優しい陰陽師の千年桜奇跡譚

序幕《プロローグ》

 春の暖かな、そして優しい風に吹かれ、ひらひらと桜の花びらが散っていく。

 微かながら桜の甘い香りが鼻腔を擽り、思わず顔を上げた。

 コンクリートのビルと一緒に心さえも硬くかちこちに凍りついてしまったのかと常日頃つねひごろ思っている都会にも等しく春は訪れ、柔らかな桜、暖かい春風を感じられるのかと感心する。

 流石、大都会、と言うべきか、色とりどりの看板が立ち並び、きらびやか。

 私としては、目がちかちかする上、人が多く、空気も悪いので、あまり好きにはなれないから必要最小限しか来ないが今日だけは特別だ。

 いつもは暗く窮屈なこの道も心なしか広く明るい。

 たぶんだけど。

 その理由は簡単。

 久しぶりに大好きな親友たちに会えるのだ。

 そんなに喜ぶことかと思うかもしれないが、家が遠く、それに加えて最近はお互いに色々と仕事などもあり、予定が合わず、なかなか会えないでいた。

 そうこうと考えている待ち合わせの場所である大型商業施設の前まできた。

 なんとなく、建物の中を覗いてみる。

 綺麗に着飾った女性やその女性の荷物持ちと化している男性、仲良さげな家族や友人同士、様々な人でかなり賑わっている。

 右手につけたプレゼントとして貰った腕時計を確認する。

 革のベルトに小振りな時計盤。

 特殊なものらしく、中学一二年の時に黒鴉こくあくんに貰ってから一回も止まることも壊れたこともない。

 この日を楽しみにしすぎたせいか約束の時間まで二十分から早い。

 少し覗く分には構わないだろう。

 入ってすぐの所に本屋を見つけた。

 思わず、吸い込まれるように店内へ。


「ふふふ」


 周りから見れば怪しいと思われるだろうが笑みがこぼれる。

 何回目になったとしても自分の本が書店に並ぶというのは嬉しい。

 今回、書店に並んだものは最近書いている長編だ。

 文庫本で五巻まで出ているがまだ終わる目処はたっていない。

 まぁ、当たり前だ。

 何て言ったってこれから会う大好きな親友の一人の人生を描いた謂わば伝記のようなものなのだ。

 短いわけがない。

 でもまぁ、普通の人が読んでもただの和風系ファンタジー、妖怪小説としか思わないだろう。

『作家・白天はくてん 木由もくゆの≪千年桜せんねんざくら≫シリーズ最新刊』

 そう書かれているポップを見つけた。

 何を隠そう私は≪千年桜≫シリーズの作者なのだ。

 勿論、白天木由と言う名前はペンネームで本名は天条てんじょう ゆずだ。


「あー!こんな所に居たんだ。探したんだよー」


 もう二十分も経ったんだろうか。

 最近時間の経つのがかなり早く感じる。

 声の主はぱたぱたといった効果音が似合いそうな小走りでやって来る。

 彼女の左側にいた男性が困った顔をしながら何かを言っている。

 着物の女性の顔を見る限り走るなと言われたのだろう。


「久しぶり」


 にっこりとしながら言われた優しい声音こわね

 誰かを安心させるような色を含んでいる。

 この声の主はさくら らんだ。

 今時珍しい着物を着た女性。

 淡い黄色の生地に白い帯で裾には紫蘭があしらわれているらしかった。

 髪は黒のストレートで彼女の腰辺りまであり、いつものあかの半球がついたゴムで左肩辺りで緩く結んでいる。

 瞳も黒だか決してきつい色ではなく、何かを憂うような、それでいて優しい光が宿っている。

 親友だとかを抜いたとしても可愛らしい女性だ。

 今、書いている千年桜の主人公だ。

 その隣で呆れた顔をしているのがしゅう

 少し癖のある黒い短髪に吸い込まれそうな黒の瞳。

 そして黒の着流しに深緑色の帯にその色を薄くしたような色の羽織を羽織っている。

 こちらも贔屓目に見ずともかっこいい。


「柚が珍しく時間通りにこーへんから、また厄介なことに巻き込まれたんかと思ったで」


 この洋服を着た関西弁の女性は藤葵とうき りょう

 綿シャツにジーパンと二人と比べて浮世離れはしていない。

 髪は飾りっ気のない紺のゴムによって高い位置で結ばれており、後ろ髪が楽しそうに揺れている。

 瞳は二人と同じく黒だが勝ち気な負けん気の強そうな光が宿っている。


「ごめんね。ちょっと早く来すぎちゃったと思って寄り道しちゃって」


 私が申し訳なくなり謝ると慌てたように、別に無事やったらええねんけどな、と返ってきた。


「じゃ、十九時頃になったら迎えに行くから。前みたいに勝手に帰んじゃねーよ」


 柊はそう強く念を押した来た道を引き返している。


「ほんま、過保護やなー」


 遠ざかる背中に向かってぼそりと呟いている。


「仕方ないんじゃないかな?蘭ちゃんは物凄く無茶しちゃうから」

「そりゃそうやな。心配すんなって方が無理か。」


 私と涼がそう結論付けると蘭はあはははと頬を掻きながら苦笑いを溢した。


「ま、取り敢えず今日は楽しむでー!」

「だね。今日はぜーんぶ忘れて昔みたいに遊ぼ!」


 蘭は涼の言葉に賛同すると、とと、と数歩先まで歩き、くるりとこちらを向いた。


「ね?」


 小首をかしげながら微笑むその笑顔はいくら時が経とうとも変わらない。

 蘭は私と涼の手をとり、引っ張っていく。


「ちょっ、何すんの」


 涼は恥ずかしがりながらやめるように言っているが蘭は聞くきはないらしい。


「いいんじゃない?今日ぐらい」


 私がそういうと渋々とった感じで諦めた。

 嬉しそうな蘭の顔を見ているとそのまま繋いでおいてあげたくなる。

 涼もそんな私の気持ちが伝わったのだろう。


「今日はどこに行くの?」


 私が聞くと無邪気そうな顔でナイショ!、と返ってきた。

 いつもはもっと年上の人にばっかり囲まれているので見下されたり馬鹿にされまいと凛としているがこういった顔の方がいいと思う。


「柚、聞いてた?」

「ごめん。ぼーっとしてた」

「今から桜川行くねんて」


 いつもの場所だ。

 蘭を見ると悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

 私にとってあの場所は人生を変えることになる出合いがあった場所。

 あの日、あの場所で出会っていなければきっと、作家にもなれていなかっだろうし、何よりも大好きな親友たちや大切な人にも永遠に出会えていなかっただろう。


「ねぇ、いつもみたいにお話の続き教えて?」

「自分のことなんやから聞かんでも分かるやろ。」


 最もな正論だが蘭にはそんなことは関係ない。

 こんな期待を込められた目で見られると断れない。


「いいよ。最初っから、でしょ?」


 そういうと幼い子のようにわーい、と人目をはばからずはしゃいでいる。


「柚。あんたな、あんま蘭を甘やかさんとき。調子乗んで」


 軽く頭を抱えている涼が、ただでさえ柊が甘やかしてる節があんのに、などとぶつくさといっている。

 喜んでいる蘭に、ただし、と付け加える。


「桜川に着いたらね。」


 私の唯一の特技と言っていいほど記憶力には自信があり、一度見たもの聞いたものは忘れず、一言一句言い漏らさない自信がある。

 だから何もなくても話せるのだ。


          ○


 桜川は一級河川のように大きく広いわけではなく、幅二~三メートルほどで浅いの小川だ。

 川岸には草木が程よいぐらいにあり、毎年この時期になると満開の桜が織りなす見事な景色。

 私はこの桜並木がこの世で一番美しいと思う。

 そんな場所の川辺にある原っぱが私たちの指定席。

 飽きもせず、いつも暗くなるまで語り合う。

 ちらりちらりと降る桜がまた雰囲気をつくるのに一役買っている。

 川のせせらぎが心地よい。

 街中まちなかよりも強く香る桜。

 青い空には綿菓子のような真っ白い雲がぽこぽこと浮かんでいる。


「じゃあ約束通り、始めようか」


 今までより少し強い風が一陣吹く。

 その風により桜の花びらが空高く舞い上がる。

 私はゆっくりと口を開く。




__『優しい陰陽師の千年桜奇跡譚』

            始まり始まり__

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る