夜歩く
破死竜
夜
よく晴れた、それだけに熱は空にまるごと吸い上げられてしまって、地上は冷え切っている、そんな夜だった。
私は、なんとなく家にいたくなくて、街に出ることにしたのである。
一人でいたくはなかった。なのに、何人もの男友達や、それ以上の関係を持った相手たちとは連絡を取ることが嫌で、気持ちは中途半端であることは自分でもよくわかっていた。
「あれ・・・・・・」
ふと、周りを見渡す。行き交う人々の中に知った顔は見られない街中だ。その人たちの顔が変化していることに、私は気が付いた。
虫、だった。
垂直に背を伸ばしたカマキリが服を着て歩いている。コートの裾からその羽をのぞかせるセミもいる。
季節にも合っていないが、そもそも人型の大きさの虫は、この星にはいないはずだ。服を着た虫は、この国にはいないはずだ。
彼らは、ヒトの言葉を話し、こちらにも何の興味も抱かず、この街中を当たり前のようにすれ違いそして通り過ぎていく。
どうやら、おかしくなっているのは、私の方らしい。
親切そうなカメムシに話しかけてみた、
「あの」
「はい?」
どうやら、人間の言葉で会話も通じるらしい。
「すいません、駅はどちらでしょう?」
「ああ、それなら・・・・・・」
知っている場所を訊ねることで、地形や建物の配置が変わっていないことも確かめられた。脚を使っていること以外、行く手を示すその仕草はヒトとまるで変わらなかった。
礼を言って、そちらへ向かうフリをしてみせた。彼女(?)の姿が見えなくなったところで、路地に入った。
さて、どうするか。
手鏡を取り出し、自分の顔を見つめながら考える。そこには、ヒトとしての貌が何一つ変化なく写っていた。
この分ならば、きっと気付いた様子を見せなければ、他のヒト(※見た目はもう虫だが)側から見た私の存在も、違和感なくこの街にあり続けられるのだろう。ただ、私が私をヒトの姿だと認識しているというのに、他のヒトたちは私にだけは昆虫の姿に見えている。それだけだ、違いは。
「なんだ、叶ったじゃないか」
私は微笑した。
なぜって、誰とも離れずに、それでいて、一人だけでいられる。私は、そんな場所に行きたかったのだから。そんな望みを持って、私はこの夜、この街に出てきたのではなかったか。
安心した私は、そっと路地の入り口へ足を向けた。その途中、飛んできた蚊を一匹、掌でつぶした。そいつは、ヒトの形をしていたようにも見えた。けれども、私はもはや気にしなかった。だって、それこそは、この夜この街ではもう当たり前のことになっていたのだから。
終わり。
夜歩く 破死竜 @hashiryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
エッセイ、他/破死竜
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
串を抜くように/破死竜
★1 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます