第66話 修行開始

ジーヴルの中、城の近くには大きな建物が並ぶ、その殆どが貴族の建物だ。


その建物の中でも一際大きな屋敷の中でエスターヴ家の当主が怒鳴り散らしていた。


「ふざけるな!公女の暗殺どころか馬車にすら辿り着けなかっただと、魔寄せの笛を三十も持たせ人形五体も出したんだぞ、しかもハンプニー家の放蕩息子に対するゴーレムもだ、あれにいくら払ったと思っておる、金貨千枚だ、それを無傷だと」


怒りに震える当主の側に控える様に立つ執事は淡々と事実を当主に告げる。


「はい、偵察の報告によりますと魔物は全滅、ゴーレムも核を壊され石になり、襲撃の指揮を取ったカースも敵に捕まりその後自殺した様です」


執事は手に持った紙を捲り話を続ける。


「ハンプニー家はポルダで新しく冒険者を雇ったらしく、その冒険者がリストルの悪夢に参加していた冒険者のようで、偵察の報告ではそのパーティーの活躍で今回の襲撃を凌いだと」


執事の報告に当主は訝しげな顔をする。


「冒険者だと?お前はたかが冒険者を雇っただけで大量の魔物とゴーレムを倒せると言うのか!」


喋っている内にまた興奮したのか目の前にあるテーブルに拳を振り下ろす。


部屋の中に大きな音が響くが側に立つ執事は顔色を変えずに更に報告を続ける。


「まだはっきりと確認はしておりませんがその冒険者はリストルの悪夢で千匹もの魔物を一人で倒し、そのうえ金上級の冒険者を退けたようです」


当主は執事の言葉に鼻を鳴らす。


「フン、魔物千匹を一人でだと、そんな冒険者がいるならもっと騒がれとる、名前くらい儂の耳にも届いておるはずだ、せいぜい百匹程倒したのを誇張しておるんだろう、リストルの悪夢とやらも魔物が六千匹などと言っておるがそんな数に攻められて町が残っているはずがないわ」


当主は執事の話を荒唐無稽な話だとでも言うように吐き捨てると前のめりになっていた体をソファに倒し腕を組む。


「それにしてもハンプニーの娘は無傷か、王子にも気に入られ森人の里への弔問も無事に済ませたとあっては儂の娘が正妃になるのは難しいのう」


当主は小さく息を吐きながら考えるように目を瞑る、暫くして静まり返った部屋にドアをノックする音が響く。


執事の男が当主の側から離れドアを開く、ドアの前に立っていた外套を着た男と何か話をして再びドアを閉める。


執事がドアを閉めると当主は執事に話せと顎をしゃくる。


「ハンプニー家は無事に外壁まで辿り着いたようです、今日は外で夜営をして明日の朝に町に入るかと」


エスターヴ家の当主はもう一度目を閉じ小さく息を吐いた後に口を開く。


「アルヴァ、何か手は無いか?この際だ、儂が少しぐらい疑われても構わん」


当主の疲れを滲ませた言葉にも執事は淡々と返事を返す。


「町に入ってしまえば大掛かりな襲撃は難しいかと、毒を使うのが現実的ですが毒の扱いに長け、ハンプニー家にも忍び込める程の腕を持っていたのはカースだけで他は隠密行動が出来ない者ばかりです」


執事の言葉に当主はそうかと返す。


「アルヴァ、何か良い手を考えておけ、金ならいくら使っても構わん」


ソファにもたれた当主に頭を下げ部屋を出ると執事の男は手に持つ資料に視線を落とす、資料には魔物の群れ三百を一度に殲滅する雷魔法、魔物を燃やし尽くす炎、突然首が落ちる魔物の姿など執事の目から見ても信じられないような事が書かれている。


暗殺組織にいた頃から高い実力とそれに似合わぬ柔らかな物腰、貴族に仕えるに足る教養を気に入られ従者として屋敷に住むようになり、遂には執事、そして家令を任せられるまでになった男は表と裏で二十年以上もエスターヴ家を支えてきた。


もう一度資料を確認して執事は歩き出した。







俺達は今、大きな門の前にいる。獅子の鬣のメンバーが朝早くから並んで順番待ちをしてくれていたためにジーヴルへの一番乗りだ、俺達の後ろには外壁の側で夜営をしていた人に加え朝早くから街道を通って来た人達も並んで長蛇の列だ、商人風の人が乗る馬車が多いな。


目の前の大きな門と、後ろの長蛇の列に俺のジーヴルへの期待は高まる。


「トーマどうしたの?怪しい反応でもあるの?」


馬車の側でソワソワしている俺に御者台の上からリズが声を掛けてきた、キョロキョロし過ぎたか、リズに怪しい反応は無いから大丈夫だよと返して前を向く。


町の中から大きな鐘の音が重なって聴こえてきた、すると門番が門に手をかけ四人がかりで引いて開ける、既に門番にはエーヴェンが話をしているので俺達は門を通るだけだ。


貴族なら専用の門とかあるのかなと思ったがジーヴルには無いようだ、身分を言えば順番の割り込みも出来なくも無いがエーヴェンがそれはしたくないと獅子の鬣のメンバーを暗いうちから並ばせていたのだ。


門の高さは約四メートル程で横の幅が二枚で十メートルはありそうだ、その二枚の鉄の扉が重厚な音を立てて外側に開く、門の厚さは一メートル近くある、四人でこの大きな門を開くのかと思ったら町の中からも四人が門を押していたようだ、重そうな鉄の扉は止まる事無くスムーズに開いた。


門が開き、エーヴェンが門番に軽く声をかけてから町の中に馬車を進ませる、獅子の鬣の馬車、公爵家の部屋馬車、そして俺達が続く。


もし貴族専用の門があっても部屋馬車は大きすぎて、このくらいの門じゃないと通らないだろうなと考えながら町に入る、町の中は冬の冷たい空気にも負けない大勢の人がいて熱気を帯びる程の喧騒が広がる。


門から続く町の真ん中を通る道は部屋馬車でも悠々通れる程に広く、その道の側には人の為に用意されたのか一段高さが上がった歩道のようなものもある、車道も歩道も人の往来が途切れる事は無くあちこちを立ち止まって珍しそうに見ているとレイナに声をかけられた、慌てて駆け足で馬車の横に戻る。


「トーマはラザの町に来た時も呆けてたよね」


御者台からリズに笑われてしまった。


ラザの町では珍しい町並みに見とれてしまったがジーヴルは人の多さと町の都会さに圧倒されてしまった、建物は全て三階建てで道は綺麗に整備され歩道には魔石を使うのだろう外灯の様な物も沢山並んでいる、ラザの町では年季が入ってくすんでいた石畳の道がジーヴルでは何度も舗装を繰り返したのか綺麗なままだ、建物も古くなると直ぐに塗り直しているのか鮮やかな色で立ち並ぶ。


空間把握には数えきれない人の反応がありそれが感知範囲から出たり入ったりと頭が痛くなりそうなので範囲を三十メートルまで絞った。


人の多い道を物珍しく見ながら暫く真っ直ぐ歩いていると前の方にもう一つの壁が見えてきた。


「トーマ、あそこから貴族街だよ。私も入るのは初めてだからドキドキするね」


リズも若干緊張しているのか声が固い、馬車はそのまま道を真っ直ぐ進み貴族街への入り口まで行くと、そこに立つ兵士にエーヴェンが何か声をかけ、それから壁の中に入る。


壁を過ぎた途端に辺りは静かになり空間把握にも人の反応がまばらになる、町の中とは違い建物も庭付きの平屋が殆どだ、それぞれの門にも警備の者なのか兵士が立っている。


豪華な作りの建物が立ち並ぶ道を進むと目の前に城が見えてきた、正に城といえる威容を持つ建物は横幅二百メートル、奥行きもありかなりの広さがあるのがわかる、両脇には二つの塔がありそこに鐘があるので二重に聴こえた鐘の音はこの二つの塔から鳴っていたようだ。


「凄い大きいね、私も城を見るのは初めてだけど昔絵本で見たまんまだよ」


リズと城を見ながら話をしていると先頭の馬車が右に道を逸れる、俺達も後をついていくと周りの建物よりも一際大きくて豪華な建物が見えてきた、広い庭も手入れが行き届いている。


エーヴェンはそのままその豪華な建物の警備に話をして庭に馬車を乗り入れる、ハンプニー家についたようだ。


「ついたみたいだね、ここに泊まるの楽しみだよ」


リズは全然気後れしていないな、小さなアパートに住んでた俺はラザの宿屋の方が安心するんだけど…。


エーヴェンに促されてハンプニー家の芝が見事に苅り揃えられた庭に馬車を停める、夫人と公女はそのまま屋敷から出てきた使用人と共に家の中に入っていった。


「皆お疲れ様、一応これで護衛の依頼は達成した事になる、俺がギルドに報告に行くからここで一旦解散だね」


エーヴェンが皆に頭を下げ挨拶をし、皆を見渡した後で俺を見る。


「兎の前足は屋敷に泊まってもらうから後で使用人に案内させるよ、トーマ君は疲れているかな?」


町や城に圧倒されたが体の方は起きたばかりで元気だ、エーヴェンに大丈夫だと伝える。


「じゃあ早速だけどこの後で皆に修行をつけてくれるかい?皆も家に一旦帰ってからまた集まってくれ、昼食はここで出すよ」


獅子の鬣のメンバーは応と返事をしてそれぞれ散っていった、貴族街にも各々普通に歩いていく獅子の鬣のメンバーは慣れているんだろうな。


「じゃあ俺とリックはギルドに報告に向かうからトーマ君達には部屋を案内させるよ」


エーヴェンが家から使用人を呼んで色々説明をしている間にリズ達と話す。


「ねぇ、もしかして俺って一人部屋なのかな?」


「そうじゃない?私達は公女の部屋に泊まるけどトーマは流石に入れないでしょ、もしかして寂しいの?」


いや、別にとリズに強がってみたが寂しいとかじゃなくて不安なんだよ、こんな大きな屋敷で一人とかどうしていいかわからないって、俺がテオに縋る様な視線を送ると親指を立てて返された。


「兄ちゃん大丈夫だ、リックの家でもちゃんと行儀よくするからな、リックの弟達も後で連れてくるから一緒に修行しような」


そうじゃないんだよ、俺はレイナを見る。


「トーマさん、あの、私はトーマさんと同じ部屋でもいいんですが、むしろその方がいいんですがエレミーさんと約束してしまったので」


それにスゥニィさんがいない時にというのは卑怯と言うか等とぶつぶつと呟き自分の世界に入っているのでレイナも無理だ、セオもレイナとは離れないだろう。


「では部屋に案内をさせてもらいます、私は屋敷に滞在中トーマ様のお世話をさせていただきます執事のロルドと申します」


戸惑う俺にキチッと燕尾服で身形を整えた初老の男性が声をかけてきた、俺はあたふたしながらも挨拶を返す、そして荷物等は大丈夫ですかと言われたので大丈夫と返し、促されるままに後について屋敷の中に入った。


リズ達も女中の人に案内されていた、黒のシャツにロングスカート、白い前掛けをつけた服装は地味だがテレビで見たメイド服の原型のようだ。


屋敷の中は高そうな壺や絵画が廊下にある、恐る恐る歩き部屋に案内される、正直気持ちが浮わついたままで訳もわからず俺は部屋のベッドに腰掛けていた。




部屋を見回す、広すぎるし家具も高級そうだがポルダの宿屋で少し慣れていたので気持ちが落ち着いてきた。


なんとか心が落ち着き地に足がついた頃にドアがノックされる、どうぞと声をかけると執事のロルドが入ってきた。


「トーマ様、エーヴェン様が庭の方に来ていただきたいと申しております」


丁寧に頭を下げてエーヴェンの伝言を伝えるロルドに様はやめてくれませんかとお願いしてみる。


「エーヴェン様からトーマ様は当家の恩人で非常に大切な人だと伺っております、そんな方に失礼があっては私が叱られてしまいます」


にべもないロルドの返事に小さくため息が出る、しょうがないとは思うが貴族との付き合いは疲れるな。


俺は諦めてロルドの後について庭に向かう。


庭に出るとエーヴェンの他に獅子の鬣のメンバーも集まっていた、俺が部屋で気持ちを落ち着かせるのにかなりの時間が経っていた様だ。


「トーマ君、部屋は気に入ってくれたかい?トーマ君は気後れする性格だと思うけどその内慣れるからそれまでは我慢して欲しい」


エーヴェンが苦笑しながら言ってきた、エーヴェンはポルダで高級なソファに戸惑う俺に理解を示していたしな。


「じゃあ早速皆で修行をしようか、皆も兎の前足の戦いぶりを見てやる気充分なんだ」


見ると殆ど全員の目がキラキラしていた、屈強な冒険者が子供の様な顔で俺を見ている。


少し笑いそうになるがそのおかげで気持ちが解れたので俺はまずテオを呼ぶ、そしてテオと一緒に型の見本を見せ、一通り型を終えて皆に声をかける。


「まずは今の動きを繰り返すのが修行です、身体強化をかけながら今の動きを繰り返して下さい、それで魔力の流れが悪い所を俺が指摘していきます」


獅子の鬣のメンバーはエーヴェンの指示に五人ずつ四つの列になり、リックの弟と妹の他にもいるのか小さい子供も二つの列を作り合計で六つの列が出来た。


それから皆で型を始める、なんだかテレビで見た中国のどこかの修行風景の様だ、貴族の屋敷で集団がゆっくりと型を繰り返すのはシュールな絵だな。


それでもこの方が落ち着くから俺はつくづく高貴さとは程遠いと思いながらメンバーに指摘を繰り返していく、エーヴェンやクリスも参加し素直に聞いてくれる、特にクリスは強くなりたいのかかなり熱心だ、俺も強くなり力が欲しいという気持ちはわかるとクリスに共感しながら昼まで修行は続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る