【距離:断絶】二度と会うことが叶わないレベル

78.友やめだけは勘弁願います

「前から思ってたんだけど、エイルの弟さんって何の仕事してるの?」


 カウンター下にこっそり忍ばせたお菓子をつまみながら、ファランが楽しそうに尋ねる。


「お猿のマジックショー」


 チョコの口直しに苦みの強い茶は堪らない。まさに、大人の楽しみというやつだ。


「んーと、大道芸人みたいな? それであんな何台も自動車買えるくらい儲かるものなの?」


 ファランが不思議そうに首を傾げる。可愛い。仕草一つ一つがいちいち可愛い。


「あれは友達の車。四区にグラズヘイムって店あるじゃん? そこでショーやったり、催し物の内容考案したり……遠征とかいって、他所でもショー開催したりもしてるみたいよ」


「グラズヘイムって、今話題の超人気スポットじゃない! 高級店が多いイメージだったけど、お手頃価格のカフェとかランチビュッフェとかスタンディングバーとかもできたんだよね? あたしも行ってみたいと思ってるんだあ。聞いた話だと、お店もだけど魔法の店内演出がすごいって…………ええええ!? それがあの子なの!?」


「そうなんじゃね? 魔法使えるのアレくらいしかいないみたいし」


「うわぁ、すっごぉい! 大道芸人じゃなくて、プロデューサーさんなんだあ。しかもマドケン一級なんて、将来有望すぎだよ! サインとかもらっておいた方がいいかも」


 プロデューサー? 将来有望? あの生意気なウッキー君が?

 へっ、ありえねえよ。あたしは片頬だけで笑ってやった。


「まだ一級取得してねーから。検定中だから。こないだやらかして注意勧告からの減点食らったらしいし、受かる確率かなり下がったはずだよ」


「え〜、きっと大丈夫だよ! あの子なら、余裕で取り戻せるって!」


 どんな噂を聞いたのか、ファランはビッグなバストを張って自信満々に言い切った。だといいんだけどなぁ、ついでに揉んでいいかなぁ。


 さて、そろそろ退勤時間だし、最後の一つを呼ばれてみようかの、とチョコに手を伸ばしたところで、入り口のジングルが鳴った。


 あたしとファランは終業間際の客の来訪に顔を見合わせてため息をつき、仕方なしの畏まりスタイルを作って頭を下げた。


「いらっしゃいませ」


 ファランはそのまま接客に、あたしは顔も上げずに顧客名簿を取り出す――のがいつものパターンなんだけど、ファランがあたしのシャツを引っ張ってきた。何だよ、と顔を上げてみれば。


「こんにちは、クライゼのお嬢。報告に来ましたわ」


 爽やかな汗をかく場所に相応しくない、右頬から左眼下に十文字傷の入った凶悪な人相が、薄笑いを浮かべて迎え撃つ。


「…………エイル、そろそろ友達やめてもいい?」


 蒼白な面持ちで呟くファランの言葉に、あたしは深く傷ついた。




 建物内に置いておくわけにもいかず、あたしはそのチンピラ親父――グリフと名乗ったオオカミ野郎を、センター裏にあるプールの給水塔のさらに裏に押し込んだ。


「随分な扱いだねえ。茶の一杯も出してくれねえのかよ」


「お前、字ぃ読めねえのか? ギャンググループに類する関係者入店禁止って表に貼ってあんだろ! エントランスまで入れていただけただけでも幸せだと思え!」


 真夏の熱帯夜に蒸す中、懸命に稼働する給水管のさらなる熱気に眉をひそめていたチンピラグリフも、あたしの言葉に頷いた。


「確かに、この面じゃベンチャー企業の役員つっても、通用しねえか。しっかし、相変わらずひでえ言葉遣いだなあ。本当に女なのかね?」


「るせえな、文句なら教育したウチの母親に言え。忠告しなくてもわかってると思うけど、奴の激昂状態の凶暴さはマギアの巨大生物に匹敵するぞ。死になくなかったら歯向かうな。で、何の報告なんだよ、ええ?」


 早口でまくし立てるあたしに、グリフは苦笑を浮かべながら顔を寄せた。


「その腕の怪我の話さ」


 あたしはグリフを睨んだまま、まだ包帯の取れない左腕を撫でた。痛みは引いたけれど、縫合していないのと夏の暑さと湿気のせいで治りが遅いのだ。


「あの二人は俺のグループの下っ端でね。目が覚めてもシラを切りやがるから、ちとばかし痛めつけて吐かせてやったよ」


「えっとぉ……もしや、拷問系の話? あたしグロ駄目なんだよ。そこは割愛して」


 口を押さえて抗議すると、グリフは大袈裟に肩を竦めてみせた。


「元メディカル・ハンターのくせに、根性ねえなあ」


「だって、女の子だもん」


 グリフが吹き出す。おい、そこ笑うとこじゃねえだろ!


「あんたと話してたら、笑ってる間に朝が来ちまう。本題に入るか」


 何さ、話逸らしまくったのは自分のくせに。

 軽くイラッとしたけど、あたしは黙ってグリフの話に耳を傾けた。


「その二人の話によると、本当に『あんたのことを知らなかった』らしい。どれだけ痛めつけても、そこだけは譲らなかった」


 あたしの脳裏に、閃くものがあった。そうだ、アインスも同じことを言っていた。自分を付け狙っていた者を問い質しても、返ってくる答えは『知らないわからない』。けれど催眠魔法については、やけに否定的だった。


 その理由が、今ならあたしにもわかる。


 普通の催眠魔法なら、意識を奪われて傀儡のように操られるため、どうしても動きが不自然になる。まさに生ける屍みたいな状態で、明らかに様子がおかしいとわかるものだ。


 けれど、あの二人は催眠にかかっているとは思えないくらい『自然』だった。


 じゃあ一体……これは何?


「それで妙だと思ってな、その日までの行動を洗いざらい吐かせたんだ。何かおかしなことはなかったか、普段と違うことが起きなかったか、とね」


「何かわかったの!?」


 思わず掴みかかるあたしにグリフは頷き、ゴールドの瞳を歪めてみせた。


「一週間ほど前にやたら可愛らしい呼子の女に誘われて、その子が在席してるという飲み屋に行ったんだと。えらく小さな店だったが、満席だったそうだ」


 やたら可愛らしい女、という言葉が、脳裏に一人の人物を思い浮かばせる。けれどあたしは、慌ててそれを打ち消した。ダメだ、ダメだ。生態調査でも先入観は禁物、確定していないのに、疑ってかかっては真実が見えなくなってしまう。


 気持ちを落ち着けて再度目で先を促すと、グリフは続けた。


「そこは不思議な音楽やら映像やらが流れていて、焚かれた香も飲み物も独特で、何とも奇妙な気持ちになったとか。しかしそれがクセになって、二人揃って通い詰めるようになったらしい」


 不思議な音楽、映像、香り、飲み物――――それらのヒントで、何となくわかった気がした。


「……感覚器を通じて、何かの暗示をかけられていたってこと?」


 すると、グリフは感心したように口笛を吹いた。やだ、チンピラ臭い。


「なかなか鋭いな。そうだ、『サブリミナル効果』というやつだ」

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