第31話 楽しい人生

 

 死体の処理が終わったのでレイナの所に行き、馬車にまだ使えそうな荷物が残っていたかを尋ねる。


「食料と食器、金貨の入った箱と、後は子供達の情報等が登録されている紙ですね。契約書は見付かりませんでした」


「あぁ、それならあの男の懐に入っていたよ」


 レイナの言葉にスゥニィが契約書をヒラヒラと見せると、俯いているテオと、無表情に契約書を見つめているセオにこれからどうするかを聞く。


「さて、お前らを買った奴は死んで契約書もここにある。契約書を燃やしてもいいし、予定通り契約書を持ってジーヴルに行くのもいい」


「村に……帰りたい」


 お前らはどうしたいと聞くスゥニィにテオが俯き、小さく震える声で言う。

 それを聞いたセオは諦めたように笑う。


「私達は売られたんだからもう村には帰れないよ。それでもテオは村に帰りたいの?私は帰らない、絶対に」


 セオは帰れないではなく帰らないと言った、その諦めたような顔を見て俺は心が疼く、日本を思い出す。

 今のセオの顔は日本にいた頃に、鏡で毎日見ていた自分の顔だ。


 セオに言われたテオは顔を歪めると、涙を流してシクシクと泣き出した。


「先に言っておくが近くの町まではつれて行ってもいいが流石に獣人界までは無理だぞ、馬車にあった金貨はお前らにやるから近くの町で考えたらどうだ?」


 スゥニィが言う事は正しい。俺達はスゥニィに依頼されて南に行くところだ。真逆の北に子供達を連れて行く事なんて出来ない。


 リズとレイナも何も言わない、結局スゥニィの言うように近くの町に連れていくのが一番正しいのだろう。

 二人に金貨を渡すというのはスゥニィの優しさだ。


 それは分かっているけれど、俺はセオの諦めたような顔を見ると、どうしてもこのまま二人と別れる事が我慢出来なかった。


 あれは俺だ、この世界に来る前の俺なんだ。

 だから、自分の気持ちに素直になり、先程は出せなかった声を出そうと、俺はスゥニィに声を掛けようとした。

 だが、その瞬間にスゥニィの背中から強烈な怒気が溢れ、喉から出かかった言葉が詰まる。


 森を荒らし、木を殺したキュクロプスに向けた殺意と変わらない程のプレッシャー。あの時はそれを側で感じるだけだったが、今は直接それを向けられているのだ。


 その圧倒的な怒気に、物理的な圧力を感じ声が出ない、息も出来ない。

 側でその怒気を感じているはずのテオは尻餅をつき、セオは顔が強張って硬直してしまった。

 リズとレイナは冷や汗を流して苦しそうにしている。


 スゥニィはゆっくりと振り返って、俺に顔を向けると胸の前で腕を組み、目を細めて口を開いた。


「お前らは今、私から護衛の依頼を受けている。そしてお前は兎の前足のリーダーだな?それを踏まえて聞こうか。何か、言いたい事があるのか?」


 スゥニィは、依頼とそれを受けたパーティーのリーダーという立場を踏まえて話せと言っている。

 間違いなく俺の言いたい事が解っていて。


 スゥニィはよく俺の甘さを指摘する、出会った頃からずっと指摘している。

 やはりこの世界では俺の考え方は甘いのだろう。

 俺はパーティーのリーダーだ。だから、まずはリズとレイナの事を考えないといけない。


 けれども、俺にはこの世界で決めた事がある。

 その決めた事は、俺がこの世界で生きていると実感するのに必要な事だ。だから、俺はそれを伝える為に、魔力と魔素を使い身体操作をかけて、スゥニィの怒気に懸命に抗いながら、詰まりながらも何とか声を出す。


「俺は、ラザに来て、残りの人生を楽しく生きると決めました。ラザの町で、知り合いに挨拶をする時、依頼を達成してギルドに報告をする時、依頼人に会う時、その時の笑顔が、好きでした。その時に、生きていて楽しいと、そう思えました」


 詰まりながらもそこまで話し、大きく息を吐く。


 そして大きく息を吸い、更に言葉を続ける。


「だから、俺は、俺の周りの人に、笑っていて欲しい。俺の楽しみには、それが必要です。セオの顔、俺がラザに来る前、その時と同じで、生きていない、全てを、諦めている顔です」


 苦しい、けれども、言葉を尽くす。


「それに、兎の前足、この名前をレイナが、気に入ってくれたんです。兎の足は、幸せを運ぶんです。このまま、テオとセオと、別れたら、名前を変えないと、いけません」


 辿々しくとも、何とかそこまで話し、スゥニィを見る。


 暫く睨み合うような形になったが、不意にスゥニィから出ていた怒気が霧散し、突然スゥニィが笑い出した。


「ふふっ、そうか、お前の楽しみの為に、か。ただ甘い事を考えているだけだと思ったんだが……そうか、自分の為か。確かに私もお前にこの世界を楽しめと言ったな。それならしょうがないか」


 スゥニィが先程までの怒気は何だったのかと思うほどに、本当におかしそうに笑う。


「そうです。兎の前足はとても良い名前です。だからしょうがないんです」


 いつの間にか俺の後ろに来ていたレイナが、俺に仕方ないですねという顔で笑いながら言う。

 リズも俺の隣に来て、そして苦笑いをして肩を竦める。


「私もスゥニィさんと一緒で甘く考えているだけだと思ってたんだけど、トーマが楽しく生きるためにって言われたらしょうがないね。ラザの宿で、トーマが責任を持って私達を守る変わりに、私はトーマが人生を楽しむのに協力するって約束したしね。それに出来る姉としては弟と妹の我が儘は聞いてあげなきゃね」


 我が儘、確かに我が儘だ。


 この世界では、人を殺すよりも人を生かす方が大変だ。色々な物から守らないといけない。


 それにこれから先、同じ様に奴隷を見付けて全部を助けるなんて無理だ。だけど今は、セオの顔を何とかしたいと思う。


「二人ともごめん、ありがとう」


「ほらほら、私達に謝る前にまずはテオとセオに話をしないと。私達だけで勝手に話を進めても意味が無いでしょ」


 リズに言われて気付く、確かに二人の事なのに、二人の意見が置き去りだ。

 俺は自分の為の意見を言って、肝心の二人を無視して話を進めていた。改めて考えると凄い我が儘だな。


 俺はまだ楽しそうに笑っているスゥニィを見て、頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、我が儘を言ってすいませんと頭を下げる。

 そして座り込んでいるテオと俯いているセオの側に行き、二人と話をする。


「二人とも、俺だけで勝手に話を進めてごめんな。それで、二人が良かったらさ、考えが纏まるまででもいいから俺達と旅をしないか?」


 すると俺の言葉にテオは声を出そうと口を開くが、少し躊躇った後に、でも……と呟いてから、恐る恐る隣で俯いているセオをみる。

 セオはずっと俯いたままテオに見られていたが、顔をあげると俺の目を真っ直ぐ見た。


「どうして、ですか?」


 セオにそう言われて、俺は一度リズとレイナの方に目を向けて、それからセオに向き直り、ゆっくりと喋り出す。


「どうして、か。俺も、三ヶ月前までは今のセオと同じで色々と諦めていたんだ。でも、今は変わった。楽しく生きている。テオとセオの笑顔を見たら、俺はもっと楽しくなる。俺はテオとセオの笑顔が見てみたい、だからかな」


 テオの笑顔は助けた時に見たけれど、セオの笑顔はまだ見てないからね。俺がそう言うと、セオはまた俯いてしまった。


 そして、涙を流しながら小さい声で、お願いしますと呟いた。


 それを聞いてテオの顔が明るくなる。いいのか、兄ちゃん達と一緒でいいのかと繰り返しセオに言って、うるさいと怒られていた。

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