第29話
「先に行かせてもらうぜ!
エンリヒートは始まる合図の機械音と共に、勢いよく走り出す。
焔竜の舞い、両手で持つ日本刀に炎の渦を纏う霊力術。
だが、その行動はシルフィーには予想済みだったのか、笑顔を見せ、
「馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んで……薙ぎ払え、
シルフィーは手に持つ槍を大きく振り回し、何も無い所からつむじ風を発生させる。エンリヒートが向かう先、そして避けた先にも。
「━━チッ、相変わらず嫌らしい手口だな!」
「戦闘の初歩……でしょ? 無能な主に仕えてそんな事も忘れた?」
「━━きさ……何回もその安い手には引っ掛からねぇよ!」
一瞬頭に血が昇って走り出そうとした、だが寸前の所で立ち止まる。
その姿を見て「あっそ」と言葉を投げ捨てる、だがその表情は少し苛立っていたのがわかった。
エンリヒートは大丈夫そうだ━━アグニルは、
「どうしたの? さっきから何も仕返してこないけど?」
「……こんなに強かったの、前回とは━━まずい!」
見たのは途中からだが、見れば優勢━━いや、これは圧倒している。
手に持つ剣を使わず、上空からシノ目掛け落雷、そして避けた位置を先読みして再び落雷、威力は少量みたいだが、当たると苦痛の表情を浮かべる程には痛みがあるのか。
━━そして、
「……仕方ない。でもこれならどうかしら? 塵旋風」
「しまった、主様!」
シノは僕を狙ってる、アグニルはまた目を放して僕を見る、信頼してるけど反射的に体が反応しちゃうんだろうな。
だけど心配しなくても大丈夫、今の僕には武器がある、カノンがくれた弓が━━矢はイメージ通りになるってカノンが教えてくれた、威力、形状。
きっとあの轟音を鳴らし、直撃すれば痛いでは済まないだろう。
つむじ風は僕の足下、そして僕の四方に現れる筈だ。それなら、
「威力を最大に……足下に!」
一度にどれくらいの量を出すのか。対戦回数も、霊力術を見た回数も、どちらも少ない、だから正直自信はなかった。
━━だがこれだけはわかる、そんなに大きくは無い、たぶんアグニルの身長くらいの大きさだろう。それなら上に避ければかわせるかもしれない。
昔、爆風で吹き飛ぶ映画を見た事があった、そんなイメージを、まるで足下に優しい風を発生させるイメージで。
僕は足下に矢を放つ、イメージを強く描き、
「……あれ━━これは?」
『さすが主様……私が何も言わなくても使うなんて』
強い風が吹き、僕の体は勢いよく真上に飛ぶ━━まるで空を飛ぶような、そんなイメージか。
不意に聞こえたカノンの声に、
「これは……イメージで変わるのは形状と威力だけじゃなかったの?」
『いえいえ、主様のイメージするものに変わりますよ……そりゃあ、限度ってものはありますよ、それに霊力が高い主様じゃないと使えませんから━━私の唯一の攻撃手段なんですから、有効活用してくださいよ』
アグニル、エンリヒート、シノ、シルフィー、四人は僕を見上げている。二人は見てないで攻めてほしい。
だがこれで、この姿を見て、非力な僕でも十分戦える。
出会ってからずっと迷惑をかけた、心配もかけた━━やっと二人の力になれた。
これで証明はできた、だから、だから、
「僕の心配はいいから攻めて! 二人の本気を僕に見せてくれ!」
僕の心からの叫びに二人は笑顔を向け、口は開いてないが声が聞こえた。
『さっすが主様! すげぇかっこよかったぜ!』
『やっぱり主様は私達の主様ですね』
『これくらいやっていただかないと……ですが、さすがですね主様、後は』
『『 見ててください、私達の力を!』』
三人の声が聞こえる、カノンも何処かで見ていてくれているのだろう、まだこんな事しかできてないが、称賛の声を贈ってくれた。
そして、アグニルとエンリヒートは相対してる二人に向き直り、
「シルフィー、本気で行くぞっ!」
「なんで……なんで風を使える? あの精霊召喚士って」
「あの人は私達の主様だ! 無能呼ばわりした事を後悔しろ!」
エンリヒートとシルフィーは日本刀と槍を交わせる、だがその表情は両極端だ、シルフィーは何がなんだかわからないといった、焦りを感じさせる表情、そしてエンリヒートは嬉しそうに、どこか誇らしげだ。
エンリヒートは後ろに飛び、日本刀の刃先をシルフィーに突き出す。
だが、シルフィーの方が少し速かった。
「ふざけるなっ! 私とシルフィーが過ごした一年の月日をこんな━━最近契約したばかりの奴等に負けるかよっ!」
「大気中の風よ、我が槍に集まれ━━
「私達が過ごした年月は確かに少ない、だけど! 主様は私達に力をくれる、そして、私達の頼みも嫌な顔しないで聞いてくれた、だから今! 私達は主様の力になるんだっ!」
「全神経、全霊力を刃先に、この一点に━━
二人の力━━いや、想いの強さか、それが伝わってくる。
一年以上一緒にいるシノとシルフィー、その一年という期間には沢山の苦楽があっただろう。
一緒にいた期間は少ない、だが、濃密な時間と、それに比例する程の悩みや目的を共有してきた僕達。
どちらの想いが強かったか、それはわからない。
だが、眩い光と爆風が僕の所━━いや、観客席まで届き、まるで、嵐が過ぎ去った後みたいに壊れた。
観客席はなんとか原形を留めていたが、ステージは崩壊寸前だ。
そして、シルフィーとエンリヒートは霊力が尽きたのか、その場に倒れこむ。
「シルフィー!?」
「エンリヒート!」
僕とシノは全力を出しきった精霊に駆け寄る、試合を半ば放棄した感じだが、ぴくりともしないエンリヒートが心配だった。
━━だが、不意に頭の中に詠唱が聞こえた。
エンリヒートじゃない、アグニルでもない、これは。
『眠れ眠れ、静かなる永久に、響け歌声━━精霊達の
「これは━━」
「主様!!」
不意にカノンとアグニルの声が聞こえた、その声を聞いて周りの異変に気が付いた。
なんだ、この人数は? それにいつの間に?
周囲にはひとひとひと、ざっと見渡しても、既に二十は超えていて、周りには複数の精霊の姿も。
そして、小太りのスーツ姿の男性が僕を見ながら、
「如月柚木君……一緒に来てもらおうか、我々━━反日本政府と」
「━━ッ! 最悪の状態ですね」
本当に最悪の状態だ、アグニルは僕の側に寄り、少し離れた場所で、エンリヒートはまだ起きない、どうする、この状況を。
瞬時に頭の中で考える、だが━━この状況は確か、
「アグニル、この場から逃げる! 周りに広範囲の雷を!」
「了解です! 唸れ雷、全ての障害を凪ぎ払い、敵を伐て━━、
アグニルが詠唱を終えると、周囲に無数の落雷を振り落とす、さっきのシルフィーとエンリヒートの壮絶な戦いのお陰なのか、観客席には誰もいない、いるのは僕らと、僕らを囲んでる反日本政府の連中だけだ。
僕は倒れているエンリヒートを抱え、
「エンリヒート、起きてエンリヒート!」
「如月君……これは、あなたいったい」
「すみません巻き込んで、僕達と一緒にいたら危険です、シノさんはシルフィーを連れて逃げてください!」
僕の言葉を聞いても、シノは一歩も動かない、腰を抜かしてるのか。
だが二人にばかり気を取られるわけにはいかない、エンリヒートが動かないんだから。そんな時、アグニルの声が聞こえた。
「主様! エンリヒートは霊力切れです、手を、主様の手を触れてください!」
アグニルの言葉を聞いて、慌てて頬に手を触れる、その瞬間、精霊石は赤い光を放つ、だが全く目を開けない。
━━駄目なのか? どうすれば。
そんな時、控え室での出来事を思い出した、あの時は自分の意志で触ったら強まった。だから自分の意志で、そして、より強い愛情を注げば━━だが、どうやって愛情を注ぐ、考えた結果、一つの方法しか思いつかなかった。
「エンリヒート、目を覚ましてくれ━━」
━━僕は、エンリヒートの小さな唇に、自分の唇を付けた。
その瞬間、僕の視界が真っ暗になった。
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