73.チンピラ1、2、3

 受付に戻ってもあたしはうわの空で、心配するファランにも何も言うことができず、ただ与えられた仕事を機械みたいにこなして仕事を終えた。


 あたしは、何をしたらいいんだろう?

 あたしは、何ができるんだろう?

 あたしは――どうしたいんだろう?


 ぼんやりしたまま着替えて外に出たら、何故か世界がゆらゆら揺れている。それは自分が走っているからだと気付くまで、随分と時間がかかってしまった。そして、自分の家じゃなくて、ジン達のマンションに帰らなければならないことも思い出した。


 無意識に自宅に向かって走っていたあたしは、自分がいる場所がセカンドルートの途中にある寂れた公園の中で――そうとわかると共に、背後に何者かの濃密な気配を感じた。どうやら後をつけられていたらしい。


 感覚が麻痺しているようで、恐怖は感じなかった。代わりに、静かな闘志が腹腔から湧き上がる。


 何人いるかはわからないけれど、こちらは女一人。甘く見て、大いに油断してくれるだろう。リリムちゃんが言っていた男の差し金とは違っても、こんな人気のない公園で何かやらかそうとしてるんだ。間違いなく、ろくな奴じゃない。


 どちらにせよ、このもやもやした気分を晴らすには、最高の相手だ。



「…………どちら様ですか?」



 振り向いて抑揚なく尋ねると、薄暗い街灯の下に、三人の半獣人族と思われるメンズが現れた。


 安っぽいタンクトップからバランスの悪い筋肉を誇示していたり、テカテカした素材の変な柄シャツで時代が全力疾走しても追い付けないような超前衛的なオシャレ感をアピールしてみたり、着崩したスーツでまともに服を着ることもできないほどの頭の悪さを訴えていたり、三種三様だったけれど、どこからどう見てもチンピラというやつです。


 おし、これなら手加減いらねえな。


「こんばんはあ、いい夜ですねえ」


 おやおや、話し方もチンピラですか。可哀想に、他の仕事には一生ありつけませんね。


「ですが何か」


 ほとんど棒読みみたいな口調で、あたしは答えた。


 タンクトップのハーフオークであるチンピラ1は眉をひそめ、柄シャツのリザードマン系フェイスのチンピラ2はニヤリと笑い、ピンと頭から突き出たお耳からオオカミの血が混じってると思われるスーツのチンピラ3は微動だにしない。


 ふむ、手強さの順序は、栄えある一位がチンピラ3、惜しいぞ二位がチンピラ1、頑張りましょうの三位がチンピラ2か。わかりやすくてよろしいこと。


「ほう、なかなか肝が据わってるなあ」


「いえ、怖くて動けないだけです」


「本当かなあ? そうは見えないけどお?」


 チンピラ2が近付いてくる。鼻がおかしいんじゃないかってくらいの香水の匂いに、あたしは額を押さえた。


「怖がらなくても大丈夫だよぉ。すぐ痛くなくなるからぁ」


「へえ、痛いんですか。痛いのは好きじゃないです」


「はあ? 生意気な女だなあ、おい!」


 チンピラ2が、あたしのジャージの胸倉を掴む。軽々持ち上がる身体に拍子抜けしたらしいチンピラ2の股間を、あたしは思い切り蹴り上げた! いや、蹴り潰した!


 だらしなく足を開いていてくれたおかげで、簡単に急所を破壊できたよ! ありがとう!


「このアマ!」


 おいおい、リアルでアマなんて聞くのは初めてだぜ。残念ながら、アマではなくプロです。元、がつくけどな!


 想像した通り、飛び掛かってきたのはチンピラ1……ってマジ!? 刃物持ってる!


「うわあ! 凶器はなしだろ、ずるいぞ!」


「やかましい! その可愛い顔、見られなくしてやる!」


 え、可愛い? 可愛いっつった? あたし、可愛いの!?


 ……などとバカげたことを考えてたら!


「っつ!」


 ジャージごと、左腕をざっくりいかれた!

 これ以上左側は傷つけたくないってのに!


 痛い! 血、いっぱい出てる!!


「次は顔だあっ!」


 あ、顔ね。

 そっかそっか。でも、狙う場所を口に出すってことはね。


「どこに隙ができるか、教えてるようなもんなんだよ! バーカ!」


 あたしは素早く身を伏せて襲いかかるナイフを避け、男の足を払った。チンピラ1、無様に顔面から転倒!


 それでも素早く立ち上がろうとした根性は認めるが、あたしが蹴り飛ばす方が早かった。体を吹っ飛ばすほどの威力はなかったけれど、顎先への攻撃の効果はてきめんで、チンピラ1は動かなくなった。


 すまんな、ライト級のあたしじゃ、急所を狙っていくしか勝ち目はないのだ。悪く思うな。


「…………姉さん、格闘家か何かかい?」


 残ったチンピラ3が、オオカミらしく発達した犬歯を剥き出して笑いながら尋ねる。顔は傷だらけで凶悪な人相してるけど、頭の上に突き出した茶色の耳はフサフサしていてちょっと可愛い。それはさておき、仲間二人、可哀想なことになってるのに、助けにも来ないなんて薄情な奴だ。


「いいえ、たまたまです」


「たまたま、野郎二人倒す女がいるかよ」


「いるじゃないですか、ここに」


 挑発してみたけれど、チンピラ3は笑うばかり。


 非常に嫌な感じだな……ライカンスロープ系は戦闘力が高い上にタフだ。それに、何となく他二人とまとう空気が違う。恐らく、彼らの『仕事』を見届けに来た上司的な存在なのだろう。



 あたし怪我してるし、痛いし――だとしたら、ここで選択すべきは!



「逃げるが勝ちぃぃぃぃ!」


「……おい、待てえ! ゴラァ!」


 待てと言われて止まるバカがいるか!


 制止の声など無視して、あたしは全速力でその場から駆け出した。


 ところが、チンピラ3とんでもなく速い! オオカミの混血だろうから身体能力が高いのは当たり前なんだけど、想像してた以上に速い!


 人目につく場所まで大した距離はないと睨んでの逃走大作戦だったのに、公園を出るまでも保ちそうにない。


 こうなったら……うん、やるしかない!


 あたしは走りながら懸命に通勤バッグの中を探った。助けを求める携帯電話ではない。そんなもん使ったって、救助は間に合わない。必要なのは、この場を切り抜けられる武器――そう、相も変わらず入れっぱなしだった、ストリング・ブラスター『プラス』だ。


 ごっちゃごちゃになったバッグを引っ掻き回していたら、すさまじい力で背後に身体が引かれた。ついに追い付かれ、ジャージを掴まれたのだ。慌ててファスナーを下げたけれど、時既に遅し。上着を脱ぎ捨てる間もなく、あたしはひっくり返された。だが、まだ運はあたしを見捨てていなかった――寸でのところで、バッグの中身から目的の品を発見!


 しかしセーフティを解除して構える前に、チンピラ3は意外な言葉を放った。



「…………あんた、モルガナ・クライゼの娘、じゃねえか?」

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