第12話


 暑い日差しが、僕の閉じている瞼に攻撃をしている。

 体からは大量の汗が流れ、何かが僕の体にのし掛かっているような、そんな息苦しさを感じる。

 僕は目を開けて確認すると、




「はぁ……起きてくれないかな? もう朝だよ?」


「ふぅにゃ……おはようございます主様」





 僕の上にはアグニルとエンリヒートが眠たい目を擦りながらむくっと起きる。


 話し合いが終わってから僕はソファーで、二人はベッドでそれぞれ別に寝ることにしたのだが、当然のように僕と一緒に寝ることを選んだ二人。

 そんな二人をなんとか説得して寝かせたのだが、僕の体の上には子供向けのパジャマ姿を着たアグニルとエンリヒートが寝ている。





「二人にはあのベッドを譲ったじゃないか? どうして僕のこの狭いソファーにいるんだ!?」


「主様……私達は主様の体に触れてないとショック死するんだぞ? そこはちゃんと理解してくれないと」





 寝起きのエンリヒートは、僕を見ながら目元をわざとらしくうるうるさせている。

 そんな、ウサギじゃないんだからさ。

 そう反論をしようと思ったのだが、今回の事は油断していた僕の責任でもある。

 それに自分でも信じられないが二人と寝ていた事はそこまで嫌じゃない。

 いつのまにか小さな女の子が好きになったのか、そんな錯覚さえ覚える。




「ふうぁー……主様朝御飯にしましょうか?」


「……いや、今日は行きたい所があるんだ」




 大きなあくびをして背伸びをするアグニルの言葉に、僕は出掛ける準備をしながら答える。

 僕の言葉を聞いた二人は不思議そうな表情をしていたが、二人は顔を見合わせて急いで準備を始めた。


 ハンガーにかけてあった紺色の制服を着て、長い髪を後ろに束ねながら二人の支度を待つ。

 女性の準備はこんなに長いのか、二人の支度は僕の倍以上かかり、やっと終わったみたいだ。




「主様どうですか!?」


「どうって……いつもと変わらないけど」




 


 ドヤ顔の二人には悪いが、昨日から何も変わってない格好だ。

 アグニルは大人っぽく、細身の赤色のドレス、エンリヒートは青白い上着に純白の膝までのスカート。

 昨日と服装が変わらないから、変わらないと言ったのだが二人は何故だか不満気だ。





「はぁー、主様……それじゃあ彼女はできないな、そういう時は、可愛いよとか、綺麗だねとか言わないと!!」


「えっ!? ……ごめん、可愛いよ?」


「もう遅いです!!」




 エンリヒートの忠告を受けて、僕はすぐに褒めたのだが━━、どうやらアグニルは不服の様だ。

 頬を膨らまし、僕の右足をポカポカと叩いている。

 その小さな手には痛みは無く、今ならすぐに可愛いと言えるだろう。


 そんなアグニルをなだめ、僕ら三人は部屋を後にした。


 僕の行きたいお店は、【レイディングカフェ】というカフェレストランだ。

 中に入ると、ウェイトレス姿をした女性は僕を見るなり笑顔で出迎えてくれた



「お兄ちゃん早かったね!! って、後ろの二人は誰ですか?」


「おはよう柚葉ゆずは、二人は僕の精霊だよ」




 彼女は僕の二歳年下の妹の如月柚葉。

 僕と同じ茶色の髪を後ろで束ねたポニーテール姿、少し細い目だが化粧をして大人っぽく見える顔、身長は一五〇と小さめだが、アグニルとエンリヒートと一緒にいると、なんだか大きく感じてしまう。

 僕も柚葉も寮生活の為一緒には住んでいない。

 なので基本的には妹が働くカフェで朝食を一緒に済ませるのが日課となっていた。




「お兄ちゃんが彼女作ってきたのかと思ってびっくりしたよ!! 初めまして、いつも兄がお世話になってます、妹の柚葉です」


「あっこれはご丁寧にどうもです。私は精霊のアグニルです」


「私はエンリヒート!! よろしくね柚葉ちゃん!!」




 妹は比較的に人当たりが良く、兄である僕が言うのもあれだが、しっかりとした態度の妹だ。

 そんな妹に丁寧な挨拶をされて、何故か急にかしこまりだすアグニルと、いつも通りの明るいエンリヒート。


 柚葉は僕達から注文を受けると、二人に手を振り厨房へと向かった。

 柚葉が去っていってから、二人は僕と柚葉を交互に見ながら、




「しっかりした妹ですね……本当に主様の妹ですか?」


「……それどういう意味かな?」


「いや……なー? 主様よりも大人っぽいからお姉さんかと思ってよ!!」




 二人の態度に少し怒りを覚えた。

 確かに僕よりもしっかりしているとは思うが、ここまで言われるとは思ってなかった。

 二人に文句を言いながら話していると、




「お待たせ!! はいどうぞ」


「ありがとう、柚葉もお疲れ様」




 柚葉は注文していた三人分のトーストと、それぞれの飲み物を持ってきて柚葉は僕の隣に座る。

 僕とエンリヒートはアイスコーヒー、アグニルは牛乳、柚葉はオレンジジュース。

 四人は楽しく話を進めていた、




「柚葉ちゃんも精霊召喚士を目指してるのか?」


「はい、私も一応精霊召喚士を目指してます、といってもまだ入学したばかりなので精霊と契約してないんですけどね」




 エンリヒートはアイスコーヒーのストローに口を付けながら目だけを柚葉へと向けながら聞く、そんなエンリヒートの言葉を苦笑いで答える柚葉。

 今は七月なので、まだ柚葉は入学してから三ヶ月しか経ってない。

 アグニルはいつも通りの姿で、牛乳の入ったコップを一気にガブガブ飲みして飲み干すと、




「不思議な決まりですよね、三年間は座学で基礎学びなんて……契約に年齢制限なんてないのに」


「まぁ危険だからとかじゃないかな? 僕もイマイチ理解できないけど」





 アグニルは牛乳を飲み終え不思議そうにしている。

 僕もこの学校の決まりは不思議だと思ってたが、そういえばそこまで真剣に考えた事は無かったな。




「そういえばお兄ちゃんはあれに出るんでしょ?」


「あーあれか……まだ決めてないよ」


「あれとは?」




 柚葉の質問に曖昧な答えを返すと、アグニルが不思議そうな顔をしている。

 柚葉の聞きたい事はなんとなくわかったが、最近色々あったし、何より昨日二人と話した事もあって全く考えていなかった。




「学生達の戦闘技術を向上させようっていう事で一年に一回、学生同士が精霊を使って覇を競う大会が行われるんですよ」


「まあ名目は戦闘技術向上って言ってるけど、本当の目的は大会を見に来るお偉いさん達に才能だったり実力を見せて、スカウトしてもらおうって事らしいけどね」




 柚葉の言葉に被せるようにして意見を伝える。

 この大会は卒業後の将来を左右する大会と言っても過言ではない。


 そもそも精霊召喚士の将来の道は大きく三種類の職業に分かれていて、それぞれ相手にするのは侵略者だ。


 世界を守る者。

 国を守る者。

 個人を守る者の三種類に分かれている。


 一番給料の高いのは世界を守る精霊召喚士で【スピリアナイト】、次にこの日本を守る【アグニアナイト】、一番下が個人を守る【ソシアナイト】となっている。


 スピリアナイトのメンバーは、日本にも十人くらいしか存在しない程、入るには相当な実力がいると言われている。

 そしてこの大会にはそれぞれの組織の人間が視察に来ていて、大会が終わったら直接声をかけられ就職先が決まる、という事が良くあるらしい。

 なので多くの精霊召喚士がこの大会に参加をしている。




「なるほどな……面白い事考えたもんだな」


「まあね、でも僕らには━━」


「出ましょう!!!!」




 昨日言っていたコスタルカの捜索もあるから出ないだろうと思っていたのだが、アグニルは勢いよく机を叩きながら立ち上がり、僕に顔を近付ける。

 その目は欲しい物を見つけた子供のように、キラキラと輝かしている。




「えっでも……」


「これは出るべきです!! 大会には強い精霊召喚士も出るのですよね!? だったら出るべきです!!」


「ま……まあ、アグニルが言うなら、僕は元々出たかったから嬉しいけど」




 興奮気味のアグニルに押されるような形で頷く。

 そんなアグニルを見て、腕を後ろで組んでいるエンリヒートが、




「アグニルはこういう行事が好きなんだよ……それに主様の望みも叶うかもよ?」


「……僕の望み?」


「大会を見ていた女子生徒が主様を見て、あの人カッコいいってなって、付き合いたいって言われて彼女ができるかもよ!?」


「━━なっ!!」




 エンリヒートはニヤニヤしながらこっちを見てくる、そんなエンリヒートの言葉を聞いて、左からは柚葉の痛い視線を受けた。


 こうして僕達は精霊召喚士の大会、【精霊舞術祭スピリフェスタ】に参加する事になった。

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