第34話


「どうして……どうして母さんの名前を知ってるんだ!?」


「主様! 耳を貸さないでください、動揺させるてだけですから」


「いやいや、動揺させるとは心外ですね……主に何も言ってないんですか? 初代精霊召喚士?」


「━━黙れ!」




 周りの木が揺れる音を消すように、アグニルの叫び声が響く。

 ただの女性である母さんを、どうしてこの人が知ってる?

 それにアグニルも母さんを知っているのか、そんな感じがする。

 コスタルカは敵━━だけどこの人に話を聞きたい、母さんは僕が六歳の時、十二年前に突然死んだと父さんから聞いた、理由は聞けなかった。




「母さんの事……何か知ってるの?」


「━━主様!」


「ああ、知ってるよ。どんな人だったかも、どうして死んだかも、ね━━どうかな、ゆっくりと話をしませんか?」




 僕に手を差し出すコスタルカ。

 悪魔の囁きとはこの事を言うのだろうな、コスタルカは僕の知らない母さんを知っているのかもしれない、死んだ理由も。

 一人でいたら彼の手を掴んでいたかもな。だけど今は、




「僕の知らない母さんの話は聞きたい、だけど! あなたはアグニルとエンリヒートの敵、あなたの言葉に耳を傾ける気はない!!」


「主様━━そうですよ主様!」


「交渉決裂……か、残念ですね、それじゃあ力で話を聞いてもらいましょうか━━死界デモンズゲート!」




 コスタルカの声が鳴り響く時、上空には黒雲が現れ、その黒雲の間から突如として門が現れた。

 本当にこの人が呼んでいるのか? だけど精霊の姿は見えない━━本当に、




「さあ死界の門よ、侵略者アンドロットを呼び出しなさい」


「私はどうしたらいいですか、先生?」


「周りの連中は死界の門から呼び出した侵略者に相手してもらいましょう━━あなたは彼を捕らえなさい」


「━━はーい。それじゃあ如月君」




 二人だけで話が進んでいる。

 侵略者の数は数百は越えていて、他の所は見向きもせず、僕達の方へと向かってくる━━正確には僕以外だが。

 他の皆は侵略者と、僕は、




「━━雅! 今の君は本当の君なのか? 操られて━━」


「これが本当の私だよ……如月君、あの時は助けてくれてありがとうね。もう少しで本気であの二人を殺すとこだったよ」


「あの二人……シノとシルフィーの事!? あの時から君は」




 雅は別人のような動きの速さで僕との間合いを詰めてくる。

 手には太さのない、これはエンリヒートと同じ日本刀か、でもエンリヒートの日本刀よりも黒い、持ち手も刃先も、そして黒い靄みたいなのが見える。




「これは漆黒の剣……触れると痛いよ? だから早く諦めてよ、同級生だったから痛くさせたくないからさ」


「何が君をこんな風にさせる……あの男が何をしようとしているのかわかってるのか!?」


「……だから何? 私には私の目的がある、あなたみたいに生まれもった才能なんて無いから!」




 彼女の漆黒の剣は僕の体の右肩、左肩を触れる、切れてないので血は出てない、だけど謎な痛みを感じる。

 彼女の日本刀は速い、なんとか目で追いつく程度で、矢を放って反撃をする隙が見つからない。

 それに僕に才能がある、何の事を言っているのかわからない、だけど彼女の表情は嘘を言っていたり、馬鹿にしてはいない、真剣で━━初めて見る彼女の怖い顔。




「前までは弱気で、偶然強い精霊を召喚しただけだったのに、羨ましいな━━如月君に生まれ変わりたかったよ」


「何を言ってるのか僕にはわからない、僕は皆と一緒で普通の学生、それに母さんは普通の人だ! 才能なんて━━」


「本気で……本気で言ってるの? もし本気で言ってるんなら、如月君は相当なお馬鹿さんだね」


「何が言いたい、はっきり言ったらどうだ?」




 彼女は笑う、まるで馬鹿にしたような笑み。

 彼女の言動には一つ一つ刺がある。僕は何も間違った事は言ってないのに。

 彼女は黒い日本刀の刃先を下に向け、僕を追う手を止めて笑みを浮かべながら。





「召喚士と一般人の間に産まれた子供が━━本気で三体の精霊と契約できると思ってるの?」


「それは……アグニルが僕に霊力をわけてくれて、それで僕には精霊術が使えなくて」


「わけてくれた? わけてくれたら他に二体の精霊と契約できるの? それなら他の皆も他の精霊を召喚してるよね? それに━━あなた精霊術を使えてるじゃない、その事に気付いてるんでしょ?」


「━━それは!」




 言葉を返そうとした、だけど返せなかった。 僕も薄々おかしいと思った時はあった、だけどアグニルやエンリヒート、カノンが何も言わないから、信じているから━━だから何も聞かず、三人を信じた。




「それは……僕は」


「あなたは自分が何なのか、自分がどうして他の人と違うのか。それを知りたい━━そう思ってるはずだよ? あなたがこっちに来れば全てがわかるよ? 何も教えてくれない精霊と違って、ねえ? 早くおいでよ?」


「━━自分が何なのか?」




 本当に三人は僕にまだ隠し事をしているのか? あんなに沢山話たのに。

 頭が回らない。さっきははっきりと断った、普通ならそんな話は聞かないのに、今だけは何も抵抗しないで差し出された手を掴んでもいいんじゃないか、そう思ってしまう。

 だが、不意に手を掴まれた、大きな男性の手。




「柚木! お前は誰も信じられなくなったのか?」


「恵斗、だって……僕は」


「お前は何の為に戦ってる! あいつらの力になる為じゃないのか!?」


「それは」


「如月……信頼するのと全てを包み隠さず話す事は別だ! あいつらはお前の事を心配して話さなかった━━私にはそう思えるんだが?」




 恵斗と仲神の言葉を聞いて、別なのか? と思った。

 僕は仲間になったら全てを話す、そう思っていたから。




「隠し事は誰にだってある、私にもお前達の精霊にも━━だが相手の為を思って隠す事情もある! お前には、今のあの三人を信じられないのか? 仲間を殺されたから戦ってるだけじゃないのはお前にもわかるだろ!?」


「それは……」




 僕は三人に力を貸し、三人は僕に力を貸してくれる。

 それなのに僕は彼女達を疑って━━。


 仲神の言葉に救われた、だけど雅は仲神を睨み付け、




「邪魔だな━━反日本政府の分際で!」


「━━ッ! 私達を、あいつらと一緒にするな!!」




 漆黒の剣は仲神に向かって振り下ろされる。

 一瞬の動き……仲神は避ける事はできなかった、黒のスーツからはじんわりと血が滲んでいる。

 立っているのも苦しいはずだ、そんな時、雅の体に小さな弓矢が刺さる。




「姉ちゃん! どうしちまったんだよ、様子が変だぞっ!」


「三人共、まだいたんだ━━あの時捨てたよね?」


「姉ちゃんがそんな事をするはずがない、姉ちゃんの体を返せ!」




 突如現れた三人の小人、雅が契約した精霊達だ。

 だが、彼女は見下ろすようにして言葉を吐き捨て、三人に手をかざす。




「あなた達はもういらないの━━契約解除」


「姉ちゃん……どうして、どうしてだよ!」




 雅の手から鎖が現れ、その鎖は粉々になって消える。

 この行為が何を意味するのか、それを僕も小人達も知っていた。

 契約解除━━その名の通り、精霊召喚士と精霊を繋ぐものを取り消す、そして取り消された精霊は七日以内に理想郷シャングリラへと還る。




「━━雅、君の精霊だぞ、何してんだよ!」


「もういらないんだもん、だから契約解除して何が悪いの?」


「腐ってる……ここまで人が変わるとはな」




 笑顔の雅を見て、僕の心には彼女への憎さしかない。

 木製の体は小さくなり、小人達は涙を流している。

 苛立ちが頂点に達して、僕は弓を向け、放とうとした━━その時、




「待たせたな、二人共!!」


「━━師匠! どうしてここに?」




 不意に仲神の黒い影から人が現れた、仲神と恵斗は驚いていた、そして僕も━━だってこの姿は。 

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