第2話 魔物との初遭遇
頭の中で霧が晴れるようにうっすらと意識が戻ってきた、ゆっくりと目を明けると半月と三日月が空に浮かんでいる。
なかなか思考が追い付かず、見るともなく二つの月を眺めながら目を瞬かせる。
「どのくらい眠っていたんだろう」
体を持ち上げて辺りをぼんやりと見渡す、そこは、二つの月に照らされ山の形に切り取られた星空が広がる平原だった。
「夜か、夜なのに明るいな」
二つの月と沢山の星の光で夜なのに辺りは明るい。
まだ意識はハッキリしないが、頬を撫でる涼しい風が気持ち良い。
少し血の巡りがよくなった頭でもう一度月を見上げた。
「あれ?月が二つ?」
まだ意識がハッキリとはしていないのだろうか?とりあえず立ち上がって何度か屈伸をしながら体を解すと、漸く頭が回りだし、さっきまでいた山とは違う、別の場所に来たんだと実感出来てきた。
「あの空間の先、だよな。月が二つって事は地球じゃない、のかな」
二つの月をぼんやりと見上げながら記憶を確かめ考えを巡らせていく。
山で飛び込んだ空間の歪み、その先の、海底に沈む様に落ちた空間、そこで死にそうになり気絶する様に眠りに落ち、そして目を覚ませば二つの月。
少し前の記憶と目の前の景色を見て、地球とは別の世界に来たのだろうと自分に言い聞かせる。
そして知らない世界に来たんだと思うと心の中に何か、もう一つの感情が浮かんで来る。
喜び?でも今はまず別の事を考えよう。
「腹は減ってないけど喉が渇いたな、とりあえず歩くか」
わざとらしく呟いて自分の気持ちを誤魔化し、何か場所を知る手掛かりは無いかと月明かりで明るい平原を適当に歩きだす。
静かだ、風に揺れる草と虫の声、そして自分の足音しか聞こえない。
月明かりだけを頼りに暫く草を踏む音を聞いて歩く、建物か何かないだろうかと歩いていたら左の方に小さな林が見えてきた。
辺りに何もない草原の中にポツンとある林を見ると、頭の中に砂漠のオアシスが思い浮かぶ。
もしかして林の中に水場があるんじゃないか、何となく林に行った方がいい気がする。
特に宛てもないし行ってみるか、そう思い林に入る。
膝ほどの草を踏み分け、日本では見た事がない木と聞いた事がない虫の鳴き声に怯えながら林の中を歩くと、少し先に木の生えていない場所が見えてきたので足早に向かう。
すると突然視界が開け、木に囲まれた小さな湖が見つかった。
「ふ~、近くに水場があって良かった」
辺りを気にしながら湖まで歩き、そのまま湖の淵にしゃがみこんで水が澄んでいるのを確認する。
見た目はかなり綺麗だ、自然の水など飲んだ事は無いが喉の渇きには逆らえず、両手で水を掬い喉を潤す。
恐る恐る飲み込んでみるとかなり美味しい、しばらく夢中になって水を飲む。
何度も両手で掬い水を飲み、漸く満足したのでふと水面を見てみると、そこには二つの月と、黒い髪に右の瞳だけが赤く光る中学生ぐらいの男の子が映っていた。
「ひっ、だっ誰だ!」
思わず叫んで後ろを振り向くが誰もいない。
今のはなんだともう一度水面を見るとさっきと同じ顔が映っている、後ろを見ても誰もいない、水面を見ると男の子。
しばらく考えて、考えて考えて、よくよく見てみると、右目の色以外は中学生の頃の自分に似ている事に気付いた。
「お、俺?」
水面の揺れる少年を見ながら右手で頬をつねると少年も頬をつねる。
「はぁっ?え?俺、若くなってる?」
混乱しながら何度も頬をつねったり叩いたりするが水面の少年も同じ動きをする。
それでようやく水面に映る少年が自分だと認識出来た。
「変な空間に飛び込むと月が二つある場所に来て、体は若返りましたとか、夢じゃあないんだよな」
頬をつねったときも痛かったしな。
そう考えながら、若返った自分を風に揺れる水面に映しまじまじと確認する。
服が少し大きめに感じるので体は少し縮んでいるようだ、百七十あった身長から五センチ程度は縮んでいるだろうか。
髪は黒だが少し赤が混じっているように見える。
左の瞳は黒、右が赤色になっている。
右目が月明かりに照らされて光っているように見える、少し怖い。
顔も幼くなっている、十四歳くらいだろうか。
そこまで確認すると顔を上げ、二つの月を見ながら呟く。
「ここがどんな場所かはわからないけど、知らない場所で生きていくなら子供の方が何かと融通も効くだろ」
まだ頭は混乱し、心は纏まらないが若返った事はこれから人生をやり直すには都合がいいと前向きに考えよう。
若返った事に驚きすぎてまた喉が乾いたのでもう一度水を飲み、そのまま湖の淵に腰を降ろし、さてこれからどうするかと暫く考えていると、湖の反対側から何か嫌な気配が近づいて来るのに気付く。
「何か、来る?」
現地の人だろうか、でも熊とかが水を飲みに来たらまずいしまずは隠れて確認をしよう。
そう決めると音をたてないように慎重に右側の林に歩いて行き、大きめの木の影に隠れる。
しばらくするとガサガサと草をかき分け、俺がここに来た方向と反対側の林の中から五人の小さな人影が歩いてきた。
「子供?」
背丈が俺の胸くらいしかないので最初は子供と思ったけどこんな夜に子供が出歩くのか?
そう思ってよくみると何かおかしい。
頭に髪は無く、月明かりに照らされた肌は緑色に見える、耳は細長く尖り、目は吊り上がって口は大きく開き、歯というより牙のようなギザギザが並んでいる、人の形をしてるけど絶対に人間じゃない。
この世界で初めて見た生き物、こんな顔の生き物と意思の疎通が出来る気がしない。
もしかしてこの世界にはまともな人間がいないのだろうか。
とにかく情報が欲しい、なので先頭の人影をもう少し詳しく調べようと凝視してみる。
すると右目が少し熱くなり右目の前に文字が浮かび上がる。
ゴブリン
魔物
魔力強度:6
スキル:無し
「なっ!」
目の前に浮かんだ半透明の文字に思わず声を出してしまう、慌てて口を手で塞いで木の陰に隠れた。
幸い向こうまで声は届かず気付かれてはいないようだ。
「名前と……魔力強度……が見える?」
ゲームなどした事は無いがそういう物は知っているし、そういう描写が出るような物語の本も読んだ事があるので、そういう事だろうかと気持ちを落ち着ける。
もう一度、確認するように今度は別のゴブリンも見てみる。
やはり右目が熱を持ち、目の前に半透明の文字が現れる。
「他も似たようなもんだな。ゴブリンか、確か…物語だと邪悪な妖精、又は魔物として扱われてて、人間の敵だよな」
記憶にある物語の内容を思いだし、色々と考えている間に五匹のゴブリンは湖の淵まで来ていた、そして前の方にいた三匹のゴブリンが犬のように四つん這いになり水を飲み始める。
顔も汚いが飲み方も汚いな。
そう思いながら、前の三匹が四つん這いになったので、前の三匹に隠れて頭しか見えなかった後ろの二匹に目を向ける。
後ろにいたゴブリンは、何か大きな荷物を肩に乗せて二匹で担いでいるようだ。
「体は小さいのに意外と力あるな、いや、あれ荷物じゃなくて人じゃないか?」
気付かれないように小さく呟きながら、ゴブリンの担いでいる荷物を見ると人のように見えた、なのでステータスを見たらわかるかもと先程のゴブリンを見たように目に力を入れる、すると右目が少し熱を持ちステータスが浮かび上がる。
リズ:14歳
人間:冒険者
魔力強度:8
スキル:[採取]
状態:気絶
やっぱり人だ、そして俺のこの目はスキルや体の状態も確認出来るようだ。
この世界に人間がいた事に少し安心するが、この状況はどう考えても魔物が人間を拐っているようにしか思えない。
魔物が人を拐う、自分は文字としてステータスが見える。
考えの及ばない事が続き本当はやっぱり夢でも見ているのかと思ったが、ここに来て目が覚めてからの事は全てハッキリとした感覚があったし、美味しかった水の味も覚えている。
とにかく考えるのは後だと思い、もう一度ゴブリンに目を向ける。
そして担がれた人を見て助けるかどうか迷う。
知り合いでもなんでもないので、このまま見捨てても別に問題ないはずだ。
ましてや相手は五匹、この世界の言葉もわからず、魔物と会話が出来るとも思えない、助けるなら戦闘になるだろう。
現に気絶した人間を拐っている様子から人と敵対しているはずだ。
「どうしたらいいのか、あの様子じゃ親切に気絶した人を助けてるって雰囲気でもないし多分、繁殖する為だよな……」
本の知識を元に女の人の最悪な未来を想像してしまった、そしてまた考える。
俺は、今までの人生で人の善意にはほとんど触れた事がない。
記憶にあるのは父からの暴言や暴力、近所の人の嘲笑、学校での疎外感だ。
そういう目に晒されてきた俺は、他人には何も期待しない、してはいけないし関わるなという考えを持って生きてきた。
その考えに従うと別に見捨ててもいいじゃないかと思うはずだ。
だけど、何故かステータスに人間という文字を見た時に助けたいと思ってしまった。
危険を侵して助ける義理なんてないよな、頭ではそう思う。
大人しく隠れてゴブリンが満足して帰るのを待てばいい、そう思うけど何故か胸がざわつく。
「情報、そうだ情報だ。何も知らない世界で生きるには何より情報が必要なんだ、俺がこの世界でこれから生きる為に」
俺は自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟く。
そして自分にもステータスがあるかもと考え、まずはステータスを見て考えようと自分の体を凝視する。
冬馬:如月:14歳
人間:異邦人
魔力強度:13
スキル:[魔力操作] [魔眼] [魔力回復:大] [空間把握] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感]
状態:活性化
「は?」
「……俺のスキル多いな」
自分にもあるかもとは思ったけど魔力強度の高さやスキルの多さ、それと状態の活性化など、自分のステータスに一瞬呆気に取られてしまった。
だがこのステータスなら助けられそうな気がする、情報が欲しい……助けよう。
そう決めたらステータスなどは後回しにしよう。
先ずは救出してからだ、そう考えてゴブリンに目を向ける。
最初に水を飲んでいたゴブリン達は、満足したのか後ろのゴブリンに何か声をかけると二匹が担いでいた人を受け取る、すると今度は後ろの二匹が水を飲みだす。
「ヤバい、早くしないとアイツら移動しそうだ」
どうやって助けようか。
まず五匹相手に正面から戦うのは流石に無謀だよな。
人生で初めての戦闘だ。
「四年間親父と殴りあったけどそれと一緒にするわけには行かないよな」
相手は五匹、しかも殺さないと助ける事は出来なそうだ。
相手を殺す事を考える、俺が有利な点は向こうに気付かれていない事、それと魔力強度が相手よりかなり高い事だ、魔力強度は多分レベルみたいな物だよな、直感的にそう思う。
それを考えたら奇襲から一気に力押しがいいような気がする。
そうなると見晴らしのいい平原よりは隠れる木がある林の中で仕掛けるべぎだな、そこまで考えてゆっくりと、ゴブリンが歩いて来た方へ音をたてないように回り込んでいく。
音で気付かれないように少し遠回りしながら、ゴブリンが出てきた場所の後方に向かって歩き、ギリギリ湖が見える場所まで回り込む。
ゴブリンの方に目を向けるとまだ休憩しているようだ。
そして丁度ゴブリンが出て来た場所のあたりまで歩いて来ると、突然草が消え一メートル程の幅がある踏み均された獣道を見つけた。
獣道はゴブリンが休憩している場所まで繋がっているのでここを通って来たんだろう、来た道を引き返すならここを通るだろうなと思い、それならここで仕掛けようと、獣道のすぐ側にある木を登る。
目が覚めてから体がいつもより軽い気がしていたけど木を登る時に軽々と登れた事に驚いた。
木の上で丁度いい太さの枝に乗り、ゴブリンを見ながら少し待つと、休憩が終わったのかゴブリンが歩いてくる。
「よしっ、やっぱりここを通るな、大丈夫だ、きっといける」
不安と迷い、恐怖を打ち消すように自分を鼓舞し、ゴブリンを待つ。
「ギャギャッ」
「ゲギャギャッ」
何やら会話のようなものをしながら歩くゴブリンが近づいてくるにつれ、心臓が痛いぐらいに高鳴る、俺は心の中で落ち着け、落ち着けと繰り返す。
ゴブリンは腰布に太い棒の様な物を差した二匹を先頭に、真ん中に人を担いだ二匹、後ろを警戒するような仕草の一匹という隊列だ。
そしてそのまま俺が隠れる木の下を通る。
まずは先頭の二匹を無視する、そして真ん中の二匹も無視、最後の一匹が通り過ぎる。
今だ!心の中で叫びながら最後尾のゴブリンの頭に向かい勢いよく飛び出した。
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