【距離:近くて遠い】同じ場所にいても孤独を感じるレベル
33.決戦の地へGO
仕事を休んでいるという罪悪感は、ファランから愛の籠もった心配の電話をいただいた時に胸を痛めるのみだった。
来たる恋の予感に、あたしの心は踊りっ放し! ダンシングフィーバー・イエーイ状態。
ショウ・フエスさんか。話だけだと素敵すぎるくらいに素敵だ。しかし、猿の話を鵜呑みにするのもどうだろ?
いやいや、あのバカアインスが頭上がらないってんだから相当な人物のはずだ。何たって、マギアじゃガキの頃からシータに出入りして、ハンターでも手に負えない暴虐非道な魔物をバカスカ狩って『賞金稼ぎ』に勤しんでた筋金入りの怖いもの知らずだもんな。
それを知ったのは、あの事故の直前――任務がマギアのシータだったから、用意されたアイーダのホテルより任務地に近いという理由で、オルディンの家に泊まった時のことだ。
そこでアインスに紹介されたのは、一緒に賞金稼ぎをしているという六人の勇敢なハンター達……ではなく、シータギャングリーダーの面々。聞けば、六人は別々のグループのトップで元は敵対していたけれど、今はシータを住み良くするために仲良くやってる、とのことだった。
言い分は大層なもんだが、肌色が見えないくらいの入墨に、顔が変形するくらいのピアス、スカリフィケーションにインプラント、更には弾痕刺傷の数々――むしろそんな外見してるお前らがうろちょろしてる限り、シータに平和はやってこないのではなかろうか。あたしは呆れて、引きつり笑いをするだけで精一杯だった。
それでもまあ、話してみれば六人とも悪い奴ではなくて、食べて飲んでバカ騒ぎしてる内に打ち解けて、姉さん姉さんと懐いてくれた。年齢聞いてないから、あたしより年下かどうかも知らないんだけど。オルディンも一緒になって、楽しそうに笑っていたっけ。
おっと、脳内昔話に花を咲かせている場合じゃない。
今考えるべきは、ショウ・フエスさんだっての。
ショウ・フエスさん、ショウ・フエスさんねえ……ああっ、もうよくわからん!
というか、会ったこともないんだから考えたってわかるわけない。また知恵熱出たら大変大変。どうせ後少しで会えるんだし、悩んだって無駄無駄。あ、でも気の多い人だったら嫌だなあ。浮気されたら泣いちゃう。いやいや、ならば全力で魅力をアピールして、虜にすれば……。
「あのさあ、ちょっとじっとしててくれない? 超やりにくいんですけどぉ?」
背後から、猿が不満を垂れる。いかんいかん、あたしもメイクの最中だった。
モンキー美容院へようこそってな感じで、あたしはアインスに髪をセットしてもらっている。
「ったくガキじゃあるまいし、少しはおとなしくできねえのかよ」
「うるさい、猿。アイライナーが瞼につく。黙れ」
「猿じゃねえっての! ほんとにこの筋肉バカは頭悪いんだから」
「揺らすな、猿。マスカラが瞼につく。落ち着け」
久々の化粧に、あたしは真剣そのもの。教わった手順を記したメモを見ながら、懸命に奮闘中なのだ。小うるさい類人猿に構ってる暇なんか、一秒たりともありゃしません。
モンキー美容院で伸びすぎた前髪を軽く梳いて、毛先を内側に軽く巻いてもらって完了。もっとアレンジしてもいい気もしたけど、生まれつきの超ストレートな髪質を生かした方がドレスやメイクとのバランスが良いとのことで。
全ての工程を終了し、着替えも済ませると、あたしは姿見に全身を映して完成した己と対面した。
「おお、これがあたし!? すげえはっちゃけてんな! イケてる? イケてる!?」
笑顔でアインスを振り返ると、奴は苦笑をさらに苦しくしたような表情で言った。
「カッコ変わっても、やっぱ中身はエイルなのね」
ショウ・フエスさんは今日、お忙しい合間を縫ってグラズヘイムにいらっしゃるという。何でも毎月ゾロ目の数字の日には、特別な催しが開かれるそうで。
「げ、じゃあの猿軍団もいるの? うっわ、超会いたくねえ〜」
「猿とかまだ言ってやがるし。エイルみたいな男日照りにはわかんないかもしんないけど、奴ら男性キャストの中でも人気高くて、ご指名争いがサバイバルゲームと化してんだからな。料理運ぶサーバー係の日はファンの客がオーダー地獄に陥れるし、席に案内するエスコート係の時なんて何十回も出入り繰り返す奴が現れて発狂しかけてるし」
「マジか……グラズヘイム、おそろしいところ! って、さらっと日照りとか言うな! 今夜でそいつともおさらばじゃ! 見てろよ、エロバカ猿。このあたしが、ショウ・フエスさんを射止めてやるぜ!」
ぐっと親指を突き出してみせると、アインスのプラチナベージュの頭が大きく仰け反った。
何こいつ、また笑ってるよ。何がツボにはまったんだか。ほんと、猿の思考回路は謎だらけだわ。
まだ笑いを堪えて口元を押さえて震えるアインスが呼んだ馬車に乗り、あたしはついに歓楽街へ上陸した。
腕時計を見ると、時刻は午後六時半――休み前日のせいもあってか、人が多いの何の!
馬車は慣れた調子で、人の波を躱しながらゆっくりと歓楽街を辿るように進んでいく。
「まだ夜七時前なのに、すごい賑やかだなあ。四区に夜来たのなんて初めてだけど、栄えてんのねえ」
あたしは着飾った女たちの群れを眺めながら呟いた。すると、恰幅の良い御者さんが答える。
「何か、大きな催しがあるんでしょう? グラズヘイムで。私も行ったことはないのでよくは存じませんが、毎月こんな感じですよ」
「……ってウソ!? これみんな、そこ行くの!?」
キャビンの窓に噛み付く勢いで、あたしは外の景色に食い付いた。
この界隈のどこにこんだけの人間がいたんだってくらいの老若男女、人、人、人塗れ!
「あれ、常連さんじゃないんですか? アイさんが珍しくエスコートしてらっしゃるから、てっきり……」
「ああ!? アイさんて誰だよ!? この猿か? この小汚いバカ猿のことなのか!? うわああ、意味わかんねえ! 馬車の運ちゃんまで知り合い!? 何このマイテリトリーっぷり! ありえねえだろ!」
「んだよ、るせえな! せっかく連れてきてやったんだから、ガタガタ抜かすな! 乳なし三十路ブス!」
「何だと、てめえ! 人がおとなしくしてりゃ、つけあがりやがって! 本返せ! このちんちくりんのパッパラパー!」
「だったらその衣装の金返せ! 占めて三十万だ! びびったか、泣け! この甘えん坊将軍!」
「びびるか、ボケ! 泣くか、阿呆! 返すか、猿!」
一触即発ってとこで、運ちゃんが笑いだした。笑って笑って止まらない。
「……いや、すみません。私、よくアイさんを乗せて行くんですが、いつも物静かなので。こんなに面白い方だとは思わなかったから」
物静かぁ!? このお猿の籠屋はホイサッサーが!?
あたしは俗に言うドン引きという状態で、アインスを見上げた。
「いつも疲れてましたからねえ。あ、ちなみにこの極悪人、姉貴分なんです。ありえない口の悪さでしょ? 一緒にいるとつられちゃって」
笑顔のアインスを唖然として眺めながら、あたしはこいつが猫かぶり上手ってことを今更思い出して、拳を強く握り締めた。
そこへ、馬車が止まる。
「着きましたよ、お疲れさまです」
「いえこちらこそ、ありがとうございます」
運ちゃんにアインスが支払いと丁寧なお礼をしている間、あたしはその建物の前に立った。
七色に移り変わるライトに白い外壁を浮かび上がらせたモダンでスタイリッシュな外観は、大きさもさる事ながら周囲のビルとは格段にレベルの違いが見て取れる。
ここが『グラズヘイム』――――一応は飲食店という名目の、高級娯楽施設らしい。
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