宇宙葬、請け賜ります

京高

第1話 宇宙葬

 ジリリリリリリン。ジリリリリリリン。

 うらぶれた雑居ビルの一部屋に甲高いベルの音が鳴り響く。


「うるせえぞ!!」


 さらに隣室から怒鳴り声と安普請の壁を叩くドンドンという音が追加されると、観念したかのようにソファに寝転がっていた男が起き上った。


 まだ半分閉じた目をこすりつつ騒音の元となっている目の前のテーブルに置かれた物体に目をやると、そこには持ち主の趣味を反映した特注の黒電話があった。

 音声認識が主流となりナンバープッシュをすることもなくなって久しいのに、これはご丁寧にダイヤル式という念の入れようである。


 ぼんやりしている間も呼び出しのベルは鳴り続けている。

 ついでに隣室からの苦情が脅迫めいたものに変っていた。

 男はコホンと咳払いをして「あー、あー」と声の調子を確かめてから受話器を取り上げた。


「黒羽葬儀社でございます」

『そちらで宇宙葬を取り扱っているというのは本当ですか?』


 こちらの名乗りにかぶせるように質問が飛んでくる。言い方こそ丁寧だったがどこか高慢さが感じられる。

 男は眉をひそめてどうしたものか悩んだが、客かもしれないので正直に答えることにした。


「はい。確かに当社では宇宙葬を行っております」


 その途端、受話器の向こうから大声が響いてきた。


『あんな野蛮で愚かなことをまだやっているのか!いいか、お前たちは死体と一緒に地球の様々な雑菌を宇宙にばら撒いているんだぞ!』


 どうやら電話をかけてきたのは客ではなく宇宙環境保全家だったらしい。

 彼らに言わせれば、宇宙葬は地球の毒を宇宙に撒き散らす行為なのだそうだ。延々と御高説が流れてきている受話器を片手に男は面倒臭そうな顔をしていた。

 放っておいても良いのだが、一応こういう時用のマニュアルに沿って応対することにする。


「貴重なご意見ありがとうございます。ですが当社は行政から正式な認可を得て取り行っております」


 ただし、随分昔のことで更新などはしていなかったりする、らしい。


『この街で宇宙葬が公式に認められていたのは十年も前の話だ!今は我々の意見が通り自粛している!』


 どうやら相手はちゃんと調べているようだ。

 当然のことといえば当然のことなのだが、中には自分の考えに酔って下調べもせずに文句を言ってくる輩もいたりする。

 そういう類であれば『行政』や『正式な認可』といった言葉をちらつかせれば大人しくなるのだが、残念ながら今回は違っていた。

 こちらの不備を論破したことで、相手はますます勢いづいて話が終わる気配がない。


 ガチャン。


 面倒になった男は躊躇せずに電話を切った。するとすぐにジリリリリリリンとまたベルが鳴り始める。

 受話器を取ると、


『こちらの話している最中に切るとは何ごと――』


 ガチャン。

 途中で電話を切られて怒り心頭な声が響いてきたのですぐさま切る。


 ジリリリリリリン。

 ガチャン。

 今度は出ずに切る。


 ジリリリリリリン。

 ガチャン。


 ジリリリ、ガチャン。

 ジリリ、ガチャン。

 ジリ、ガチャン。

 ジ、ガチャン。


 ………………。

 …………。


 受話器の上げ下げで対応していると、諦めたのかようやく静かになった。

 その時になってようやく電話の横にメモが置かれてあることに気がついた。


〈カラス君へ❤

 ちょっと出かけてくるからヨロシク。夕方までには帰る予定だよ。

 あ、それとお客さんが来ることになっているから、私が帰る前に来たら相手していてネ。

 社長より愛を込めて❤〉


 男は無言でそれを丸めるとごみ箱に放り込む。

 可愛い女の子、もしくは綺麗なお姉様ならともかく中年のオヤジにハートマーク付きのメモを残されても気持ちが悪いだけだ。


 そしてカラスというのはこの男のあだ名で、『黒羽』葬儀社の従業員なのでカラスという安易なネーミング――社長いわく「黒子や裏方という意味があったりなかったり」するとのこと――である。

 ちなみに彼で十八人目のカラスらしい。


 時計を見ると既に昼の一時を回っている。テレビをつけると昼のバラエティー番組は終わり、次のトーク番組が始まっていた。

 司会にもゲストにも特に興味が無いので消す。

 メモの通りなら社長が返って来るのは夕方で、来客もそれに合わせてくるはずだ。


「もう少し寝ていられるかな」


 そう呟いてカラスがソファに横になった途端、今度は入口の扉がドンドンと大音量をあげ始めた。


「カラス君、いるんだろう?匿ってくれないか!」


 電話のベルのうるささに耐えきれなくなった隣人が怒鳴りこんできたのかと思ったが違うようだ。聞き馴染みのある声が扉越しに聞こえてくる。


「カラス君?いないのかい?……ああ!もうこの際社長でも誰でもいいから開けてくれ!」


 悲痛な声が響くと、


「うるせえぞ!コラ!こっちは夜勤明けなんだ!静かにしろ!おい、葬式屋!さっさとこのクズを黙らせろ!」


 今度こそ隣人がキレてしまった。

 カラスが扉を開けると気の弱そうな男性がペコペコと頭を下げていた。彼もまたこの雑居ビルの住人で、物書きをしているためカラスたち知り合いからは『先生』と呼ばれている。

 隣人がジロリと睨んで来たので、仕方なくカラスも頭を下げると「ふん!」と鼻息荒く部屋へと戻っていった。


「先生、騒ぐなら余所でやって欲しいんですけど。俺まで怒られちゃったじゃないですか」

「ご、ごめんよ。ああ、それよりも早く匿っておくれよ」


 カラスが愚痴ると先生は一応謝るものの、気が気ではない様子だった。


「また編集さんから逃げているんですか?」


 カラスの言う『編集さん』というのは先生に仕事を持ってくる人のことなのだが、どこをどう見てもその筋の人にしか見えない風貌をしていた。

 どうやら先生は彼に借りがあるようなのだが、詳しいことは分からないし知ろうとも思わない。先生がどんな仕事をしているのかも含めて、世の中には知らない方が良いことが沢山あるものなのだ。


「別に逃げている訳じゃないよ。ただちょっと気分転換する時間が欲しいだけさ」

「さっき匿ってくれって言っていたくせに。ダメですよ。もうすぐ来客があるんですから」


 本当はもう少し先だが、これも面倒事を追い払うための方便だ。

 しかしその程度であきらめる相手ではなかった。


「そこを何とか頼むよ!事務所が駄目なら奥のキッチンの隅にでも置いておくれよ。何なら風呂桶の中でも良いから」

「この建物に風呂場が付いている部屋なんてないでしょうに。それとキッチンの隅ってゴキブリみたいで気持ち悪いから却下」


 取り付く島もなく冷たく言い切って扉を閉めようとするのだが、先生がそれを必死に引き留める。いつもなら諦めているはずなのに、今日はやけに食い下がってくる。余程切羽詰まっているということなのだろうが、それだけに関わり合いにはなりたくない。


「いい加減にしないと温厚な俺でも怒りますよ?」

「頼むよ!入れておくれよ!どうしても無理だって言うなら代わりにどこか隠れられる場所を教えてよ!」


 今度は泣き落としか、と思ったら先生は本当に泣いている。ただでさえ貧相な顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「隠れる場所って言われてもなあ。うーん……」


 そんな場所がすぐに思いつくはずもなくカラスは頭を捻った。ふと、昨日会った顔見知りの路上生活者の言葉が思い出された。


「ああ!確かシゲさんが今日は教会の配給をもらいに行くって言っていましたよ。だから夜までは帰って来ないはずです」


 近くにある教会では慈善団体とともに福祉事業の一環として月に数回炊き出しを行っている。しかしこうした行為が浮浪者を呼び寄せる一因となっているため、表立ってではないものの近隣住民や町の有力者からは疎まれているのが現状である。


「シゲさんの家?あんまり行きたくないなあ」

「それなら自分で何とかして下さいよ」


 せっかくの名案にケチをつけられてカラスはぼやいた。

 しかし先生の反応も分からなくはない。シゲいわく「雨風をしのげる最高の我が家」とのことだが、ダンボールハウスはどこまでいってもダンボールハウスでしかない。しかも中は拾ってきたゴミが散らかっていて、とてもでないが衛生的とは言えない状態だった。


「悪いけど他に思い当たる場所はないですよ」

「わ、分かったよ。とりあえずシゲさんの家に行くことにするよ」


 これ以上付き合ってはいられないのできつめの口調で言うと、先生はカラスの案に従うことにしたようだ。


「このことは編集さんには内緒にしておいてくれよ」


 最後にそう言い残して先生は雑居ビルから出て行った。「ふう」と一息ついて扉を閉めようとした矢先、先生が下りて行った階段からドタドタと駆け上がってくる音が聞こえてきた。


「おっ、良い所にいたな!カラス!お前先生を見なかったか?」


 やって来たのは先生との会話に出ていた編集さんだった。


「先生ならついさっき出て行きましたよ。下で会いませんでしたか?」

「くそっ!一足違いか!連絡入れても返事を寄こさねえから気になって見に来たらこれだ!」


 編集さんは悔しそうに地団駄を踏んだ。


「うるさいって何度言えば分かるんだ!いい加減にし、ろ……」


 その音に再度隣人が文句を言いに出てきたのだが、編集さんの顔を一目見るなり引っ込んでしまった。


「さっきまでいたっていうことは、どこに行ったのか知らねえか?」

「シゲさんの所に行きましたよ」


 先生からは内緒にと言われていたのにカラスはあっさりばらしてしまう。


「シゲ?ああ、あの浮浪者か。ちっ!あんな汚ねえところにいるのか」

「夕方にはシゲさんが戻ってくるので放っておいても追い出してくれますよ」

「何だ、不法侵入なのか?」


 不当に占拠された場所でも不法侵入になるのだろうか、などとどうでもいいことを思いながらカラスは答える。


「そのはずです。留守だから隠れられるって教えたらいやいや行きましたよ」

「お前の入れ知恵か。今回は情報提供分として不問にしておいてやる」

「うっす。あ、先生を見張りながら時間を潰すなら良い店がありますよ」


 と、シゲの家がある公園を見渡すことのできる店の名前を伝える。


「お前の行きつけの店だろう?俺が行っても良いのか?」


 このあたりの気遣いができるところが編集さんの良い所だ。それでも顔の怖さの方が上回っているので、全体からするとまだまだマイナスである。


「あの店、一ヶ月くらい前に店長が変わって女の子の質が落ちたんですよね。最近は行っていないので気にせず使ってください」


 ちなみに女の子の衣装が多少際どいだけのごく普通の喫茶店である。


「そういうことなら使わせてもらうぜ。それじゃあな」


 そう言うと編集さんは来た時と同じようにドタドタと音を立てて去って行ってしまったのだった。


 騒がしい人たちが立て続けに来襲したおかげで、カラスの眠気はすっかり吹き飛んでしまっていた。

 すると今度は無性に腹が減ってくる。幸い昼飯時からは少しずれているので、今ならどの店に行ってもさほど混んではいないだろう。

 カラスは黒羽葬儀社と書かれたドアの鍵を閉めると、ゆっくり階段を下りて行くのだった。


 表に出ると午後の日差しが容赦なく地面を焼いていた。まだ春のはずだが、年々温暖化の影響が強くなっている――しかし、その割に冬は今までと同じで寒いのは何故だろう?と不思議に思ってしまう――気がする。

 時折その日差しを遮り影が走る。何ともなしに空を見上げるとエアカーが走っているのが見えた。


 カラスは近くの定食屋に向かい歩き始めた。




 重力遮断技術が開発され世界は大きく様変わりした。


 具体的には車やバイクが空を走る空想の世界が現実のものとなったのである。宇宙への進出にも拍車がかかり、大気圏外に作られた巨大な太陽光発電装置から安全、クリーンな電力が安定的に供給されるようになる。

 そしてついには、南の海上に巨大な人口都市すら浮かぶようになっていた。同時に重力遮断装置の小型化、低燃費化も進み自転車型のエアバイクも一般化している。


 黒羽葬儀社が行っている宇宙葬もこうした低燃費型の重力遮断装置を利用しているのだが、この宇宙葬、いろいろと問題があり多くの国で廃止の方向で検討が進められている。

 その問題と言うのが先程の宇宙環境保全家の主張するようなもの、ではなく、犯罪に利用されているためである。


 端的に言うと死体遺棄で、その手の筋の『コンクリ漬けにして海にドボン』に代わる新しい証拠隠滅方法として使用されているらしい――宇宙に出た遺体が回収されたことはないのであくまで推論の域を出ない――のである。

 しかし、そうした社会の潮流に逆らい宇宙葬を望む声が多いこともまた確かであり、それに便乗して食いつなぐカラスたちのような人間もいるのであった。

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