神隠しからの成長記

トラバーユ

序章

第1話 プロローグ

 

「はぁっはぁっはぁっ」


 日も落ち、月明かりに照らされた山道を、脇目も振らず駆ける一人の少年がいる。


「はぁっはぁっ、ふぅ〜」



 長い距離を休まず走ったのだろう、少年は体を汗だくにしながら大きく息を吐き出すと、一度背後を振り返った後でゆっくりと速度を緩め歩きだす。


 少年の名前は如月冬馬。

 先ほど実の父親をその手で殺し、アパートから飛び出して来たのだが、返り血で汚れている為に人目を避け、近くの山に逃げ込んできたところだ。


 ヤクザくずれのチンピラだった冬馬の父親は、息子に対し幼い頃から暴力を振るい続けていた。

 まともに学校も通わせてもらえず、そのせいで友達も出来ないどころか中学生になるまで虐めの対象にもなった。

 中学生になり直接的な虐めは無くなり空気のような存在になったが結局高校には行けず、卒業してからはコンビニでバイト生活をしていた。


 家を出て一人で暮らす為に無駄遣いもせずに貯めていたバイト代を父親に使い込まれ、酔った父親と口論になり、殴り合いになり、酔いのせいか止まらなくなった父親が包丁を持ち出して、殺されそうになったところを揉み合いになり、運悪く父親の胸に包丁が刺さって死んでしまったのだ。


「ようやく糞親父から離れて暮らす目処がついたと思ったのに、ちくしょうっ!糞親父のせいで人生を棒に振るなんて」


 冬馬は歩くのをやめ、近くの手頃な木に背中を預けながら座り込む。そして汗が引き、冷えた身体と思考で考えてみる。


 まずアパートに戻り、警察を呼び正当防衛の事故だったと必死に伝える、そして警察に協力してもらい、顔も覚えていない母親を探し保護者になってもらう。

 未成年ということで新聞やテレビでは名前を報道されないだろう、母親の元なら事故の事も話題にならないかもしれない。


 ははっ、冬馬は自嘲気味に笑うと頭を振る。


 警察に言う、確かに事故として処理されるかもしれないが、周りに父との不仲を知られていた俺は散々に疑われるだろう。

 母親を探す、例え探し出せたとしても物心つく前に捨てた息子が十数年振りに現れても迷惑がられるだけだ。

 それにこの情報化社会、例え身分を隠して働いた所で何処から父親殺しの情報が漏れるかわからない、もし情報が漏れてしまえばまたあの視線に晒されるだけだ。


 蔑むような、嫌悪感を隠そうともしない父の視線。汚い物でも見るかのような近所の視線。まるで俺がそこにいないような、空気でも見るかのようなクラスメイトの視線に。


「まともな未来が見えて来ないな。生きてても良い事なんて無かったし死ぬのもいいかもなぁ」


 友達も出来ず、ずっと一人で過ごすことが多かった為に独り言が癖になっている冬馬がブツブツと呟いてると、サイレンの音が聞こえてきた。

 音のする方を見るとアパートに沢山の赤色灯が向かうのが見えてくる。


「玄関周りに沢山血が飛んでいたし、隣のオバチャンが通報したのかな」


 家を飛び出したせいできっと逃亡者扱いだな、深夜のニュースで流れるかも。そして近所のおばさんが、神妙そうな声で、口許を緩めながらまるで見てきたように有ること無いことを語るのだろう。

 アパートがある方に蟻の様に群がる赤色灯を見ながらそう考えていると、ふと右目の端に違和感を感じる。


「なんだ?」


 違和感のする方に意識を向け、目を凝らして見てみると、座り込んだ場所から右側五メートル程先にある木、その手前が蜃気楼の様にボヤけて輪郭がハッキリしないのだ。


 なんだろう、色々とありすぎておかしくなったのだろうかと考えながら立ち上がり、雑草を踏み分け木に近づいてみると、木の少し手前の空間が歪んでいるのがハッキリとわかる。


「なんだこれ?」


 思わずゴクリと喉を鳴らし、素っ頓狂な声を出す。


「え?いやっ、いやいやっ、は?」


 今日は父親の使い込みの発覚から始まり、殴り合い、事故と、短時間で色々とあったが流石にコレは冬馬の理解の範疇を越えている。


 先ほどまでの、他人事の様に考えていた色々な思考も頭から吹き飛んだ。


「狐に摘ままれた気分ってのはこんな感じか」


 まだ半信半疑だがなんとか気を取り直し、近くに落ちている石を拾って歪みに投げ入れてみる。すると石は吸い込まれるように歪みの中に消えてしまう。


 それを見て冬馬の脳裏には神隠しという単語が思い浮かぶ。確かめるように何度か石や落ち葉などを投げ入れ、消えて行くのを見ながら冬馬は考える。


 神隠しなんて本で見た事があるだけで本気であるなんて信じてはいない。だが、目の前で確かに石や落葉は何処かに消えていく。


 この歪みの先がどうなっているかなんてわからない。だけど目の前の歪みを見て、心の奥の方からこの先に行ってみたいという衝動が突き上げて来る。


「何かが変わるのなら、ここから逃げる事が出来るのなら」


 今までの生活で磨り減った心と、今日の出来事でこれからの生活に諦めを感じていた冬馬は、ほんの僅かの期待を持ち覚悟を決める。


 それは現実逃避、自棄っぱちと言われる類のものかもしれない、だが。


「何もせずにいるよりマシだ!」


 自分を奮い立たせるように大きく叫び、冬馬は目を閉じて勢いよく頭から飛び込んだ。

















 ゆっくりと落ちていく。


 冬馬が目を瞑り飛び込んだ空間の歪みの先は、濃厚な空気が泥のように身体中に絡み付く場所だった。


(ここはどこだろう、ってか目も開けられないし体も動かない)


 体が動かず瞼も開かない為に仕方なしに流れにまかせて落ちていく。

 まるで海の底に向かって沈んで行くように落ちていると、突然頭の上に濃厚な気配と熱が近づいてくるのを感じる。

 ゆっくりと近づいてくる気配に意識を向けると、大きな力と熱が集まって煮えたぎっているような、触れてしまうと体まで溶かされそうな激しいエネルギーを感じる。


 冬馬はその気配に危険を感じ、このままでは突っ込んでしまうと気配の場所を避ける為に必死に体に力を入れるが、意識だけが激しく暴れて体はピクリとも動かない。


(ヤバいヤバい)


 必死で力を入れるが、入れているつもりだが体は全く動かない、そのまま落ちていき、ついに気配の場所にたどり着く。

 途端、激しい痛みと共に何かが体の中に流れ込んで来る。


(がっ、ぐぅぅがぁぁぁぁぁっ)


 激しい痛みと熱、身体中に異物が侵入してくる気持ち悪さに思わず頭の中で叫ぶが痛みは止まない。


(ぐぅっ、がぁっ)


(いだっ、づっ、ぐぅぁっ、ぐぅぅぅ)



 動かない体が更に痛みを増す、特に頭の中と右目は容赦なく痛みと熱を増していき、まるで行き場の無い溶岩が脳と眼球の中で荒れ狂うかのような、掻き回される激痛と、激しい熱に明確な死を意識する。


(脳……がっ……焼け……死ぬっ)


 脳と右目を激しい熱に焼かれ、体中を異物に喰われる感覚、余りの痛みに何も考える事が出来なくなり、どのくらいの時間が過ぎたのかもわからなくなり、時間の概念すら頭から無くなった頃にようやく、少しづつ痛みと熱が和らいでいく。


(ぐぅ、なん、とか……生きてる……)


 痛みも無くなり熱も引いていき、異物が侵入してくる感覚も止むと何故か、目は開かないのになんとなく空間の全てを把握出来るような気がする。

 冬馬はまるで空間と一体になったような、空間と体の境目がないような不思議な感覚と安らぎを覚えながら、そのままゆっくりと眠りに落ちていく。





  [魔眼] [魔力操作] [魔力回復:大] [熱耐性] [痛覚耐性] [直感]を獲得しました


 魔素と融合し細胞が活性化しました


 シュラミットに認識され、受け入れられました

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