第31話


 悲惨な学園の姿、まるで戦争が起きた、はたまた侵略者が攻めてきた━━そんな惨状。


 だけど、悲観する内容ばかりではなかった、胸元に精霊スピリット召喚士サモナーの証である、天使の羽の紋章エンブレムが刺繍された、朱色のジャケット、その服を着た大人達の姿が見える。


 この紋章を付けた人達は、僕ら学生とは違って、多くの実践経験を培ってる。


 後ろを走るシノが「あの人達なら力になってくれるんじゃない?」と、叫んでいる、僕もこの言葉に同意件だった、だが、頭の中にカノンの声が響く。




『主様!? やっと通じた……ずっと呼んでたんですからね!』


『ごめん、ちょっと色々あってね━━それよりそっちは大丈夫?』




 彼女の心配した声は、妙に息が荒い、戦闘中? なのか……。

 いまだカノンと柚葉とは会えない、近くにいるのだろう、合流した方がいいよな。そう思ったのだが、




『こっちはまだ……そうですね、後で合流しますよ。それより変な天使の紋章を付けた奴らには気をつけてください━━襲ってきますから』


『えっ……でもあの人達って』




 否定の言葉を伝えようとした、だが、僕達と目が合った精霊召喚士の紋章を付けた大人達は、目の色を変えたようにしてこちらに走ってくる。

 自分が従えている精霊に何かを命令し、自分自身も詠唱を始めていた。


 その異変に誰よりも早く気付いたアグニルは、




「あれは……貫け! 高速稲妻ライトニング




 アグニルは僕の前に立ち、人差し指を突き出して、指先から小さな雷を発生させた。

 眩い光を発する雷は、目にも止まらぬ速度で精霊召喚士の心臓を貫く━━だが一時的に身体を痺れさせ、動きを止める術のようで、微かに意識があるみたいだ。

 流れるように精霊術を使ったアグニルは、僕の方を振り返り、




「さあ、今のうちに早く行きましょう!」


「ちょっと待てよ、あれは先輩精霊召喚士達だろ? なんで攻撃したんだよ? 助けを求めれば」




 アグニルのした行動が理解できないのか、シルフィーは走りだそうとしたアグニルの手を掴み、問い掛ける。だが、エンリヒートは辺りを警戒しながら、




「シルフィー……じゃあ、なんであいつらは私達に攻撃しようとしたんだ? あれは風の精霊術━━それはお前が一番わかってるよな?」


「それは……でも、こんな乱戦状態だ! もしかしたら間違って」


「間違って……間違ったで済む話じゃないよ、シルフィー、あれは殺傷能力の高い風の精霊術の詠唱、確実に私達に当たってたら命は無かった。それは私達が良く知ってるでしょ」




 慌てながら、倒れている精霊召喚士の行動を、仕方ない間違えたんだ、の一言で済ませようとしたシルフィー、そんな彼女を首を振って否定するシノ。


 あれが攻撃の精霊術の詠唱、それは僕にも理解できた。

 だが、シノは一瞬の判断で何の精霊術なのかを理解した━━同じ風の精霊術を使う者だからわかる事か。

 そして、自分達が危険な術を使われた事がわかり、彼等が頼る相手ではない事を理解したのだろう、シノは僕を見て、




「いまこの学園に何が起こって、誰が敵なのか━━それがわからない以上、私達は避難するしかないみたいね」


「そうですね……一刻も早く外に出ましょう、この状況では遭遇戦になりかねないので」


「そうだな……カノンと妹ちゃんの事も心配だしな」




 エンリヒートの言葉に頷き、僕達は再び走り出す。

 外に出るまでの通路は狭い、普段から学園に通っていて気にはならなかったが、戦う場所としては最悪だ。

 広い場所に出れば今よりは戦いが楽になる。そう思って僕達は外に出た、だがその先の光景を見て、




「なんだよ……これ」




 声を出そうとしたわけではない。

 だが勝手に声が出てしまった、外に出て始めて気付いた、悲惨な状態は学園だけじゃなかった事に。


 学園から出ただけでもわかる黒煙の数々、それは僕達の住んでいた場所、そして生まれ育った街からも上がっていた━━まるで戦時中。

 そんな変わり果てた風景を見ながら、シノは声を漏らす、

 



「どうなってんの……今この世界でなにが起こってるの?」




 動揺を隠しきれない、といった表情のシノ。


 その気持ちは僕も一緒だ、僕を狙ってるなら学園だけを襲うはず、なのに何故無関係な街まで襲う必要がある、そこに逃げたと思ったのか? それにしては範囲が広すぎる、何か、何か他にも重要な出来事でも起きているのか? 

 いくら考えても、与えられた情報が少なすぎて理解する事はできなかった。




「━━シノ! あれ!」




 困惑気味のシノに、シルフィーは声をかけ指を指す。

 その先を見たが、何を言いたいのか僕にはわからない、黒煙が沢山、その下には燃えているであろう建物。

 だが、シノの表情は苦悶の表情へと変わり、目からは涙を流しながら、




「あそこらへんってシノの━━」


「私の……私の家族が住んでる家。今日、お母さんずっと家に居るって」


「━━なっ!」




 指が向けられた先に両親の住む家があるのか? だがあそこは━━。


 そんな時、僕達がさっき出てきた扉の奥から、大勢の人がこちらに向かってくる足音、このままでは、




「シノさん、シルフィー! 早く向かって!」


「でも、このままじゃ」


「僕達は大丈夫、それにお母さんがまだあそこに残ってるかもしれない、助けられるのは二人しかいないんだ━━早く!」




 既に、耳から入る足音は、形となって姿を現した、その数は約十人。

 僕よりも強く、多くの経験と修羅場を潜り抜けてきたであろ召喚士達。


 二人がいなくなったら、正直厳しい。

 人数は多い方が助かる、だけど今行かせないと駄目な気がした、直感だけど。

 僕の言葉を聞いて、シノは涙を拭い、




「ごめん、如月君……ありがとう!」


「エンリヒート……死ぬなよ!」


「はいはい、そっちこそね」




 二人は走り出した、黒煙が上がり、火の海と化した街へ━━だけど、もしあの場所に今もいるなら、生きている可能性は低い。

 だけど、どんな形であっても、会うのが最後になるのなら、会っておいた方がいい━━僕と母さんの最後とは違って。




「いやー、感動感動、君が招いた事なのによくそんなカッコいい言葉を言えたね」




 天使の紋章を付けた大人達の間から、手を叩きながら笑みを浮かべてくる男。

 完全に動くを辞めた人のような出っ張った腹、無精髭を生やして、黒いハットを被ったスーツ姿の男性。

 会場で声をかけてきた男で間違いない。

 その男に、他の大人達は会釈する、ということは、




「ああ、すまんすまん、さっきは名乗るのを忘れていたよ。私は神宮寺じんぐうじ つかさ、反日本政府の代表を勤めてるんだ」


「━━代表自ら現れるとは……命が惜しくないのか?」




 人を苛立たせる笑みとはこの事を言うのだろう、頬を吊り上げ、ほうれい線をくっきり出し、それに何かを食べているのか、唇は一定のリズムを刻み、咀嚼音が妙に鼻につく。


 神宮寺と名乗る男に、アグニルは剣を向け威嚇する、だが手を横に振りながら、




「いやいやいや、私は交渉しに来たんだよ? 君達が置かれているこの状況、いくら馬鹿でも理解できるだろ?」


「いちいち人を馬鹿にした奴だな……はっきり言ったらどうだ?」


「はぁー、君達はこの優秀な召喚士と精霊に囲まれている、もう逃げられないんだよ、私達と一緒に来るしか助かる道はないんだ」




 エンリヒートの反抗を軽くあしらう神宮寺。

 良く見ると、僕でも知っている精霊ばかり━━それも皆、上級精霊だ、だがなんで、




「なんでこんな優秀な人達ばかり集めてる、どうして従えている……僕には反日本政府の人間とは思えないんだけど」


「ふふっ、こいつらは私が雇ったんだよ━━金でね」


「金で……腐った大人達だ、あんたも他の奴らも」




 神宮寺、それに他の大人達も笑ってる。

 どうしてこんな奴らに手を貸す、テロを起こすような連中なんだぞ。

 だが、聞かされた答え━━結局は金なのか、精霊召喚士として生まれ、志を捨ててまで金が欲しいのか、誰もが精霊召喚士になれるわけじゃない、なりたくてもなれない人もいる。


 僕はこんな精霊召喚士を目指してない、ぼくは、




「腐った連中に僕達は屈しない━━亡くなった母さんと、召喚士になった父さんに誇れるような、そんな召喚士に僕はなると決めたんだから!」


「ふっ、はははは。お涙頂戴か? だがこの大勢の相手にどうするんだ? お前ら、生かして私の所まで連れてこい、多少、体が無くなってもかまわない、欲しいのは中身だからな」




 そして、大人達は僕ら三人目掛けて一斉に詠唱を始める。

 何処から反撃をすればいいかわからない、逃げる隙間もない、そんな絶望の中、不意に空気が冷えるのを感じた。

 ━━この感じは確か、




「遅くなって悪いな……如月」


「先生! どうして!?」




 カノン、柚葉、そして仲神の姿があった。

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