだと…。


案内された先は細長いテーブルがある広い部屋だった、そして空間把握でわかってはいたがエーヴェンの他に三人に男性が座っていた。


部屋の入り口から見て奥の方、テーブルの上座に座るのは細身だが貫禄のある渋い中年の男性、その男性から向かって右隣に夫人に似た面影がある男性、左隣にはエーヴェンに似た、だけど少し性格がキツそうな顔の男性だ。



ダスティン:ハンプニー:58


人間:公爵家当主


魔力強度:38


スキル:[剣術] [身体強化] [炎魔法] [交渉] [気品]




ライズ:ハンプニー:39


人間:公爵家嫡子


魔力強度:33


スキル:[剣術] [身体強化] [風魔法] [交渉]




ジル:ハンプニー:35


人間:公爵家次男


魔力強度:36


スキル:[剣術] [身体強化] [風魔法] [炎魔法]




長男は夫人似で次男がキツそうな方か、三人とも銀上級程度の実力もありそうだな。


鑑定をしてみるとある程度の強さを持っているのがわかる、やはり貴族としての嗜みなんだろうな、それより気品ってスキルで持てるのか…。


「トーマ様をお連れしました」


ロルドの紹介に当主は抑揚に頷くとエーヴェンの向かいに座ってくれと言って手で次男の隣を差す。


当主の所作は確かに優雅で気品があるな、ロルドが椅子を引いてくれたので椅子に腰掛ける。


「トーマ君、今回の旅は君がいなければ失敗に終わっていたと息子から聞いたよ。積もる話もあるが先ずは食事にしようか」


俺には話は無いんだけどな、これも依頼の内に入るのかと諦め何とか笑顔を作り会釈をする。


そして素材のわからない高級そうな食事を、エーヴェンの所作を見よう見まねで少しずつ食べる、美味しい料理なんだろうが味が舌から全然伝わってこない。


リックの言う疲れる食事と言うのが身に染みる、誰も喋らず食器の触れる音が響くだけの部屋は逃げ出したい程だ。


皿に小さく盛られた料理を食べ、給仕が別の料理に取り換えまた食べる、コース料理って事だと思うが、この世界に来て食べる量が増えたので食事はガッツリ食べたい俺には合わないな、エーヴェンもそのようで俺と目が合い苦笑いをする。


静かな食事も終わり紅茶が目の前に置かれて漸く当主が口を開く。


「トーマ君、その表情だと食事は物足りなかったかな?まぁ体が資本の冒険者には少なかったかもしれないね」


当主の言葉に曖昧な笑顔で答える。


「また後で食事が出来るように手配をしよう、必要ならロルドに声をかけてくれ。それで今回の旅の件なんだが森人の里への道中もそうだが、帰りに五百の魔物とゴーレムをほぼ君らのパーティーで倒したそうじゃないか、息子だけではなく妻や娘、それとクリスからも聞いたよ、流石はリストルの英雄だ」


また出たよリストルの英雄、その言葉を聞いて苦笑いの俺に当主が笑いながら話す。


「君は英雄と呼ばれるのが嫌な様だね、目立つのは苦手かい?それに森人にも気に入られ、実力も金下級の息子より高い、ラザの町で冒険者になって半年足らずとは信じられないな、君は何者なんだ?」


笑顔で話していた当主が急に真顔になり探るような視線で俺を見つめてくる、部屋の中の時間が止まった様に静かになる。


ラザの事も知っているのか、当主はエーヴェンとは違う情報も持っているようだ、もしかして異邦人と気付かれたのか?


「あぁすまない、警戒させてしまったかな、つい口調が強くなってしまったね、実は最初君を魔族が変装しているのかと疑っていたんだ、だが息子達から聞いた話と私が集めた情報ではそれは無いと判断した、ただ単に君の存在がね、わからなくて気になるんだよ」


魔族は人に変装する時、多くは普通の人間になるがたまに冒険者を殺し、カードを偽造してその冒険者になりすます事があるようだ、偽造カードはギルドに提出したり細かく見ると直ぐにわかるが門番は名前の確認だけでそこまで詳しく見ないので見逃してしまう事もあるらしい。


この世界では移動するのも大変で、町から町に移動しても怪しまれないのが冒険者だ、門番も商人なら荷物の確認や何処から何を持って来たのか詳しく調べるが冒険者は数も多く全てを確認するのは大変だしな。


ただ魔族は人の生活を完全に真似るのは苦手らしく長期間町に滞在すると周りが怪しいと感じて発覚するようだ、魔族への対策は地域住人の触れ合いが大事って事だな、日本でも地域住人同士が挨拶をするような所は犯罪率も低いとか聞いた事がある様な気がしないでもないしな。


俺がうろ覚えで曖昧な知識を思い出していると当主が話を続ける、そう言えば俺の事が気になるって言われたんだよな。


「君はリストルでの活躍、気難しい森人とも懇意にし、実力は金下級の息子よりも上だ。なのにリストルを救った英雄としての功績を広めず金級への昇格も断り、獣人の奴隷を引き取って姉弟だと言っている。全ての行動が私の知る冒険者とは違いすぎる」


テオとセオの事も知っているのか、当主は俺の事を大分詳しく調べたようだがどうやら異邦人だとはバレていないようだな。


お金はラザでキュクロプスの素材を売り、リストルの防衛でも充分に貰い道中に倒した魔物の素材を売ったのもありそれほど困っていない、名声なんて旅をする上で邪魔なだけだ、俺は旅を通してこの世界の人間になる事と、リズ達と一緒に人として成長する事が目的だからな。


「そんなに変でしょうか?俺は静かに旅をしたいので英雄の肩書きは必要ないしむしろ邪魔だと思っています。冒険者としてはゆっくりと級を上げればいいし、テオとセオは俺の大事な家族です」


「そのセオという子の事だが私に売ってくれないか?娘が大変気に入ってるらしいんだ」


突然の当主の言葉に首を横に振る。


「その話はエレミーさんにも言われましたが断りましたセオと離れる気はありません」


「金貨五百枚出そう、それと別の奴隷もつける、君に損は無いはずだ」


金貨五百という所で息子二人が驚いた顔をする、奴隷の相場はわからないがきっと破格なんだろう。だがこの人は俺の話を理解していないのか?ずっとセオを物扱いする当主に段々とイライラしてきた。


「たかが獣人の子だ、代えなどいくらでもきくだろう、城に入る娘に何か父親らしい事をしてやりたいんだ」


俺はまともな家族は知らないが普通は代えがきかない人の事を家族って言うんじゃないのか?俺はセオの事をそう思っている、そんなセオに対する当主のあまりの言い様に心と思考が冷えそうになった時にエーヴェンが声をかける。


「父さんやりすぎだよ」


俺がエーヴェンに視線を向けるとエーヴェンが頭を下げた。


「トーマ君すまない、父は君を試していたんだ、不愉快な思いをさせてしまってすまない」


頭を下げるエーヴェンに続くように当主も謝る。


「トーマ君すまないね、エーヴェンの言う通り少し君の人柄を試してみた。公爵家ともなると擦り寄ってくる人も多くてね、君達の事はエーヴェンから誘って依頼をしたと聞いたがそれでも自分自身で君の事を確かめたかったんだ」


当主は一度頭を下げて笑顔を浮かべる。


「屋敷に来てからの君は不審な動きをしていたので警戒したがどうやらエーヴェンの言う様にただ緊張していただけのようだ、ただ単に公爵家の名前に擦り寄って来る他の人間とは違うと理解出来たよ。君は必要なら公爵家にも逆らう事が出来る様だね、セオ君の話が出てからの君は怖いくらいだったよ」


確かに屋敷に来てからの俺は挙動不審だったな、それと公爵家程にもなると初対面の人を警戒するのも当然か。


「息子から色々と話を聞いたが全て本当の様だね、試すような真似をしてすまなかった。暫くは君も屋敷に滞在すると聞いている、我が家を救ってくれた恩人として扱うので遠慮せずになんでも言ってほしい」


そう言ってもう一度当主が頭を下げた、公爵家の当主が何度も頭を下げるのは余程の事だと思う。


「わかりました、少しの間お世話になるのでよろしくお願いします」


俺はここで意地を張っても仕方ないと気持ちを落ち着け返事をして頭を下げる、ここで夕食は終わり俺はロルドに案内されて部屋に戻った。


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