40.光と魔法の大団円
「…………ああ、辛かったあ。腸捻転になるかと思った」
「俺も、乾杯であんなに笑われたのは初めてだよ」
「やめろ、思い出させるな! やっと治まったんだから!!」
あたしはまた笑いに震えかけた胸に手を当て、今一度深呼吸をして心を落ち着けた。鎮まりたまえ、エイル。思い出してみたら、そんなに面白くもないじゃん。うんよし、もう大丈夫。
交代で着替えを済ませたシファーとバーテンダーに囲まれて、あたしは懲りもせずにまたスツールに座っていた。
仕切り直しのドリンクを提供したバーテンダーが苦笑いする。
「シファーさん、今までにないタイプですねえ」
「うん、先が思いやられるなあ」
お着替えしてる間にそれぞれからお話を伺ったところによれば、この二人はシファーが店を立ち上げる前からの古い付き合いなんだとか。
彼らはまだ十代の頃、地元でギャンググループとして熱心に活動されていたそうで、そのトップに君臨していたのがシファー、サブリーダーだったのがこのトニオ・アロウズというバーテンダーだったんだって、その名残で、アロウズくんは自分より年下だろうとシファー様には敬語でしか話せないらしい。
ちなみにアロウズは二十八歳、シファーは二十六歳。やだやだ、揃いも揃ってあたしより若いのかよ。
にしても、この若さでこんなお店デデーンと構えるくらいだ。シファー家は貴族のお家柄であらせられるのかな、と思っていたらそうでもないようで。
「父親は、売れない映画監督だったんだ。だから貧乏も貧乏、食うに困って盗み働いて、そのまま堕ちるところまで落ちた、って感じかな」
シファーが自嘲気味に笑う。そっか、こいつも苦労してきたんだな。
「職種は違うかもだけど、ヴィジュアルを売りにするって意味じゃ、親父さんの跡を立派に継いだみたいなもんじゃね? 売れない映画監督なんざ余裕超えの大出世じゃん」
思ったままを口にしたら、シファーはやけに神妙な顔つきになって、少し黙り込んだ。
「そうかな……でも、エイルさんがそう言うなら、そうなのかもしれないね。ありがとう」
何をありがたがられてんだかわからないけど、あたしは一応どういたしまして、と返した。
「ねえ、エイルさんも俺のこと、名前で呼んでくれないかな。カミューゼル、は呼びにくいだろうから、カミュ、で」
「あ、いいね、シファーより断然そっちの方が呼びやすい。あたしの方も、さんなんて付けなくていいよ」
「いや、一応年上だし、暫くはエイルさんで。それに」
そこで言葉を区切り、シファー……じゃなかった、カミュは肩を竦めた。
「…………アイに、怒られそうだから」
「はあ? アインス? あのミニチュアお猿が、何でよ?」
「だって、あんなに懐いてるじゃない。まだ会って間もない俺が大切なお姉さんに馴れ馴れしくしたら、きっといい気はしないよ。アイは仕事の時はしっかりしてるけれど、エイルさんと一緒にいる時は子供みたいになるでしょ? 最初は出会った時とのギャップにびっくりしたけど、エイルさんの傍でなら素を出せるんだろうな、って今ならわかるよ」
それを聞いて、あたしも思い出した――アインスが、あたし達家族に対して並々ならぬ思い入れがあることを。
一度なくして、やっと得られた家族。本物の家族ではなくても、本物の家族がいても、アインスはあたし達をずっと必要とし、ずっと愛してた。
そして本物の家族が亡くなった今、あたし達家族の存在は、アインスにとって唯一の拠り所で。
『エイル、君が居場所を作ってやって欲しい』
ほんとにさ、オルディン、お前何で死んだんだよ。お前さえ不死身なら、それで済んだ話なのに。
心の中でこっぴどく死者の鞭打ちながら、あたしは出された食事をきれいに平らげ、ごちそうさま、と頭を下げた。
顔を上げてみれば、カミュがあたしを真っ直ぐに見つめて微笑んでいる。
「今更だけど……今日のエイルさん、本当にきれいだね。初めて会った時も可愛いと思ってたけど、少し磨くだけでこんなに輝くなんて、想像以上だよ」
おおおお、褒められたぞ!
お世辞でも嬉しいぞ! 頑張って化けてきた甲斐あったぞ!
「バカめ、磨く必要などもうないわ。足りないのは胸だけじゃ」
なのに口から出てきたのは、ロマンもクソもない台詞。はあ、これだからモテないんだよな……でも、こういう時に何て言えばいいかわかんないんだもん。
けれどカミュは呆れたりせず、あたしに手を伸べた。
「そんなこと気にする必要もないよ。お腹いっぱいになったなら、またホールに行ってみない? これからのショーはオススメだから、是非エイルさんに見てほしいんだ」
オーナー本人がそう言うなら、きっとすんごいものが見られるに違いない。
あたしは恭しく差し出された手を取り、スツールを飛び降りた。
それからはカミュの言う通り、ワンダフルなショーの目白押しだった!
新進気鋭の手品師による斬新なイリュージョンには度肝を抜かされたし、有名合唱団の生声は本当に美しくて泣けるくらい感動したし、見たこともない聞いたこともない珍しい楽器が奏でる音色は愉快で面白くて耳から離れないくらいクセになったし、舞台コメディアンのコントは筋肉痛になりそうなくらい笑った。たくさんの楽しいが溢れて、息を吸っても吐いても楽しくて、全身が楽しいで満たされた。
変な感傷に流されて帰らなくて、本当に良かったよ!
そんなショーフェスも、クライマックス間近。催し物はどんどん派手になり、それにつれ席でじっとしていられなくなった人々がホールに押しかけ、燃えるような熱気に満ちている。
その灼熱の感覚は、殺虫灯に向かって飛ぶ蛾の群れに似ていた。体が炎に包まれても止まらない、止まれないからだ。
ラストを飾るのは、グラズヘイム人気スタッフで結成された夢のダンサー部隊!
ナリスもマキシマもマオリもジンも、そしてアインスもその中にいた。どれだけ鍛錬したのか、整然とした動きには一分の乱れもない。それだけじゃなく、個々に与えられたソロパートも圧巻の一言だ。
男性キャストは華麗かつ攻撃的に、女性キャストは妖艶かつしなやかに、中には肉体限界ギリギリに挑んだ超人技を炸裂させる者もいて、ホールを沸騰しそうなくらいに沸かせた。
最後の一欠片も燃え残すまいと、あたしも皆と一緒になってありったけの歓声を送った。グラズヘイムにいる全員一丸となって、飛んで跳んで翔んで飛び続ける。
最後にアインスがステージ中央に出てきて、くるり、と回転してみせた。すると、奴の全身から光の粒が放たれる。照明に照らされた光の粒子は七色に偏光変幻し、色彩絢爛なイルミネーションとなって会場に舞い散った。アインスがターンするたび、振りまかれる光は輝きを増し、粒は徐々に大きくなって、会場全体を包んでいく。
まるで手に届く場所に星空が広がっているみたいだ。
思わず伸ばした手のひらに、光が触れる。それには確かな感触があって、じゅわり、と吸い込まれるように溶けた。代わりに、触れた部分が輝いてる!
驚いて軽く腕を振ったら、あたしの体からも光が放出されたではないか!
え、ウソ!? 何これ、あたしも魔法使ってる!?
同じように光に触れた周りの皆からも、光の魔法が放たれている。皆一様に驚き、けれどすぐに歓喜に満ちた表情となって、思い思いに煌めきを散らせる。グラズヘイムが、どんどん笑顔と光で満ちていく。
皆の放つ光が目も開けていられないくらいまでに溢れ返ると、アインスはそれを操り始めた。ステージのダンスに合わせて、指揮者のように光の演出を奏でる。
光の奔流はアインスの動きに合わせて、時に水のように流れ、時に伸縮して渦を描き、自在に形を変えて――――ラストはぐっと凝縮し、大きく弾けた。
皆で作った、燦然たる巨大な花火は壮観の一言だった。
その名残に火の粉ならぬ光の粉を浴びながら――ショーフェスは大歓声と拍手と熱狂に荒れ狂いながら、終幕を迎えた。
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